二枠目

「救いましょう。そして、いつか必ず」



報われぬ亡骸たちのそばに、祈る1人の子供がいた。



「そのために私は生まれた」



泣きながら手を合わせる。夥しい数の亡骸は、塵になって消えていく。


せめて苦しみがないように。



「私は天秤。私はそれをもつ手。私はみとおす目。私はこたえる声。私はかけつける足。私はききとおす耳。私はふるわれる、力」



もう誰も傷つかなくていいように。もう誰も悲しむことのないように。


そのために私はここにいる。



「私は」







さて。



「先輩が企画について教えてくれるって言った人と会うのも近いし、力を目覚めさせた馬鹿どもの様子も把握しないといけない。それに何か配信しないと収益化もできないし……大変だこりゃ」



多いよやることが。後馬鹿みたいなことやり始めた後輩が何やるかも気になる。あいつ自分のところの団員箱にする気だろふざけんな。いや、力についての理解を広げてくれるのは助かるんだが……


場合によっては登録者数抜かれそうでムカつくし。なんなんだあいつ、ただの変態ジジイ……おっと忘れろ。何もなかった。事故なんてない。いいね?


どうすっかなー。まず何から始めよう。配信はしなきゃならんな。しかし内容はどうすっか。悩ましい。正直俺の頭の中にある力を使ったエンタメのレパートリーなんで大した数はない。想像力に乏しいんだよな俺……


そこは企画について教えてもらえるらしい先輩を頼るか。そうしよう。ただそれまでに少しは配信しておきたい。何にしよう。堂々巡りだな。


うーむ。できるところからやるか。



「分霊。まずは1人来い」



まずは馬鹿どもの様子から把握しよう。分霊を呼び寄せ、話を聞くことにする。


ポシュッと煙を上げて分霊がやってくる。うーん、疲れた顔しちゃってまあ。よほど世話が大変だったらしい。



「報告してくれ。馬鹿の目覚めた力と、人格について」


「あいよ」



分霊がやたら憔悴した顔で報告を始める。大丈夫かよマジで。



「俺の担当は星野廻ほしのめぐる。23歳、男。目覚めた力は魔法、変身系。かなり強力だ、エレメンタルはおろか超越すれば大抵の概念に手が届き得る力になるだろう」


「ほーん、汎用性が高いタイプか。悪くないな」



その疲れ切った顔から人格に期待できないことは分かるんだけどね。



「そうだ。人格に問題があるというか……変身願望がある。能力もそこからきているだろうな。女性的な容姿をしているが、おそらく性同一性障害ではない。変身願望があるだけみたいだな。精神に少々……あー、結構問題があったから"治療"させてもらった」



まあ精神病があるやつに力持たせるわけにはいかないから妥当だろう。望ましくはないが、仕方のないことだ。


しかし、治療したというなら……何でそんなに疲れてんだ?



「お前、俺の記憶読みとりゃいいだろうが」


「やだよ恐ろしく疲れた顔してるんだもん、俺そんな嫌な思いしたくないし」


「死ね」



嫌でーす。はよ話せや。



「我ながらお前ほんと……はぁ。俺に崇拝に近い感情を抱いている上、恋慕の情もある。あいつバイセクシャルだ。ベタベタひっついてくるしキツく扱いてやってもむしろ喜んでる。キモい。マジで」


「うわぁ大変そう。でも修行に身が入ってるならいいんじゃねぇの」


「やだよお前じゃあ変われや」



やだけど。なんで俺がそんな奴の相手しなきゃならんねん。



「殺してぇ……まあ、今のところ大きな問題はない。確認するか?」



会いに行く必要はある、か。一度この目で確認しておきたい。記憶は正直あんまり読み取りたくない。不快そうなので。



「アポ取ってくれや」


「問題ねぇよ。俺ならいつでもウェルカムだってさ」



むしろ怖いな。会いたくなくなってきたぞ。



「うるせぇ。はよ行け」


「わかったわかった」



急かすなや。縁を辿り、道を開く。人は道なり。

パンと手を叩くと、そこは見知らぬ部屋だった。



「天童様ー!」


「うおっ」



急に抱きついてくるやつがいた。こいつが星野か。なんなんだこいつ。



「はぁ本物の天童様だ、すんすんはぁぁ天童様っぽいいい匂いするサイコー!」


「軽めに叩くね……」



本当にキモかったから軽めに。パァン!と大きな音が響き星野らしき女……いや男だったわ。が吹っ飛ぶ。あっ。力に目覚めたとは言えぶつのはやり過ぎだったか……?



「すまん、大丈夫か?」



星野がゆらりと立ち上がる。なんか目が爛々と輝いてるね。怖いね。帰りたいよ俺は。



「大丈夫です!!!むしろご褒美!!!気持ちよかったのでもう一回お願いしてもいいでしょうか!!!」


「落ち着いてできるだけ俺から離れてくれませんか?」


「うひょー!塩対応天童様サイコー!」



もう本当にやだ。そりゃ衰弱するよ分霊も。勘弁してくれ。



「無理やり落ち着かせてやろうか?」


「それはそれでいいんですけど……はーい迷惑そうなのでやめまーす」



むーっと頬を膨らませて不満を表明している。お前いい歳した大人なんだから本当にやめなさい。



「改めて自己紹介を。おれは天童院総。お前の力を目覚めさせた者だ」


「あっ丁寧にどうも……星野廻です。元々いじめられたりやばい職場に雇われたり色々あって鬱って引きこもってました!救ってくれてありがとうございます!天童様はありとあらゆる意味で恩人です!」



重いよ〜いろいろ。勘弁してよ〜。いや正直こういうのも覚悟してたけどさ……


力を求めるやつなんてだいたい現状に満足してない人間なんだから、こういうこともあるのは理解していた。だから分霊何で送ってアフターケアしてるし。いやでも話聞くと実感湧いてくるな……救われたってんならいいけどよ……


さておき。本題に入るか。



「分霊から話は聞いてると思うが、今日はお前の力の確認をしにきたんだ。外に出るぞ」


「天童様とデート!?きゃー!」


「本当に黙ってくれないかな……」



うるさい。そしてうざい。大してよくない気分がどんどん悪くなっていってるのがわかる。



「あっやばい、顔が怖くなってきた。はい真面目にやります。それで、どこに行くんですか?」


「最初からそうしてくれ。いつも修行に使ってる土地があるだろ?そこに行くぞ」


「あぁあそこ……もっと華やかなところの方が……はーいふざけませーん」



こいつ鬱だったとか本当か?いや確かに何なら常に躁みたいな感じだけどさぁ……


なんでもいいか。さっさと終わらせよう。終わらせたい。



「ほら行くぞ。道を作る」


「いいですね!僕あれ好きなんです!びゅーんって感じで!」


「はいはい……」



分霊の記憶を一部共有する。崖。森。抉られた大地。三つの岩。ふむ。


縁は人のみにあらず。そして選ぶのは俺。



万の道よろずみち


「ひょーっ」



力を使うと、すぐに記憶通りの風景の場所に出る。うん、広さも申し分ないな。確かに力を使うにもぴったりな場所だ。



「いい場所だ。どこだここ?」


「本当にあんまり記憶共有してないんですね〜。ここを探すためにあんなに大変な思いしたのに……」



いやマジでどこだよ。国外か?うーん、いや、いや。


周りに漂う力の密度が違う。なるほどね。



夢辺境むへんきょうか」


「そうですよ!確か世界が見てる夢、なんですよね?」


「そうだ。俺たちが住む世界の裏にある」



よくわかってないけど……とぼやく星野は無視する。確かにここならいくら暴れても現実には何の影響もないだろう。探すの面倒だっただろうな。分霊おつ。



「んじゃさっそくやろうか」


「そんないきなり……天童様ってば大胆……」


「うるせぇぶん殴るぞクソホモが。はよ準備せんかい」


「はーい。もー冗談通じないんだから」



お前のは生々しい上に半分以上本気なのがわかるから本当に嫌なんだよな……勘弁してほしい。マジで。




「ちゃんと見ててくださいよー!」


「はいはい」



言われなくても見てやるよ。そのために来たんだから。


しかし変身系ね。変身系……強力な部類の力だ。自分が別の何かとなり、その力を振るう。歴史上は自身を神と呼び、事実神の力を振るった者もいるような力。何者にもなれる故に、自我の境界を失いやすい危険な力だ。最初にこいつを見に来たのもそれが理由だし。


どんな変身をするのか。ぶっちゃけ何となく想像は付くが、外れてほしい。頼む。



「いきます!」



星野が独特なポーズを取る。


なんか見たことあるんだけど。あれ?おいこれあれだよな。あれ始まるよな。



「廻る星々の祈りよ!」



星野を光が包んでいく。服がパッと消え、それを隠すように身体が眩く輝く。髪がさぁっと後ろに流れ、元よりはるかに長くなる。光は部分部分ごとに服へ変わる。日曜の朝になんか見たことあるんだけど。



「僕と共にあらんことを──変身」




光がおさまってくる頃には、全身魔法少女っぽい──いや少女じゃねぇだろ──ふりっふりの服を着た美少女がいた。おい。多分これ性別は変わってないだろ。なあ。



「魔法美青年、ルクス・ステラ!」



ツッコミどころ多すぎる。まず美青年とか自分で言うか?イかれてんじゃねぇの。あとそのポーズいる?まあ多分ポーズ付けた方が強いか……変身シーン……もあった方が強いか……


いやもうなんでもいいけどさぁ。



「変態魔法使い二枠目はきついって……」



どうにかこいつの力目覚めさせたのなかったことにできないか?できないか。そうだね。


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