序章3 『賭けた答えと沈黙の後』

「皆様随分と騒がしいようですが。よろしいです? 進めても」


 数秒の沈黙が流れる。


「……では。まず、次期当主の件。執事の身ながらはっきりと言わせていただきましょう。主様の意見もあり、決着はとうの昔に着いている」


 その言葉に皆、疑問を抱いた。まずひとつ、親父は今まで次期当主の件に一切触れなかったということ。それなのに主の意見とは不自然な言葉すぎた。

 そして、「決着はとうの昔に着いている」というのも妙であり、何か含みを感じる。

 

 「実は、主様は何年も前に自身のお身体を心配しこのお話をされたことがあるんです。ただ、内容が内容なので自身の最後に直接、とおっしゃっていました。その話の内容はわたくしも把握しております。ですが……」

 

 話の途中。ただ一人、ベヨネッタは何も疑問を感じず勝ち誇った表情で笑みを浮かべる。

 

「なによ、勿体ぶらんでも妾であろう? 当然よねぇ。妾が次期当主なのはユキシマ家の長女に生まれた時からの運命! 妾こそが次期当主なのよ! そうよねぇ。異論はないわよねぇ。ねぇ?!」


 豪華な扇子を広げ高々と笑う。


「そうよ決まっていたのよ。実の息子はポンコツで、令嬢とやらは血が繋がっとらん。そしてそこの髭面。そもそも、エイベル家って分家でしょう? 苗字まで変えちゃってねぇ。しかも候補にメイド持ってくるなど論外なのよ。それとも何? 当て馬かしら? そうよ! 当て馬よ! いいわねぇ。ねぇユティス?」


 ベヨネッタがその豪華な扇子を大きく振りかぶり、ユティスに向けた。ユティスに向かって勢いよく向けられたその腕は、言葉の勢いそのままに力強かった。


 それをユティスは強く掴み、睨みつける。

 

「おいおいヴィルバイドさんよぉ。あんたの嫁は馬鹿なのかぁ? なぁ姉貴よぉ。あんた頭足りてねぇよ。あーおもしれ。おらぁ元々はユキシマ家の男よ。それは今でも代わっちゃいねぇ。ただ、1度逃げた男。苗字まで変えたからには、オレ自身が候補になるのも兄貴に顔が立たねぇんだよ分かるか? この際言うがなぁ。あのメイドはオレがのし上がるためなんだよわかるか?」


 ラティアは俯いたまま、その表情はナツキからは見えなかった。ただ、身長ゆえにアヤセからは見えたのだろう。ナツキの隣にいるアヤセの表情は、例えるならブルックスハウゼンの森に住まうオオカミ、怒りを無理やり抑えたようなそんな表情。その顔からラティアの表情も想像がつく。


 もう我慢ならない。


 ――ドンドンッ


 ナツキは近くにあった書斎机を拳で叩き、大きく息を吸う。

 

 「聞こえるか。エイベルのおっさんも畜生夫婦も、そしてラティアも」


 「どうした出来損ないよ。妾に逆らうか?」


 「ああ逆らうとも。あんたらだけで話を進めてるなか悪いが、親父の実の息子として言わせてもらう。こればっかりは、オレは親父の意見を直接聞きたい。それであんたらが選ばれるって言うならそれでもいい。ラティアを権力の踏み台にするような奴、金と権力だけで性格が破綻しているそこの女を選ぶような親父じゃないって賭けてやってもいい」


 沈黙の後、ベヨネッタは舌なめずりをして不気味な笑みを浮かべる。

 ナツキにとっては深く長い沈黙だった。

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