第13話 撤退

「では、行くですよ!!」


ICPO top secret 009のΣシグマこと神崎叶奈かんざきかなは、何とかFBI top secret 002の霧雨きりさめの荒い運転から立ち直ったメンバーを連れて移動を開始する。


全員気配を消しつつ近くのビルの屋上へと上がり、ビルを飛び移りながら目的地まで移動する。

Σは手慣れたものだったので、FBI top secret 007の斎槻いつきを抱えて移動した。斎槻いつきの腕には【うしゃぎ】が抱えられている。

他のFBI メンバーも驚きつつ何とか追随する。


ジェットコースターのようなアトラクションにでも乗った感じなのだろう。Σに抱きかかえられた斎槻いつきは大人しくしつつ、瞳をキラキラさせていた。


ビルを飛び移っていると、見慣れた後姿を発見する。

屋上に降り立ち、Σは声をかけた。


「――師匠!!」

「おつかれー。」


師匠――ICPO top secret 002の紅忍くれないしのぶはΣに振り向き、挨拶を交わした。

驚いていないことから、Σたちが近付いてきていたのは気配で察していたのだろう。


「バイトどうだった?――ここまで短時間でよく来れたな。」

ラーメン屋バイトは2時間だけのピンチヒッターだったので何とかなりましたし、霧雨の車に乗って来たから大丈夫です!」

「そっか。霧兄きりにい、ありがとう。」

「いえいえー。」


Σは周囲を見回す。 top secret は全員揃っているが、浮かない顔をしているように思う。何があったのだろうか。

相手がRemembeЯリメンバーなので、普通は緊張感があるはずなのだが……。別の事に気を捕らわれているようだった。


「こんばんは!!世界一可愛いルナちゃんだよ!!」


ΣはICPO top secret 007の魔女まじょルナに話しかけられる。ルナの隣には、ICPO top secret 001の黒真珠くろしんじゅが居た。

黒真珠はいつでも戦闘開始できるよう、得物ムチを手に持ちながら微妙な表情をしている。

ルナは何かを諦めたのか、一周回って声も表情も明るかった。


「作戦会議だよ!Σ!」

「作戦会議……ですか??」


ルナの言葉の意味が解らず、Σは聞き返す。

一緒に来た霧雨をはじめとするメンバーの同様に首をかしげていた。

すると、屋上の階段付近に座っていたICPO top secret 003のDr.殺死屋ドクターころしやが話しかけてくる。


「今にも下がおっぱじめそうなんだよね。」

「下……?」


意味が解らない。

今回は top secret が出動する案件だ。警察は安井やすい司令の手によって既に撤退させられているはずだ。


到着したばかりの top secret はこの現場で何が起こっているのか把握できていなかった。

なので、殺死屋の言葉を聞き、集まっていたビルの屋上から下を覗く。


ちょうどのタイミングで男性の声が聞こえてくる。



《――我々は警察だ。無駄な抵抗は止めて、武器を捨てて投降しろ!……繰り返す。我々は――》



そこに居たのは――メガホンを手に持ち、ビルに向かって交渉する警視庁捜査一課の警察官――宮崎竜士みやざきりゅうじの姿だった。

どうやら交渉役になったらしく、倉庫の隣に建っている古いビルに向かって話しかけていた。



「え――兄ちゃん!?」

「うわぁ。交渉役、宮崎かぁ……。やりにくい……。」


FBI top secret 005の鬼火おにびは物事の中心に兄の姿を見つけ、思わず声を裏返して叫んだ。

FBI top secret 003の黒曜石こくようせき黒磨こくま)は現状に軽く引いていた。いくらメイクで目元などの印象を変えているとはいえ、身元がバレるわけにはいかないのだ。知り合いがいるとなると、とてもやりづらかった。


2人の声は、幸いにも控えている警察官たちには聞こえていないようだ。


同じく下を見たFBI top secret 006の朝吹あさぶきは嘘だろ……、と呟き、頭を抱えた。だって、一緒に臨場していった自分の兄の姿も見つけてしまったのだから。



「兄!?――え、しかも知り合い!?」


鬼火と黒磨こくまの発言を聞き、FBI top secret 004の一縷いちるは驚き、焦って聞き返す。

まさか血縁者と知り合いが現場に居るとは思わなかったのだろう。


「あー……中学時代の同級生。」

「ちなみに、後ろに控えているの……俺の兄貴。」

「えっ!!」


黒磨と朝吹の返答に、一縷いちるは再度驚いた。……関係者に当たる確率が高すぎた。



宮崎の後ろにはスーツ姿の警察官が多数おり、制服姿の警察官も控えていた。

警察車両も多数停まっており、光る赤色灯がとても眩しい。

人質が解放されたときの為か、鑑識の制服を着た警察官(成宮慎斗なりみやまことも含む)も控えているようだが、機動隊らしき警察官の姿はなかった。……まだ到着していないのだろうか。



微妙な空気が漂う中、霧雨がおもむろに口を開く。

霧雨の表情は険しい。


「だけど、何で機動隊が居ないんだろ……。SITくらいは来ていいはずだよね?」



そう――この現場はとにかくおかしい。

立てこもり事件の場合、担当するのはSITだ。

本来なら敵がRemembeЯリメンバー――テロリストなのでSATが呼ばれているはずなのだが、一向に機動隊の車両も機動隊員の姿も見えない。……通報が上手くいっていないのだろうか。



「確かに。相手が相手だし、捜査一課とは少し違うよな……。」


黒磨が同意し、顔を見合わせる。


……この采配は意味が解らなかった。


何が起こっているのだろうか。

わざと捜査一課と衝突させようとしている??そして、わざと死人を出そうとしている??……いや、まさかそんなわけ……。



「もしかして……緊急事態だからってことで、寄せ集め??」

「……いや、無計画過ぎるだろ。まだ統率が取れていないだけなんじゃね?それか上が喧嘩してるか。」


一縷いちるの発言をFBI top secret 001の十字石じゅうじせきが否定する。

……統率が取れていないだけで有ってほしかった。この現場はとても危険なのだ。ぜひ速攻で手を引いてほしい。



警察が引かない限り、現場に突入することは出来ない。

top secret が秘匿ひとくされた存在であるということももちろん関係している。

だが、万が一機動隊が来て突入を始めたら、建物内に侵入して粛清を行った top secret は怪しい人物アンノウンとして殺されてしまう可能性が高いため、エリックたちが警察に撤退の要請を入れるのをひたすら待つ。


理由は武器を持っているから。

素手ならギリ一般人として拘束されるだけだが、気配を察して武器を向けたが最後、瞬時に眉間を撃たれてヘッドショットで殺される。



最悪、ここから撤退して事の成り行きを見守るしかないだろう。

このままだと民間人警察官問わず死人が出た後の、逃走するRemembeЯリメンバーに対しての掃討要員になりそうだった。


このままでは埒が明かない。

そして、報道や警察のヘリコプターが飛び始めたら厄介だった。カメラに顔や姿が映るわけにはいかないのだ。



なので一度、隣のビルの空いている部屋に移動することにした。


ビルを飛び移り、適当な部屋に入る。

下から見つからない様に気を付けながら現場の様子を観察することにした。


top secret は晩御飯食べた?とたわいもない話をしつつ、撤退に備える。

持っている武器や、逃走経路も再度確認しつつ警戒を続けた。



どうするー?と話していると、急に《ザザッ》とインカムの通信が入る音がする。



《Aaaaaaaaa!!!!!! F*cking bullshit !!!!!!!》 (意訳:あ゛ーっ!!クッソ馬鹿げてる!!!ざっけんな!!!!!)


「うわ!?」

「――っ!!」


突如、インカムから副指令であるエリックの絶叫が聞こえてきた。音が大きすぎて耳が痛い。

誰に対してかはわからないが、英語の引くほど汚い言葉遣いで罵っている。

普段から考えられない姿に、FBIメンバーですら一瞬驚いた。……一体何があったんだろうか。



「……ねぇ、エリックさん。マイクに向かって叫ばないでくれる?耳が痛いんだけど。」


殺死屋がため息交じりに不快感を訴える。

指摘されたエリックさんは反省しつつ、怒りが収まっていない声色で語りかけてくる。


《みなさんすみません。……その、何度も日本の警察に現場から引くように訴えているのですが、一向に引いてくれなくて……!!!》


ミシリ、と何かがきしむ音が聞こえてくる。

警察と連絡を取るために持っていた受話器を握る手に力がこもっているのだろう。……もしかしたらエリックさんは怪力なのかもしれない。



「……?どういうこと??……いつもなら引くでしょ。何で今回引かないわけ?」

「しかも、相手はRemembeЯリメンバーだよ?……警察じゃ手に負えないでしょ。」


殺死屋の後の言葉をICPO top secret 004のDr.殺人鬼ドクターさつじんきが紡ぐ。

怪訝そうな表情を浮かべる2人は、ものすごく息ぴったりだった。

殺人鬼は殺死屋と思考が被ることを嫌っているので、どことなく不服そうではあったが。


「……現在進行形で、下で交渉してるからねぇ……。」


ICPO top secret 009の死神しにがみネルガルは警察官たちからギリギリ見えない位置から地上を覗き込み、やれやれ、といった顔をした。


「ほんと、めんどくせぇ。……しゃらくせぇわ。」

「警察がいるせいで、俺らも下手に飛び出せないんだよな……。」

「秘密の存在だからね~☆」


ICPO top secret 006の人喰いカニバリズムとICPO top secret 005の人斬ひときざむらいの言葉を、ネルガルが肯定した。



「……なぁ。宮崎はさ、相手がRemembeЯリメンバーだって知ってんの??警察の対処がすごく緩い気がするんだけど。」

「――!!兄ちゃん、絶対知ってねぇよ……!知ってたらもっと上手くやると思うし……!」

「……だよなぁ。」


黒磨こくまの言葉に鬼火が焦る。


「何だよそれ……最悪すぎる。」

「引いてくれないとこっちも出て行けないし、危険極まりない。」


忍と黒真珠の顔色が悪くなる。

2人の絶望の呟きが何もない部屋にこだまする。


黒磨の予想に、他のメンバーの顔色も悪化した。


「……死人、出るんじゃね?」

「やめろよ!!そういうこと言うの!!!!」


鬼火、朝吹、黒磨は血相を変え、人喰いカニバリズムがぽつりと零した言葉を急いで否定した。



---------------



一方その頃。

隣のビルの下では警察がRemembeЯリメンバーに盛大に馬鹿にされていた。


「きゃははは……!!」


RemembeЯリメンバー狙撃手スナイパーであるリゼットはビルの4階の窓から警察を見下ろして、狙撃銃を背負いつつ腹を抱えて大笑いしていた。

笑いすぎて息も絶え絶えになっている。緑色の目の端には涙が滲んでいた。



「【無駄な抵抗は止めろ】?【武器を捨てて投降しろ】!?あり得ないんだけど!!マジウケる!!!」

《……何がおかしい……!?》


宮崎は冷静さを失わないよう、気をつけつつ地味にキレる。

あくまで自分は交渉役だというのを忘れてはならない。いくら相手に腹が立っていようが、冷静に対応する。これが今の仕事だ。



「絶対相手間違えてんじゃん!!あり得ないじゃん!!きゃははは……!!」



対してリゼットは笑いまくる。

警察を煽っているとも思える言動に、後ろに控えている警察官の殺気が膨れ上がる。


だが、宮崎は殺気に呑まれてはいけない。交渉役なのだ。

息を吸い込み、優しく説得を試みる。



《……今ならまだそこまで罪は重くならないから――》

「――罪ぃ!?きゃははは……!!」


駄目だ。何言っても笑われる。



――何なんだよ。あの、外国人の白ジャージ女。笑い死んでる暇があったら投降しろや。



宮崎は心の中でバチクソにキレていた。

だが、表には出さない。……仕事だから。たとえ、後ろに血気盛んな奴らが控えていようとも。



――てか、早くSITかSAT特殊部隊連れてこいよ。さっさと突入して終わらせてくれ。



犯人笑ってるだけだろ。

今なら簡単に拘束できるだろ。

今日のような日の為に特殊部隊員あいつらは死ぬほど訓練してんだろ。


え?到着まで粘れ??

……はぁ?こちとら1時間以上ずっと待ってんだけど??――今すぐに来いやゴルァ。



胸中を怒りが支配するが、息を吐き出し、メガホンで穏やかに話しかける。


《……君、笑ってないでいい加減に――》

「だって、だってだってだってだって超ウケる!!!!」


何を行っても笑われる。

交渉は一向に上手くいかなかった。


もう無理だ。



――ヲイ。恐らく脳筋野郎共特殊部隊の皆様。早く来い。出番だぞ。



怒りを通り越して絶望した宮崎は、未だに来る気配がない特殊部隊を恨んだ。

本当に彼らの上司が通達を出しているのかすら疑いそうだ。



――……あー仕事ほっぽり出して、今すぐに帰りたい。



宮崎にはやりたいことがある。

担当していた小学校の事件の事後処理も残っているし、妹の行方も探したい。

こんな無駄なことに使う時間は無いのだ。



天を仰ぎ現実逃避していると、リゼットが話しかけてきた。


「――はぁー……!!もう十分笑わせてもらったしぃ……、あげるよぉ……!」


リゼットはポケットから1枚のカードを取り出す。

指紋がつかないよう、白のハンカチで覆いながら取り出していた。



ようやく膠着状態の現場が動くと思われたが、相手の行動の意図が読めない。

一体何なのだろうか。


「……??」

「ほらぁ……!」


リゼットは疑問に思う宮崎たちを無視して、ビルの窓から宮崎に向かってカードを投げ捨てる。

宮崎は怪しく思いつつも、落ちてきたカードを拾うことにした。



降って来たのは黒のカード。

鋼鉄を思わせるような光沢のある固めの素材の、プラスチックでできたカード。

金色でカードの淵と文字が印刷されており、右上には丸く穴が開いていて金のリボンが結ばれている。

中央に書かれていた文字は――RemembeЯリメンバーだった。



宮崎の目が見開かれる。

周囲に居た警察官も、文字に驚きを隠せないようだった。

一気に現場に緊張感が走る。


最初に口を開いたのは宮崎だった。



「――は!?RemembeЯリメンバー!?これ、捜査一課ソウイチの仕事じゃ無くね!?SAT呼べSAT!!!」



想定外のことが起こり一瞬固まる宮崎に、成宮が撤退を急かす。


「――ザキミヤさん、逃げましょう!テロです!!テロ!!!」

「はえっ!?テロ!?」

「声が裏返ってしまっちゃってますよ!?」

「そんな――」


宮崎の言葉は最後まで続かなかった。

言葉を遮ったのは、警察官の複数の悲鳴だった。


「ぐぁ!!」

「!?」

「警っ……部!!?」


警察官が次々と喉や肩をナイフで刺され、倒れ、一部は絶命していく。

後ろを振り返った宮崎は驚き、慌てた。



――このナイフはどこから来た!?



アスファルトが赤く染まっていく。

ハイスピードで真っ赤になる現場に思考が追い付かない。


アスファルトを赤に染めた犯人は、意外にもビルの正面玄関から堂々と出てきた。


頭に薔薇の髪飾りを付け、綺麗なロングヘアを揺らしながら、太ももに深めのスリットが入った紫色のドレス姿で現れる1人の妖艶な美女。彼女の手には複数の投擲用のナイフが握られていた。

他にも沢山隠し持っていそうな、そんな雰囲気だった。


彼女は笑みを見せ、リゼットに問う。


「殺しましょう?リゼット……良いわよね?」

「オッケー、レヴィねえ!!狙撃スナイプは任せて!」


膠着状態から1時間半。

ついにRemembeЯリメンバーは自分たちの帰宅に邪魔な警察を、殺害のターゲットにしたのだった。



現場は混乱を極めた。

文字通り殺戮の現場だった。

敵は手榴弾も持っていたのだろう。宮崎たちの居た周辺あちこちが爆発する。

宮崎と成宮は地面に伏せ、危機一髪――何とか五体満足で逃げることができた。


狙撃手が居て、撤退は絶望的。

車も爆発炎上しているから使い物にならない。

逃げる手段は自力で走るだけだが、上からは銃弾が、地上ではナイフが文字通り命を狙ってくる。それも、高精度で。

更に時々手榴弾と思わしき爆発物が降ってくる。もう一人爆弾を使うものが居そうだ。

現在なんとか生き残っている人にも、死神の足音が着々と近付いて来ていた。



――ここで、死ぬ??



「――け……な……。」


宮崎は俯き、懐に身に着けていたホルスターから拳銃を取り出す。

警察官が使う、弾が5発入りのリボルバーだ。



――死んでたまるか!!!!手足を失ってでも絶対に生き残ってやる!!!!



「――ふざけるな……!!!警察舐めんな!!逮捕だゴルァ!!!」


宮崎はレヴィに銃を向け、レヴィの腕を狙う。



――殺しはしない。俺は日本の警察官だから。



だが、無情にも宮崎の首周辺はレヴィが、宮崎の頭部はリゼットが狙っていた。

宮崎は引き金に指をかけた。



---------------



一方、RemembeЯリメンバーが居るすぐ隣のビルの一室では、 top secret たちが警察とRemembeЯリメンバーの動向を見守っていた。


「まずいぞ。動きそうだ。」


忍は肉眼で様子を確認し、緊急事態を知らせてくる。

その声に top secret たちは窓辺に集まった。


「敵はリゼットか。前回、かなり手ごわかった。――今回こそは負けない。」


リゼットの笑い声が聞こえてくる。

黒磨こくまは殺気を出さないよう注意しながら、視界に入れたリゼットを睨みつけた。

得物を握る手に力がこもる。黒磨にとってリゼットは因縁の相手だった。



宮崎とのやり取りの後、おもむろにリゼットが何かを投げ捨てた。

黒い――そんな、まさか。


「……あれ……落としたのって……RemembeЯリメンバーのカード、じゃ、ね……?」

「あ。本当だ。……残念ながら、警察は処刑確定になったな。」


朝吹が目を少し細めてカードを確認し、青ざめる。

一縷いちるは首から下げていた双眼鏡で対象を確認し、RemembeЯリメンバーのカードであると伝えた。――無慈悲な死刑宣告と共に。



これから始まる惨殺できごとを察し、青ざめる。

警察のいる地上は、まるで広さに制限のない地下大量粛清場ダンスホールのようだった。

とりわけ顔色が悪いのは警察に血縁者がいる鬼火と朝吹、知人がいる黒磨の3名だった。


鬼火はひどく震えている。呼吸も上手くできていない。


「――鬼火!!」


その様子を見た忍が駆け寄り窓から引き離そうとするが、鬼火は窓にしがみついて必死に兄の姿を追う。


唯一の肉親がここで命を落とすことがわかってしまった。

だが、飛び出せれない。

絶対に出て行くことは許されない。

兄の最期を遠くから看取ることしかできない。


だって――【正体がバレた場合は、正体を知った人を自らの手で48時間以内に殺すこと】が top secret のルールだから。

姿を現すことで、自動的に兄を殺す未来が確定してしまう。



顔を知らない仲間なら、と淡い期待を抱くが、それも叶わない。

相手は警察だ。写真やモンタージュで指名手配をかけられたら大事になる。

現状はRemembeЯリメンバーが殺すか、自分が殺すかの2択だった。



鬼火だけでなく、朝吹と黒磨も窓から離れようとはしなかった。


「逃げろ……。頼む、逃げてくれ……!!走れ!!宮崎!!!宮崎竜士!!!!」

「――ダッシュだ兄貴!!全力で!!狙撃は走ってたらギリ当たらない!!!ひたすらジグザグに走れ!!!!早く!!!!」

「兄ちゃ……逃げ……っ。早、く……!!銃は、持たなくていい、から……!!」


3人の悲痛な叫びは届かない。

聞いていてとても心が痛かった。だが、ここに居る人間に出来ることは――何一つなかった。


ちなみに、走ったら狙撃が当たらない……というのは朝吹基準だ。

兄である成宮慎斗なりみやまことがそれに該当するかは定かではないが、生存確率は上がるだろう。



下では宮崎が懐から銃を取り出し、髪の長いドレス姿の女に向ける。


「ほらやっぱり銃持ったぁーーー!!!!」


兄ならそうするだろうという思いと、武器を持つことで早死にする絶望が相まって感情がぐちゃぐちゃな鬼火が叫ぶ。

涙にまみれたその表情は、笑ってるのか泣いているのかはわからない。だが、最後の時を見逃さないよう、鬼火は必死に目を開けていた。



「そう思うなら――」



殺死屋はビルの窓から飛び出し、リゼットが居るビルの屋上の柵にワイヤーのフックを射出し、軽々と地上へと舞い降りる。

途中で速度を調整し、ワイヤーを切り離して宮崎の前にふわりと躍り出た。



「――助けに行きなよ。鬼火。」



着地寸前に殺死屋は、レヴィの右手と首肩に向けて得物のメスを投げて戦闘不能に追い込む。――が、寸でのところで避けられ、思ったほどの怪我を負わせることができなかった。

傷は浅い。戦闘は続行できそうだった。



「チッ!」


殺死屋は舌打ちし、煙幕スモークを焚く。

この煙幕は人喰いカニバリズムが自作した、自慢の一品だ。

ありきたりだが人体には無害で、とてもよく煙が出る上に凄く視界が悪くなる。……故に、室内で焚くと事故る激ヤバアイテムだったりする。


あたり一面が一瞬で真っ白になる。煙の量が多すぎて上からも狙えないだろう。

この前何かのきっかけで貰っていて良かったと、心から思った瞬間だった。



「な――!!ゲホゴホッ……!!」


「!?」

「ーー!!」

「っ!?」


敵がむせている隙に、殺死屋は宮崎と成宮、あと田中の手を引き、走る。

ちなみに1人(田中)は宮崎の相棒なだけで血のつながりは一切無いのだが、成宮慎斗なりみやまこと――朝吹兄と背格好が似ていて区別がつかなかったので、両方連れて逃げることにした。


片手に2人の手を握るのは大変だが、やるしかなかった。

声を出したら位置がモロバレるからそのまま走る。

警察官3人組は混乱しつつも大人なため、殺死屋の誘導に大人しく従っていた。



隣のビルの窓から外を見ていた鬼火は、泣きながら座り込む。


「殺死屋……。……ありがとう。」


宮崎を庇うように前に出た殺死屋に、鬼火は感謝した。……言葉は無理難題だったけれど。

朝吹も黒磨も同様だった。


他のFBI勢も安堵の表情を浮かべている。

忍は黙って目を閉じている。

Σは救出劇を見て、安堵した表情で【うしゃぎ】を抱えていた。

【うしゃぎ】も楽しそうにしていた。


人が死ぬのは辛い。

エゴではあるが、知り合いだけでも助かって良かったと思った。



ただ――ここ最近の殺死屋の様子を、忍とΣ以外のICPO勢は不審に思っていた。


なぜ、鬼火の兄――宮崎竜士みやざきりゅうじを助けたのか。

ついでに朝吹の兄――成宮慎斗なりみやまことと、何か知らない男の人。


人を嫌う、血も涙もないあの殺死屋が、だ。


……見返りが何もない状態で赤の他人を助けるのだろうか。

それとも助けることで利が出るのか??いつ?どこで??誰――殺死屋本人に??


きっと裏に何かがある。

だが殺死屋の目的がわからず、とても気持ちが悪かった。



だが、今はそんなことを考えている場合ではない。

敵がこれだけ派手にやらかしてくれてるんだ。そろそろマスコミも騒ぎ出す。


「……指示はないが、俺らも撤退する。煙幕スモークが効いている間は移動しても問題ないだろう。――今しかない。」


他のメンバーは頷いた。全員賛同と見た。

エリックさんたちからの指示はないが状況が非常に悪いため、現場の判断で撤退を決めた。


さあ、さっさとICPO日本支部のラウンジに帰宅しよう。そして、今日の会議だ。


「何なら追加するぞ。」


人喰いカニバリズムはポケットから煙幕スモークを取り出しつつ忍に語りかける。


「ヤバそうだったら頼む。――行くぞ。」


忍は人喰いカニバリズムに回答し、斎槻いつきを抱えてビルから飛び降りる。

他のメンバーも場の混乱に乗じてビルから――現場付近から離脱するのだった。



---------------



恐らく安全な場所――近くの公園まで逃げてきた。

先頭から殺死屋、宮崎、田中、成宮の順で走っていた。縦にならないと道が通れないわけではなく、単純に足の速さの問題だった。



「――このまま公園を突っ切るよ。死にたくないならきりきり走りなよ。」


倉庫から離れたのが良かったのか落ち着きを取り戻した宮崎たちは、掴んでいた手を離した後に先頭を走る殺死屋の後ろ姿を走りながら見つめる。



「……一般人だよな……??――って、子供!?」


宮崎たちは困惑した。

助けに来たのは、意表をつくために変な恰好をした特殊部隊員ではなかった。

事実を目の当たりにし、再度驚く。


危険な現場に、しかも空から一般人が降って来たのだ。……誰だって困惑するだろう。

しかも、着ているのは白衣に濃紺の医療用スクラブ――「ちょっと休憩時間に病院から抜けてきました!」といわんばかりの恰好だった。


「……現役の医者?……じゃないな、若いすぎるし。」

「コスプレか……?やけにリアルだな。」

「なんか、うちの弟くらい若そうっすね。」


後ろでは三者三様に意見を述べていた。

状況が状況なため付いては行くが、怪しんでいるのだろう。


「――うるさい。」


殺死屋はスピードを落とし、宮崎のほとんど隣に並ぶ。そして――得物のメスで宮崎の手の甲を軽く切った。


「痛っ!?」


宮崎は驚きつつ、切られた手を引っ込めた。

傷の深さはひっかき傷程度なので、すぐ治るだろう。


殺死屋はすぐさま元のスピードに戻し、先頭を走る。


「詮索しない。――殺すよ?」

「な――」

「生き延びたいなら従って。顔は見ない、名前も聞かない、今後一切詮索しない。もちろん、捜索も手配も駄目だよ。」

「……わかった……。」



しばらく走ると公園の出口が見えてくる。

殺死屋は足を止め、後ろが揃うのを待った。


宮崎達は息を切らしながら到着し、息を整える。

だが、3人共迷いがある様子だった。


「……なぁ――やっぱり、戻――」

「あ・の・ね・え。そんな碌に使えない銃構えてどうしようっていうの??5発しか無いんでしょ?戦えないってわかりきってるじゃん。現に死にかけていたでしょ?……馬鹿なの?せっかく生き延びたのに、もう一回死にに行くの??特殊部隊でも、特殊部隊並みの装備も無いのに??」


殺死屋は宮崎の言葉を何倍にもして言い返す。

宮崎たちは【警察官】として、【現場に戻らず、真っすぐ職場まで逃げる】ことに悩んでいるようだった。


「だが――」

はなから撤退あるのみでしょ。さっさと逃げて。――こんなところで命を無駄にしないで。」

「……。」

「……やることがあるんでしょ?――特に君は。」


殺死屋は顔を見られないよう、俯きつつ宮崎たちの背後へと回る。

大通りに向かって3名の背を押した。



「絶対に戻らないで。死ぬだけだから。」


殺死屋は宮崎と成宮の背に手をあて、釘を刺す。――絶対に現場に戻らないように。


「あと、僕のことは忘れて。――知ってしまったら、命がなくなるから。」

「――え……。」

「早く行きなよ。バスにでも乗れば、警視庁まで帰れるでしょ?――ああ、そうだ。一つだけ情報をあげるよ。」

「え――うわっ!?」


殺死屋は宮崎に足払いをかけ、わざと転ばせる。

顔を見られないよう宮崎の目元を覆い、耳元に口を近づけ――



「……燈里あかりは生きてるよ。」



耳元でささやかれた驚愕の事実に、宮崎は目を見開き、固まる。


「え……?燈里あかりが……生き、て――……。本当、に……??いや、何で知って……!?」


やっとのことで声を絞り出した時には、殺死屋は宮崎から距離を取っていた。


「頼む。どんな手掛かりでもいい。……教えてくれ……。」


後ろを振り向きたい衝動を押さえ、宮崎は必死に絞り出した問いの答えが帰って来るのを待った。


「――宮崎燈里みやざきあかりは君の妹なんでしょ?……まぁ、君が死んだら自動的に会えなくなるけど。可哀想に。」

「――!!」

「せっかく日本にいるのにね。……まぁ、どうやって戻ってきたのかは僕も知らないけど。僕、一時期一緒に居たんだよね。」

「……どこで一緒に居たんだ?事故の後……ってこと、だよな?あの日……何があったんだ……?」

「さぁ?一緒に事故ったわけじゃないからそこまでは。けれど……もしも君と……【りゅうにい】とまた会う機会があったら、その時に知っている事をもう少し話してあげなくもないかな。……まぁ、君がこのまま現場に戻るなら、すべて必要がない情報なんだけど。」

「……!!」



……これでもう、宮崎兄は現場には戻らないだろう。為すべきことは終わった。

殺死屋は即座に別れを切り出す。



「バイバイ。僕のことはちゃんと忘れてね?――君たちを殺さなくてはいけなくなるから。」



殺死屋はそう言い、走って公園から離脱し、ICPO日本支部へと帰宅した。



---------------



「……足音が聞こえなくなった。……行ったようだな。」


田中は大きく息を吐き出した。

正直体中が痛い。スーツには血がにじんでいた。


「ザキミヤさん、帰りましょう。やっと見つかった手がかりをみずからドブに捨てに行かないほうが良いっすよ。」

「ああ。わかってる。……ちゃんと、警視庁までまっすぐ帰る。」


成宮に手を引かれ、宮崎は立ち上がる。

その様子を見ながら田中は問うた。


「――なぁ、宮崎……お前、妹が【居た】のか?」


宮崎は答えられない。

代わりに成宮が答えた。


「……今までは生死不明の行方不明者だったんすけどね。……ちゃんと生きてるっぽいっす。過去形にしないでやったげてください。マジで。……エグいくらい傷付くんで。」

「あ……すまん。」


田中は素直に謝罪した。

詳細は分からないが、拉致の可能性が高く、長いこと行方不明だったなら「死んだ」といわんばかりの過去形はキツイだろう。エグいくらい傷付くはずだった。


「……生きていることがわかった。日本に居ることも。――後は探すだけだ。」


宮崎は立ち上がり、大通りへと歩みを進める。

2人もその後を追う。


「もしかしたら名前、変わってるかもしれないっすねー。施設でも当たってみます?なんか、ザキミヤさんのお陰で命救われたんで、探すの手伝いますよ。――お、ちょうどいいところに。ヘイ、タクシー。」


成宮は手を上げ、タクシーを止めて乗り込んだ。



警察官3名は大人しく警視庁へと戻り、殺死屋に助けられたこと以外で起こったことを包み隠さずに報告するのだった。

こうして大量の死者を出した湾岸倉庫立てこもり兼警察官惨殺事件は、速報と翌日のトップニュースを飾るのだった。

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