黒猫エリーと、入り江

大空リム

第0話 猫手川、その黒猫と邂逅す



 見上げれば青空に、黒猫が一匹、釣り糸を垂らしている。

 大きな木の枝にちょこんと座ったその猫は、釣り竿の先端から、ふうわりとちゅうにゆれる釣り糸を真剣に見つめ、時折、釣り人がそうするように、くいっ──、と、竿先を持ちあげた。

 釣り糸の先端に、針は、なかった。

 浮きも、重りもない。

 ただ、糸の先端には『よっちゃんイカ(しろ)』が、袋ごと、無骨にくくりつけられている。

 無風の風が釣り糸をゆらし、透き通る青空に『よっちゃんイカ(しろ)』のビニールの包装が、煌々きらきらと、分光する光を放っていた。

 青年は、はたと立ち止まり、そのあまりにも違和感のある、それでいて、どこか庶民的な日常をも感じさせる、その光景を、驚きの表情で見つめた。

 下から見上げるその光景は、まるでその黒猫が、青空を、そのまま釣りあげようとしているように、青年には思えたのである。

「な、なにか釣れるんですか……?」

 青年は、恐る恐る、といった体で、その黒猫にたずねた。

「ええ──」

 見るも美しい黒猫は、きぬのようにすべらかな声で、答えて言った。

「たったいま、釣れたところよ」

 と。

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