憧れの先輩につれられて入ったサークルは飲みサーでした。

ハンバーグ

ダメ人間になってました。

「なあ憧馬しょうま、お前はサークルとか入らねえの?」

らくはここ通る度にそれ言ってるよなあ……」


 今はサークル勧誘だらけの通路を歩いている。

 入学してから10日ほど経った。俺はだんだんと大学に慣れてきて、友達も出来た。

 それが今隣を歩いている速水楽はやみらく

 楽とは並々ならぬ因縁が有るのだが、それは後々語るとしよう。


「サークルなあ……あんましやりたいことが無いしなあ……別に出会い求めてる訳でも無いんだよな……」

「俺も~。ま、お前が入るって言うならサッカーサークルでもついていくけどな」

「それは……」

「フットサルサークル入りませんか~?」

「まじかよ……」


 まるでタイミングを見計らったかのように声が聞こえたのも驚いたが、俺がびっくりしたのはもっと別のこと。

 そう、今まさに声をかけている人物。

 その人は──


越己えつき……先輩?」

「憧馬! お前憧馬じゃねえか!? なんでこんなところにいるんだよ!?」

「俺ここ入学したんですよ……でも先輩いるなんて知りませんでした」


 月並越己つきなみえつき

 俺が高校時代所属していたサッカー部の先輩。2個上の。

 金髪になっていたりと雰囲気が以前と全く違ったのだが、特徴的なキリッとした目はあの頃と全然変わっていない。

 変わってないことと言えばもうひとつあるな。

 このばかでかい声とバカっぽい雰囲気。

 まあそこが良さでも有るのだが……

 懐かしさのあまり、過去に想いを馳せていたところ、先輩が何かを思い出したかのような素振りを見せ、突然こう言った。


「あ、そうだ! お前らって今晩空いてる?」

「「え?」」



「と、いうことでかんぱーい!」

「かんぱーい?」


 おれとらくはなぜか飲み会に来ていた。

 新歓だと思われる飲み会に……

 他にも1年生っぽい人もちらほら見える。


「しょうまくん、だっけ? せっかくなんだし飲もうよ! 盛り上がろうよ!」


 初めて見る妙にハイテンションな女の先輩が現れた。

 すでに酔っているのだろうか?

 黒のキャミソールに白のショートパンツを履いている。それもう下着だろっていう格好だ。

 このサークルに入る入らない関係無しに、この先輩とは距離を置きたい。

 何故ならこうもハイテンションの人と一緒にいると精神が削られるから。たった数秒で俺にここまで言わせるとは……ただ者ではないな。


「あ……えっと、俺18なんで……」

「えーそう固いこと言わないで! 一杯だけ!」

「そういわれても……」


 何でもいいからここから離れる口実が無いかと辺りを見渡してみると、楽も同じように先輩達からダル絡みをされていた。


「ちなみに先輩はフットサルやられるんですか?」

「あ、私? 私はー……あんまり? まあ良いじゃん、そんなこと!」 

「えぇ……」


『どうでもよかったらまず聞いてねえよ!』という本心はひとまず置いておいて、もしやこのサークル、もしかしなくても……


「よっ! 憧馬! 飲んでるか?」

「越己先輩……訴えますよ?」

「……ごめんって」


 別に飲むのは勝手にすれば良いとは思う。

 二十歳未満であろうとも勝手にしろ。自己責任だ。

 他人が未成年飲酒をしていようが俺には関係ないしどうでも良い。

 だから絶対に俺はつっこまない……同学年の楽が楽しそうに、当たり前のように飲んでいることに対して、俺は絶対に何も言わない。


「ところで先輩」

「どうした後輩」

「ここってフットサルサークルですよね?」

「そうだな?」

「フットサルはどんくらいの頻度でやられているんですか?」


 そう聞くと何故か苦い顔をされた。

 いや、ではないな……

 本当は一目見たときからなんとなくわかっていた……でもそうではないで欲しかった。

 だから見てみぬ振りをした。


「あー……まあたまに? だな! あんまりグラウンドも取れねえし、人集まるとも限らねえしよ!」

「じゃあ……飲み会はどんくらい開いてるんですか?」

「……」


 ここは……このサークルは……先輩は…………


「フットサルサークルって、飲みサーなんですか?」

「悪いかよ……だいたい大学のサークルなんてほとんど飲みサーだろ」

「そうですか……そう……ですよね」


 別に元々真面目な人であった訳ではない。

 馬鹿で能天気な人だった……だから飲みサーにいること自体がショックだというわけではない。

 ただ、俺は……


「もうサッカーは……辞めちゃったんですか?」

「は? 大学でやるわけねえだろ! 遊んでる方が楽しいしよ!」


 ゲラゲラと笑いながら彼はそう言った。

 真っ向から言ったのだ。

『サッカーよりも飲んでる方が楽しい』と、そう言ったのだ。


「あんなに本気だったのに……」

「……あの頃はそうだけどよ、いつまでも馬鹿みてーにボールをおいかけていられるわけねえだろ」

「……」

「今思えばアホだったよなあ……」

「…………」

「なんであんなに必死だったんだろう。別に俺、たいした才能があった訳でもねえのによ」

「…………ろ」

「やっていたことと言えばただひたすらに走ることだけ。そんなことして誰が褒めてくれるってんでもないし疲れるだけだ」

「…………めろ」

「将来役に立つ訳でもないことをがむしゃらにやってさ……サッカーなんかに青春かけてほんと馬鹿だったぜ」


 駄目だ、それを……それをあんたが言うのは……先輩だけは……自分を!


「サッカーなんて、やらなけ──」

「やめろ!!──」

「俺の好きだった……尊敬していた先輩を嗤うんじゃねえ! 何かにがむしゃらになることを馬鹿にするんじゃねえ! 必死に努力してきた自分自身を……お前が……否定するんじゃねえよ!!」


 俺の叫びで盛り上がっていた飲みの席が静まり返る。

 誰もが飲む手を止め、俺の方を見ていた。

 そしてその視線を真っ向から受けてこう思う。やらかした……と。

 らしくないな……俺はどちらかというとクールなキャラだというのに……こういう熱血な役が似合うのは……

 恥ずかしくなったからか、悲しくなったからか、虚しくなったからか、理由はわからないが俺は走り出した。

 訳もわからないまま……先輩の顔を見ることも出来ないまま……とにかく全力で……

 そしたら誰かにぶつかった。今の顔を誰かに見られたくないから下を向きながら駆けていたからだろう。

 だっせーな、俺……


「どんな1年が入ってきたかと思って顔をだして見れば……」


 謝りもしないで黙り込み、しりもちをついていたからキレられるかもしれないな……まあいいや、もう二度と会わないだろうし。

 こんなサークルに入ってる奴となんか関わってやるか!


「ずいぶんと活きの良い後輩がいるではないか……今のスプリントもなかなかだし、そしてなによりこの俺を体当たりで一歩のけ反らせるとはやるではないか。良いぞ! 気に入った!」

「え……? は?」

「おい一年、名前は?」


 なんか俺一人だけ置いてきぼりだな。

 周囲は先ほど俺が白けさせてしまった空気もすっかり元通りで賑やかだ。

 俺がぶつかった先輩? はこちらを凝視している。

 てかゴツいな。そしてデカイ。

 2mあるかもくらいの巨体で、黒のタンクトップにハーフパンツを着ているため、筋肉量がよりわかりやすく強調されている。


「おい、どうした? 聞こえなかったか? 名前を聞いている」

「あ、はい。えっと……鳴坂です……鳴坂憧馬なるさかしょうまです」

 あまりの威圧感だったため、咄嗟に名乗ってしまう。

 何も言わずに横を通ってこうと思ってたのに……


「そうか。憧馬だな」

「はい」

「憧馬、俺とフットサルをやらないか?」

「……え?」


 ここでの出会いが今後の人生を大きく変えることなど、この頃の俺は知るよしもなかった。

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