第14話 キャベツ会のお誘い
「マリア?」
「あっ、ええと、その。こんにちは?」
「!」
女の人の言葉で、エルヴィラの存在に気が付いたのだろう。
天使がこちらをパッと振り返った。
もちもちほっぺの愛らしいお顔が、こちらをみている。
可愛い。
大きな紫色のお目目も、桜色の唇も、何もかもが可愛い。
エルヴィラは初めて、自分以外にこんなにも可愛い存在がいることを思い知った。
「こ、こんにちはなのよ、天使様」
「……?」
不思議そうな顔でふわふわの女の人の方を見る銀色天使に、エルヴィラはむっと頬を膨らませる。
「あ、あなたのことよ。ほかにいないのよ!」
「リーのことなの?」
「そうよ。て、天使様は、エリーと仲良くしたいの?」
「うん! リーはね、エリーちゃんと仲良くしたい!」
「!! な、なら、仲良くしてあげても、いいのよ」
ぱぁあああ!と花が開くような笑みを浮かべる天使に、エルヴィラは嬉しすぎて、内心、はわわわと動揺する。
「エリーちゃん! あのね、さっそくなんだけどね。リーのキャベツ会に」
「あーっ、ええと、リーディア。まだ準備もできていないし、そんな、初対面で急に」
「キャベツ会?」
「な、なんでもないのよエルヴィラちゃん」
「ママ。エリーちゃんにも、キャベツ会、来てほしいの」
「ええと、でもね。エルヴィラちゃんは、興味がないと思うわよ」
「キャベツ会ってなぁに?」
秘密の気配に、エルヴィラは水色の瞳を爛々と輝かせ、ふわふわの女の人を見つめる。
女の人は困っていたけれども、隣にいるキラキラの貴公子は、くつくつ笑いながらエルヴィラの味方をしてくれた。
「マリア、いいじゃないか。とりあえず、招待するだけしてみよう」
「リカルドの意地悪……」
「ここで教えてあげない方が、意地悪だろう?」
にこっと笑顔を向けてくる貴公子に、エルヴィラは顔を真っ赤にして俯く。
キラキラの王子さまは、あんまり近くにいるのはよくないのかもしれない。
心臓がドキドキして、なんだか大変になってしまう。
となりにいるふわふわの女の人は、じとっと貴公子を半目で見た後、ため息をついて話し始めた。
「エルヴィラちゃん。ルビエール辺境伯領って、冬野菜が美味しいでしょう?」
「え?」
ぱちくりと目を瞬くエルヴィラに、女の人はふわりと微笑む。
「ここは他の場所よりもね、とっても冬野菜の出来がよくて、美味しいんですよ。その中でもね、キャベツが特にすごいんです。もうね、野菜の域を超えているかもしれないわ。本当に甘くて、収穫したてをかじると、口に香りと甘味が広がって……なんていうかこう、デザートみたいな……」
「ゴクリ」
うっとりとキャベツに思いを馳せる女の人に、エルヴィラはそのキャベツの味を想像してしまい、ごくりと唾を飲み込む。
デザートみたいなキャベツ。
なんだそれは。
エルヴィラは、キャベツと言えば、料理に使われているものしか食べたことがない。
齧るだけで甘いキャベツ。
大人の彼女を、そんなふうにうっとりとさせるような甘味。
一体なんのことだ。
この土地のものなのに、エルヴィラの口に入らないのはおかしいのではないか?
エルヴィラが仄かに憤っていると、キラキラと目を輝かせた天使が、興味津々で女の人に訪ねた。
「ママ! それって、魔法使いさんのトマトと、どっちが甘いの?」
「それは難しい質問ね。トマト……と言いたいけれどいえ、まだあのキャベツには敵わないかもしれないわ……。あのね、キャベツは寒ければ寒いほど、甘くなるのよ。だから、ここルビエールでは、栽培しているキャベツを雪に埋めているの。息も凍るような涼やかな大地で、白い雪景色から、緑色の艶々の宝石を収穫するの……かじると甘みが包み込むような、でも爽やかな味わいで……」
なんだそれは。
エルヴィラは理不尽に思った。
エルヴィラはこのルビエール辺境伯領で生まれ育ったけれども、そんなふうにキャベツを味わったことはない。寒さが嫌いで外に出ない彼女は、食べ物はいつも、調理されたものを暖かい部屋の中で食べていた。
しかし、今の話を聞くと、そんなふうに過ごしていた自分が、もったいないことをしているような気持ちになってしまったではないか。
収穫したての宝石。
なんなのだ、食べたい。
エルヴィラだって、白い雪原の中で、艶々の甘味を生で味わってみたい。
「ザクっと二つに切るとね、あの特有の青いさわやかな香りが辺りに広がって、それが心地良くてね……芯だって、そのまま齧るだけで、柿みたいな甘みがあるんです。そうやって生で味わった後にね、農家の人にお願いして、その場で甘いキャベツをくたくたに煮込んで、ポトフにしてもらうのが最高なんですよ。寒くて荘厳な景色の中、暖かな土地の実りを頂く高揚感がまた素敵で……最後に器にチーズを入れると、最高のキャベツの上で黄色いうま味がとろとろに溶けて」
「エリーも食べたい!!!!」
突然の大音量に、ふわふわの女の人は驚いて目を丸くした。
貴公子も天使も使用人達も、驚いてエルヴィラに注目している。
「お姉さんは酷いのよ。こんなに美味しそうな会なのに、エリーをノケモノにするつもりだったの?」
「エ、エルヴィラちゃん?」
涙目でプルプル震えているエルヴィラに、ふわふわの女の人は慌てている。
「エリーは、キャベツ会にお呼ばれしたいのよ。お姉さんは、エリーのこと、呼んでくれないの」
「!? いえいえ、ぜ、是非! 今週中には開催しようと思っているのよ、是非来てくれないかしら、エルヴィラちゃん!」
「エリーちゃん! リーも、お誘いするの! キャベツ会、エリーちゃんにも来てほしいの!」
「わ、わかったのよ。そんなに来てほしいなら、エリーも、参加してあげてもいいのよ……!」
「やったー! エリーちゃんとキャベツ会、楽しみなのー!」
頬を桜色に染め満足そうにしているエルヴィラと、もろ手を挙げて喜ぶ銀色天使に、ふわふわの女の人は動揺している。
こうして、毎日憂鬱で仕方がなかったエルヴィラの頭の中は、天使一家とキャベツ会のことでいっぱいになったのであった。
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