初配信:結社の首領の場合

 なんの変哲もない日。いや、天童院総というVtuberが現れてからの毎日が、なんの変哲もなかったわけではないのだが──


 とりあえず一般的なVtuberファンである私にとっては、なんの変哲もない休みの日だった。さっさとあの無駄にパワフルな馬鹿が配信を始めないだろうか、この前の双子回は最高だったな、むしろ双子メイン回はよ──とか思いながら過ごしていた。


 そんな時だ。天童様(笑)のTwitterをふと眺めていると、こんな投稿が流れてきた。



【こいつの配信見とけ。多分面白いんじゃねーの(適当)】



 普通にびっくりした。天童が他人の、しかもおそらく新人Vtuberの配信を宣伝したことなどなかったからだ。


 正直気になる。そう思いリンクを踏み、プロフィールを見てみるとなんと魔法紳士美少女Vtuberらしい。なんだそれは。属性ごった煮じゃん。天童ってそんな趣味があったの?


 気になる。かなり。どうやらもうすぐ配信時間のようだ。とりあえず見てみることにしよう。


 待っている時間は一瞬で終わったようなそうでもないような、微妙な長さだった。そわそわしながらオレンジジュースを飲む。配信が始まった。



「ふむ。聞こえるでしょうか?」



 ありえんほどイケボだった。いやビビるが。

 黒髪ロングにふりっふりの魔法少女衣装をきた美少女の声とは思えなかった。にしてもこれ絵師は誰なんだろう、見たことないぞ。おまけにやたら上手い。マジで誰だ?いやしかし目が特に綺麗だ。昏い、昏い黄昏みたいな色で綺麗だな。


 情報にむせ返りそうだ。一瞬で色々考えさせるんじゃないよ。


 :聞こえてるよー!

 :馬鹿イケボで草

 :天童様おすすめと聞いて

 :本物の魔法使いなんか?

 :かわいい


 初配信ながら人が多い。やはり今いろんな意味で大注目されてる天童に宣伝されたのはかなり大きいのだろう。大丈夫かな、プレッシャーとか。



「聞こえているようで何より。それに人も多い、ミスター天童には感謝しなければなりませんね。さて、まずは自己紹介から始めましょうか」



 おおよそ気負いというものを感じさせない声だった。まるでこの程度の状況には慣れている、という感じ。思わず声に耳を傾けてしまうような力がある。そのまま透き通るような、それでいて染み入るようなバリトンボイスで語りかけてくる。



「私は結社【黄昏の旅人】第一位、果ての黄昏に立つものにして世界に暮れを齎すもの。終焉と始原の狭間を司る魔法使い──ウェルトラス・ルーゼシアンと申します。気軽にシアンちゃんとお呼びください。以後お見知り置きを」



 おおう。思ったより大層な設定だ。どんなキャラだよ。結社って何?黄昏の旅人って何?終焉と始原を司る魔法使いis何?シアンちゃん(?)疑問があまりにも多すぎる。これ以上混乱させないで欲しい。


 :大物感すごくて草

 :これは伸びる

 :なになにのなに???

 :本物なんか……?

 :最近これ系多いよな

 :また偽物か〜?



「こう見えても私、結社……この言い方だと伝わらないかもしれないですね。魔術師たちの集いの首領なのです。もちろん本物の魔法使いですよ」



 あーなるほど。どうなんだ?


 最近、自称魔法使いやら霊能力者やら陰陽師サモナーエレメンタルマスター魔王勇者神妖怪天使悪魔その他もろもろのVtuberが大増加している。誰のせいかと問われたらもちろん我らが馬鹿天童しかいないだろう。あいつのせいで後追いがめちゃくちゃ発生しているのだ。これはVtuberに限ったことでもない。当の本人は全く気にしてなさそう、というか知らないのではないだろうか。なんでも見えるくせに。


 しかし。しかしだ。その天童本人が宣伝していた、という事実は重い。なにしろ初めてのことだ。これは、もしかしたらもしかするかもしれない。


 本物か、どうか。



「ふふ。今の時期に魔法使い、などと名乗る輩を信用できないのは当然です。私もミスター天童ほど自在に視ることはできないので、証明も難しいでしょう」



 ミスター天童って呼び方なんだよ。アニメのキャラか?


 にしてもやはり証明は難しいらしい。うーん、どうなんだろ。やっぱ偽物なのかな?本物だったら面白いのに。



「そこで。証明のためにスペシャルゲストをお呼びしました」



 今まで絵と背景を写していたカメラが切り替わる。え、リアルの映像になった?森が写り、次に人が映る。


 そこには────絵にそっくりのふりふり魔法美少女が写っていた。いや、えっ?はぁ?は?Vtuberってなんだよ(哲学)



「紹介しましょう。ミスター天童、こちらへ」


「お前変身するなら声も変えろ違和感凄いんだよ馬鹿」



 そのまま馬鹿天童が現れた。えっマジで?なにこれ。



「私もそうしようと思ってたんですがね、部下から絶対にその声のままの方が絶対にウケると言われまして……」


「もしかしてそこの満面の笑み浮かべてカメラ持ってる馬鹿?そうだよな?お前ほんまいらんこと吹き込みやがって……あと馬鹿天童って思った馬鹿視聴者どもは後でなんらかの苦痛を味合わせます」



 あっバレてる。流石天童様(笑)。


 いやそんなことはどうでもいいのだ。マジでふりっふりの美少女の喉から恐ろしいほどのイケボが出力されてる絵面に耐えられない。どうなってんだこれ。なんなんだこれ。脳がバグる。絵で見ている時より凄い勢いで脳が破壊されてる感じがする。



「オレンジジュース飲んでるお前。職場でみかんちゃんって呼ばれて馬鹿にされてますよ(笑)」



 おわーーーーー!!!!!!!やめろーーーーーー!!!!!私の知らない情報で急に殴ってくるなーーーー!!!!!!!



「俺を舐めるからだ。ったく。……あ、これお前の配信だったわ。すまんね」


「いえいえ、お気になさらず。これだけ多くの人に見てもらえているのはそもそもミスター天童のおかげですから」



 :そうだよ他人の配信で何やってんだよ

 :なんか焦ってそう

 :もしかして・みかんちゃん


 うるせー!!!妙に勘が鋭いのやめろ!!!



「ともかく。本題に入りましょう。今から私が魔法使いであることの証明としてミスター天童と戦います」


「リベンジマッチには早すぎるんじゃねーの」


「この前は私が一方的に攻めるだけでしたから。今回はお互い激しくやり合いましょう」



 一方的に攻めるだけだった!?激しく!?どんな関係なんだよお前ら!!!


 いや、わざとそういう言葉を選んでるのはわかるんだけど美少女がバリバリのイケボでそんなこと言ってたら頭がおかしくなる〜。



「キモい言い方すんじゃねぇよジジイ。獲物は?」


「おっと失敬。部下にこういう言い方が視聴者に好まれると教わったので。お互い剣を使った方が見栄えもするでしょう」


「絶対そこのクソカメラマンだよなァ。どうでもいいけどはよ剣出せや」



 天童の言葉に応えるように、シアンちゃん(?)がはぁぁぁと野太い声を出す。本当にやめて欲しい。


 そうしていると周囲に眩いようでいて、黄昏のように昏い光が集まる。それが収まると、手には黄昏の一番美しい瞬間だけを切り取ったような、不思議な剣が握られていた。えぇ……本物じゃん……



「この剣にも名前を付けることにしました。これからはいろんな人に見てもらうことになりそうですからね」


「ほう。どんな名前だ?」


「ええ。この剣の名は──」



 シアンちゃん(?)が剣を天に掲げると、全身が黄昏色の光を浴びて輝く。そして剣が一際強い光を放った。うおお、なんか映画みたいだ……



crepusculum Finis終わりを告げるもの



 クレプスクルム・フィーニス……カッコいいじゃん……



「いい名前じゃんね。じゃあ俺も剣使いますか」



 どーれーにーしーよーうーかーなーとか言ってる。いやお前選べるくらい剣持ってるんかい危険人物やんけ。元からか。



「これにすっか。よいしょ」



 天童が何もないところでグッと何かを掴むそぶりを見せる。すると、虚空からぬるっと刀が現れた。なんでもアリだなお前ほんと。



空刀てんとう天蒼そうてん



 その刀は──半透明?刃の部分がかなり透き通って見える。なんなんだあれ。そもそも刀なの?



「……空の蒼、そのものですか。それは」


「お前と対峙するにはピッタリだろう」


「ええ。この上なく」



 2人の間に緊迫した空気が漂ってるような気がする。いや、素人だからわからんけど。一触即発みたいな。



「では。……いきますよ!」



 シアンちゃん(?)が声を発したと思ったら既に天童に切り掛かっていた。えっ?



「相変わらずいい太刀筋だ。変身しても全く衰えんとは恐れ入る」


「あなたも相変わらず恐ろしいほど綺麗に捌きますねぇ!」



 2人が刀と剣を合わせるたびに、甲高く、それでいて澄んだ音が響く。すごい。いや凄いのはわかるんだけど早すぎてあんま見えない。どうすんのこれ。



「……後でスーパースローでの解説動画もあげまーす……」



 あっなんか小声で聞こえた。カメラマンさんの声?女性なんだな、凄い可愛い声じゃなかった?えっ情報量多いよ。


 どんどん2人の姿がブレブレにぶれていき、周囲の木もバッサバッサ倒れていく。環境破壊を楽しんでないか?というか本当に人間ですか?


 ただ、ほぼ見えなくとも壮絶さは伝わってくる。なんというか、日常ではありえない、本物の戦いの気配というのが、この配信にはあった。思わず息を呑む。


 これは、凄いものを見ている。



「ハハハ!滾ってきますねぇ!」



 シアンちゃんが大きく距離をとった。すぅ、吐息を飲み、力を溜めているのがわかる。なんか大技がくる!



Cum sol exit,日が出てきては、 sol iterum occidit.また沈んでゆく。

 Vita quae se in 終わることのない──」


「それはダメに決まってんだろ!視聴者全員死ぬわボケ!!!」



 あっ天童が刀捨てて殴りに行った。めちゃくちゃ吹っ飛ばされてる。シアンちゃーーーん!!!


 吹っ飛んだ先に慌てたようにカメラが向く。そこにいたのは……


 なんか……ふりふりの衣装をきた……超ダンディなおじさま……?


 ………?


 ……………………?


 のうがしんだ。



「く……ふふ……そうでした、盛り上がりすぎてつい……」


「ちょっお前馬鹿変身解けとるぞ馬鹿お前」


「あっ」


「やばい!配信止めろ!嬉々として撮影してんじゃねぇ事故だぞオラァ!」



 あっ天童がカメラに突っ込んできてなんかもみくちゃに……あっ配信終わった……


 えっ。



「何を……見せられたんだ……?」



 なんだかとてつもないものを見せられた気もするしカスみたいな内容だったような気もする。ただ……


 ──とりあえずシアンちゃんのチャンネルはフォローした。

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