第1話 アムルラビットの真紅の爪付き肉球(2)

「ああ、こないだ入ってきた蛾の鱗粉まみれの羽か」

「蛾って。グライダーモンスって呼んでって言ったでしょ! それにあれはただの鱗粉まみれの羽じゃないんだから。本来であれば本体と切り落とされた羽部分は、胴体部分からの神経反応の断絶により発光体の消滅がなされるんだけど、雷エレメントを備えた武器により切り落とすことで胴体が神経の断絶を誤認識し発光体を維持する信号を出し続けそれにより本体には生体反応が本来より長く残りそしてそれが結果として羽部分の根元に切り落とされるほんの直前まで鱗粉発生のための分泌物が血液を通し――」

「リオナちゃん、さて、どうする?」

 スイッチが入ったバケットを尻目に、ユメリアが聞いてきた。その余裕そうな表情は、自分より一回り以上もある恰幅の侵入者を目の前にしても、揺らぐことはなかった。

「どうするもこうするもない。さっきの命令通りさ」

「ま、そりゃそうか。あ、リオナちゃん、あの羽が入っている容器、あれ特注で高かったんだよ。だから傷つけないで回収してね」

 そう言ってユメリアは、まだ何事か呟いていたバケットの頬を叩いたのち、リオナのだいぶ後方に下がっていった。

「おい、てめーら。ふざけやがって。いい加減にしろよ」

 状況が呑み込め、大分落ち着いたのか、賊の一人がこちらに向けて言い放った。見ると、二人の内、一人は帽子を被り手には短刀を携えている。もう一人は覆面で素顔が見えず、手袋をした両手で容器を慎重そうに抱えていた。声を出したのは短刀の男の方だった。

「お前、知っているぞ。普段、館内をぼけーっと見回りしている男だろう。そんな奴が、俺たち二人を相手にするってのか。しかも容器を傷つけずにだと?」

「残りは女子供じゃないか。他に警備もなさそうだし、兄貴、こりゃここまで慎重にやる必要なかったんじゃないですか?」

 勤務時のリオナの様子を知っている。それに、新アイテムがやってきた時期に、ピンポイントにその場所を狙いにきた。さすがに下調べはしてきているのだろう。

「だれが子供だ、チンピラ、こらー!」

 リオナの思考をユメリアの怒声が妨げた。どっからどうみても子供でしょ、というバケットの呟きに、背後は少し修羅場と化したようだが、リオナは視線を賊から離さなかった。

「所詮博物館の警備だろ、俺たち冒険者の敵じゃないな。お前をぶっ倒してこのままこいつを闇市に流せば、当分の間は危険なクエスト漬けの日々から解放されるんだ」

 その言葉に、館長と取っ組み合っていたバケットが姿勢を直して気色ばんだ。

「闇市! なんてことを。レアアイテムは、国営の研究所を介し、その価値が正式に市場に反映されるものなのに。あなた達みたいな輩がいるから、いつまで経ってもレアアイテム絡みの犯罪や悲劇が後を絶たないんだ!」

 すると、覆面の男がくぐもった声をだした。

「うるせえ! 求める人間もいるから、闇市も成立するんだよ。甘い戯れ言ばかりの子供たちには理解できないだろうがな」

「ぬくぬくとこんな博物館の中で呑気な生活を送っている文官どもには、俺たち冒険者になるしかない人間の気持ちなんて分からないんだよ!」

 すると、すっとユメリアがリオナの横に立った。

「文官ども……か。リオナちゃん、命令もうひとつ追加ね」

 ユメリアは、静かに、しかし今までとは違うなにかを含めた声で告げた。

「あいつら、ぼこぼこにしちゃって。勿論、館内のものは一切傷つけないように」

「相変わらず、人使いの荒い雇い主だな」

 そう言って、リオナは一歩踏み出した。同時に、足に力を籠める。

「来るか、優男が」

 構えながら、短刀の男が言った。直後。賊二人が明らかに動揺した。何故か。

 十五メートルは離れていたはずの警備兵の姿が、恐るべき速さで、瞬く間に目の前に現れたからだ。

「ひっ……」

 覆面の男が、短い悲鳴をあげた。その両手に抱えた箱を、リオナは下から叩いた。容器が中に浮かぶ。あ、という声の中、リオナは賊の開いた手の片方を掴み、自らは躰を反転させながら捻った。覆面は前のめりになり、リオナはその顔面めがけて軽く膝を突き出した。強烈な痛打音と共に、顔面から流血させながらその賊は仰向けに倒れていく。そして直後落ちてきた容器をリオナは両手で受け止めた。

「ちょ、ちょっとリオナちゃん、容器を傷つけないでって言ったでしょー?」

「この容器の納品時、俺に業者まで何往復も取りに行かせたのはユメリアだろう。請求される送料の節約だとか言って」

 あれ、そうだっけ、と悪びれることもなくユメリアは言った。何度も運んでいるうちに、この容器の強度は躰が覚えてしまった。万が一傷つけたら、雇い主から何を言われるか分かったものではなかったからだ。

 結果、今も傷つかなそうなギリギリかつ微妙な力加減で容器を浮かせてみたのだが、うまくいったようだ。中の羽だが、まだその表面には鱗粉がきらきらと浮かび、妖艶さを内包している、という言い回しのついた輝きを放ち続けている。

「て、てめえ、ふざけやがって」

 刃物の賊がいきり立った。距離を取り、威嚇するように獲物の刃の光を照り返させている。

「少し体術が出来るからって、調子にのるな。俺の技を受けてみやがれ!」

 賊の左手がほのかに赤く光る。ほう、とリオナは思った。

「火のエレメントが使えるのか」

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