第19話 心待ちにしている銀色娘 ※リーディア視点
リーディアは今日、パパとママの帰りを心待ちにしていた。
今日は朝から、パパとママが二人で街にお出かけをしている。ママにずっとこの家に居てもらうというリーディアの計画のために、パパが頑張る日なのだ。
リーディアは立派なお姉さんなので、大人の態度で――傍目には物悲しげな顔で瞳を潤ませながら――二人を送り出したけれども、本当は気になって気になって仕方がなかった。
なにより、なんだか急に子ども部屋が静かになってしまって、本当に寂しかったのだ。
なにしろ、ここ一ヶ月近く、大好きなママとのイベントが盛り沢山で、リーディアの生活は充実していた。なのに、今日はママが隣にいない。
だから、リーディアが何度も乳母アリスに「まだかな?」「ママとパパ、まだかな?」と聞いてしまったのは仕方がないことなのだ。
そんなふうにソワソワ過ごしていたリーディアは、夕方、廊下を歩く使用人の足音にピクリと反応した。
「パパとママかな?」と尋ねるリーディアに、乳母アリスが「さあ、どうでしょう」と微笑んだところで、チリリリンと子ども部屋の先ぶれの鈴が鳴る。
「リーディアお嬢様。旦那様と奥様がお戻りです」
リーディアは扉から部屋の外へ飛び出した。そして、脇目もふらずに走り出す。乳母アリスが「お嬢様!」と慌てて追いかけきているけれども、全く気にならない。
(ママが帰ってきた!)
今日のママは、本当に本当に可愛かったから、街で攫われてしまうのではないかとリーディアは心配で仕方がなかったのだ。
リーディアはそれでなくても、普段のママを見るだけで、フラフラと引き寄せられてしまうというのに、今日のママはウサギのぬいぐるみのような、心惹かれる愛らしい装いをしている。リーディアが悪い人だったら、「そこの可愛いママ。リーのママになるのよ!」と攫ってしまっていたに違いない。早く会って、リーディア以外のママになっていないか確かめなければならない。
それに、パパは約束どおりママを守ったのだから、リーディアには、パパを褒めるという重要な任務があった。
子ウサギのように廊下を駆け抜け、スナイパーリーディアはようやく、目標を発見した。
「マ――」
「リーディア!」
なんと、リーディアがママを呼ぶ前に、ママがリーディアを呼んで駆け寄ってくるではないか。
リーディアは驚いて立ち止まったけれども、ママはそのままの勢いでリーディアに駆け寄り、リーディアを抱きしめた。
「ママ! おかえり!」
「ただいま、リーディア」
リーディアはママが抱きしめてくれたことが嬉しくて、ニコニコ笑顔でいたけれども、ぎゅーっとリーディアを抱きしめたまま動かないママに、ようやく首を傾げる。
「ママ? どうしたの?」
「えっと、その……」
「ただいま、リーディア」
ビクッとママの肩が跳ねて、リーディアまでびっくりして目を丸くする。
そこには、大きな包みを持ったまま、困ったような顔をしたパパがいて、近くを見ると、頬を染めて目を彷徨わせているママがいた。
「パパ?」
「いや……うん。何でもないよ、ただいま」
「……? おかえりなさい」
「マリア」
「はっ、はいっ!?」
「今日は疲れただろうから、もう部屋に戻るといい」
「そ、そうですね!」
おかしい。
リーディアは眉間に皺を寄せ、二人の様子をジトっと見つめた。
何かがおかしい。違和感がある。そして、それに気がつかないスナイパーリーディアではない……。
「ママ。パパと何かあったの?」
「え!? な、何もないのよ!?」
「パパ」
「何か……そうだな」
「伯爵様!」
「何もない。普段どおりだ」
「でも、二人とも目を合わせないの」
リーディアはそう言って、疑いの眼差しでパパとママを見た。すると、なんということだろう、パパとママは、リーディアの言葉にも関わらず、目を合わせないまま、あーとかうーとか声を漏らしている。
リーディアは気がついた。
これはきっと、そういうことだ。
「喧嘩……」
うじゅ、と瞳を潤ませた銀色姫に、マリアとリカルドはギョッと目を剥いた。
「ち、違うのよリーディア!」
「私達は別に、喧嘩はしていなくてだな」
「今日はお出かけで仲良くなるって……言ってたのに……」
「あー、ええと、なったぞリーディア。うん、そうだ、仲良くなった。うんうん、仲良くなったというか、物理的に距離は縮まった……?」
「そ、そこでわたしを見ないでください!」
パパは頬を染めながらチラチラママの方を見ていて、ママは顔を真っ赤にしてリーディアにしがみついている。パパは口元を隠しているけれども、何やら頬が緩むのを堪えているようだ。ますますリーディアにはよく分からない。
「ママ。パパはママを見ちゃだめなの?」
「え!? いや、今のは言葉の綾というか」
「見ていいんだな、よかった」
「だめです!」
「ママ、喧嘩……?」
「違うの、違うのよリーディア」
「マリアがそっけないと私は悲しい」
「待って待って、お願い今は無理だからやめて……!」
「!!? ママ、無理なの……!?」
「リーディアお願い、今日は許して!?」
気がつくとパパもママの横にしゃがみ込んでいた。
リーディアはパパと二人でママを囲んで、必死にママに状況を聞こうと話しかける。けれども、ママはとびきり可愛い装いのまま、ウサギのように涙目でプルプル震えるのみで、詳細を教えてくれないのだ。一方で、ママの隣に寄り添っているパパは、ニコニコ幸せそうに微笑んでいる。しかし、やはり詳細を教えてくれない。リーディアは、納得いかずにぷくーと頰を膨らませる。
「ほらほら、旦那様。
最終的に、ママの侍女マーサの一声で、その場は強制解散となった。
パパが使用人達によって強制的にパパの部屋へと追いやられたのだ。
その場に残ったリーディアがママの方を見ると、意外なことに、ママはパパの消えて行った方を見つめている。
「ママ、パパを追いかける?」
「え!? いえ、いいのよ! そんなのじゃなくて!」
「そんなの?」
不思議そうにママを見るリーディアに、ママは首から上を真っ赤に染め、その場にいた乳母アリスは、クスクス笑いながら、可愛い奥様に向けて助け舟を出した。
「奥様。お嬢様に渡す物があるのでは?」
~✿~✿~✿~
こうして、リーディアは今日のパパとママのお出かけのお土産として、自分の肩まで背丈のある大きなクマのぬいぐるみを手に入れたのだった。先ほどまでパパが抱えていた包みに包まれていたものだ。柔らかい茶色のクマで、首にはリーディアの髪の色とお揃いの、銀色のリボンが巻かれている。
「大っきい!」
「そうなの。リーディアには大きすぎるからね、伯爵様とも、他の物にした方がいいかもって」
「だめ!」
紫色の瞳をキラキラ輝かせて喜んでいたリーディアは、ママの言葉を聞いて慌ててクマさんを背後に庇う。
「ママはね、もうクマさんをリーディアにあげちゃったの。だから、リーのものなの」
そう言って必死にクマさんを守るリーディアに、ママは何故か、「親子……!」と言いながら、またしても顔を赤くして震えていた。
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