元・悪の帝国怪人一族の女子高生な私、めっちゃ写真部男子に撮影を迫られる件。

@azumari

第1話 クラスメイトの雨藤くん

 20XX年、7月。滋賀県は甲賀市・水口町の思川おもいがわ高校。

 すべての授業が終わり、茶髪のポニーテールの少女は野外に設置された自動販売機からグレープフルーツジュースを購入し、近くのテーブル付きのベンチに座って飲む。

 「……クッソ暑い。」

 夏真っ盛りのうだる暑さの中、ポニーテールに汗をにじませ陽の光で輝かせながら、少女は恨めしそうにつぶやく。

 彼女の名前は『ティラミス ベーダー』。日本ではない、ある別の国から家族とともに移住してきた少女で、お菓子作りが大好き。放課後は製菓部で様々なお菓子を作るなど精力的に活動している。今はあまりの暑さに疲れて少し休憩をしているところのようだ。

 さて、そんなティラミスの座るベンチ。その正面から、バレバレながら『僕は今こっそり歩きで行動してますよ~』とでも言いたげな雰囲気を出しつつ歩行をしている———その手には子供用のデジタルカメラを持った、天然パーマがよく目立つ出で立ちの、まるーい目をした———男子生徒がやってくる。

 「なにやってんのよ、雨藤あめふじ。」ティラミスに『雨藤あめふじ』と呼びかけられた男子生徒は、意外そうな表情を浮かべながら、ティラミスに話しかける。

 「あらら、バレてへんかと思ったわ。」「アホね、バレバレよ。」

 彼の名前は『雨藤あめふじ カンロ』。写真部所属の男子生徒で、ティラミスとは同じ学年ではあるが、こちらは付属中学から進学した、いわゆる「内部進学組(内進組)」の生徒であり、ほかの中学から進学してきたティラミスとは同じクラスになることは基本的にはない。しかし、彼はどうもティラミスと仲良くなりたいようで、放課後など、折に触れては話しかけている。

 「いやぁ、こっそりと近づいてバレへんようにしとったら、なんかの拍子に油断して『変身』してくれるかなぁなんて思ったんやけども。」

 カンロのその言葉に、ティラミスは呆れた表情を浮かべながら返事をする。

 「あのねぇ、こっそり近づこうって思うんなら、真正面か来るなんてありえないでしょ。真正面から近づくアンタみたいなやつに気づかないわけないし。」あ、それもそっかぁ!と言っているような雰囲気を出しながらその言葉を聞くカンロに、ティラミスは続く言葉を投げかける。「それに———」

 「それに?」おうむ返しに返すカンロに、一つため息をついて言葉を続ける。

 「前にも言ったと思うけど、私、こっちでは不用意に変身しないようにしてんの。」

 「なんで?」「いや、だってどう考えても怖がらせちゃうでしょ、デザートス人のホントの姿は、コッチの人間たちとは全然違う姿をしてるんだから。アルミ缶と、ペットボトルとみたいにさ。」続くカンロの質問に対して、手元のグレープフルーツジュースの缶と、カバンの中のペットボトルを机の上に並べるようにして置き、それぞれを使って例えるように説明する。

 デザートス人。それはティラミスの属する種族としての総称だ。人間に擬態する能力を持っているが、本当の姿はスイーツに酷似した頭部を持ったものであり、それぞれ個体ごとに異なる少し特殊な能力を持っている。ティラミスの出身である砂漠帝国デザートスは、そんなデザートス人たちが暮らす、異世界の国。ティラミスは、父親の仕事の都合で中学の頃に、デザートスから甲賀市に引っ越してきたのだ。

 さかのぼること20年前。琵琶湖の豊富な水資源を求め侵攻を開始した砂漠帝国デザートスは、甲賀を守る『ヤスガー・ワン』『ジョー・オカヤマン』の2人のヒーローと1年に及ぶ戦いを繰り広げた。その末に2人のヒーローは、デザートスを蝕んだ砂の悪魔サキューダスの存在を暴き、これを打倒し、デザートスとの和解の道を提示したのだ。それから20年。デザートスと甲賀市、およびその母体としての滋賀県は友好条約を結び、和平の道を歩みつつはあるのだが……

 「いくらヤスガー・ワンとデザートス帝国の戦いが20年も前の、私たちが生まれる前の戦いだったからって、そう簡単には世間の『怖い』って感覚はなくならないのよ。だから私はお母さんから不用意にコッチの人への擬態を解くなって言われてるし、私もそう思うから擬態を解かないようにしてるし。」「ふーん……」

 でもさぁ、と口火を切るようにカンロが話し出す。「俺はお前の本当の姿、かわいくて好きやで?名前の通りのかわいらしいティラミスの頭、すんごい素敵やなぁって思ったけど。」

 「だーーーーー!!!!あーーーー!!!!おいコラ雨藤!!!!おい!!!!」カンロの言葉を聞いて、ティラミスが叫ぶ。「お前、お前なぁ!!ここでそんなこと言うなだし、そもそもお前、そんな歯が浮くようなセリフ良く言えるなぁ!?ほんっと、ちょっと、あのさ……あー、もー……デリカシーめぇ……」気づけば顔を真っ赤にしながら、頭を抱える。「大体『でもさぁ』じゃないんだよ、そこの言葉はつながんないからね……あー、もー、恥ずかしいなぁ……なんでバレちゃったかなぁ……」

 ティラミスは基本的に、自分の本当の姿を人に見せないようにしている。しかし、2週間ほど前の放課後、彼女が体調が悪くて教室で机に突っ伏していた時、体調の悪そうなティラミスを見つけ、彼女を保健室まで連れて行ったのがカンロだったのだ。その際、体調不良の影響で擬態能力が維持できなくなり、ティラミスの本当の姿———お菓子のティラミスがそのまま頭部になったような姿———を、カンロは見てしまったのである。

 「そりゃあ、あの時すんごい気分悪かったから助かったけど、まさか体調悪くて擬態が解けちゃうなんて思わないもん……なんで見たんだよぉ雨藤ぃ……」「なんでや言われてもなぁ……まぁぎょっとはしたけど、まぁでもかわいかったしなぁ……」「ぎゃー!!!!やめろ!!!!そうやって軽率にほめるなバカ!!!!恥ずかしくなる!!!!」「なんでやねん!ええやろ別に減るもんやあらへんし!」やいのやいのと言い合いをしていると、ティラミスと同じ製菓部に所属する彼岸花リューコが通りかかり、ティラミスに声をかける。

 「あ、ティラミっちゃん何してんのー?部活行かへんのー?先行ってんでー?」

 「あ、ごめんすぐ行く!先行っといて!」返事をしてから、飲みかけだったグレープフルーツジュースを飲みほして、急いで荷物をまとめる。

 その様子を見たカンロは、慌てて声をかける。「あ、待って待ってベーダー!」「何!?」こちらも慌てているからか、若干大きな声で返事をするティラミス。

 「部活行く前にちょっとだけ変身してくれへん?な?俺の撮影モデルになってちょうだい、な?ちょっとでいいし、なぁ、なぁ?」それを聞いたティラミス、さすがに怒って大声で返事をする。


 「私は!!!!変身など!!!!しなーい!!!!」


———アフター・ヒーロー・エイジを生きる少年少女。その日常を、これから少しずつあなた方にお届けさせていただこうと思う。それでは、始まり、始まり。

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