第2話
「後輩がプロジェクトの部品調達でヘマやってくれてさ、そのフォローをしてくれって課長に頼まれたからフォローし始めると、あれもこれもっていろいろできていないことが目についてもう怒り爆発しなかったのが不思議なくらいでさ。それだけだったら良いんだけど、生産計画課からはまだは入らないのか、営業からはこれで案件落としてくれたらどうしてくれんだって、クレームの嵐の電話が来るし。その電話さえやめてくれたら、もうすこし取引先と電話で交渉ができるってのに。適当に聞き流してたら、本気でやってくんないと困るんだけどって言われた。誰がいつ手を抜いてやってるって言ったよ。取引先は取引先で全然窓口繋がらないし。後輩はさっさと逃げて簡単そうな仕事貰って、定時で帰ってるし。課長もよろしくねぇって言って状況も聞かずに帰って。おかげで自分の仕事まで整理して帰って来られるのがこんな時間になるし、さっ」
はあっと肩で息をする。溜まっていたモヤモヤがようやく少し楽になった。そこに無理やり白米を詰めていく。これ以上ストレスを胃にぶち込んだ方が、病気になる。
たいていの話し相手ならば、ココで慰めてくれるか、共感してくれるか、というところだが、伊織は違う。ただひたすらに話を聞くだけなのだ。それが物足りないかと言われれば、実咲にとってはそうではない。
聞いてくれるだけで、良い。
これだけマシンガンのように不満をまき散らしつつも、頭の中はクールだ。状況整理のためにやっているとわかってくれるのも、伊織だけ。
でも、今日は違う。
いつもだったら、これだけで収まるのに、今日はポロリと口からこぼれてしまった。
「……ねぇ、わたしって女として、どう?」
「おや、いつもじゃ出てこない言葉だ」
「からかわないで。割とまじめなの」
蓮華をしっかり握ってから、じっと伊織を見る。いつものような飄々とした表情はすぐに隠れ、代わりに現れたのは、少しばかり心配しているような顔。
伊織のその顔で先を促されたかのように、実咲はポツリと話し出す。
「女がそんなに仕事頑張って何になるって言われた」
「何って、お給料でしょ?」
「違う。女じゃどうせ、結婚とか子育てで仕事の最前線から外れることができるから、頑張ったって無意味だって」
「直接言われたの、それ?」
「……ほんと、どこで何言われてるかわかんないもんだよね」
嘘じゃない。たまたま喫煙所の近くを通った時に聞こえてきた。それが女性社員全員に対する話であっても落ち込むが、それだけじゃない。今日は自分の名前がはっきり聞こえてきた。
なんだ、あの安藤実咲ってやつは。
まだ結婚もしてないから良いようなものの、結婚したり子供ができたら女は楽だよな。家庭がって言って逃げられるから。
俺たちにはそれがないって言うのに。
ああいう奴がいるから、目障りなんだ。
なにを本気でやってんだよな。
代わりに、誰か男にやらせろよ。
令和になって久しいこの時代。男女平等と今まで以上に強く言われているが、身近なところでは、まだまだこんな状態だ。
頑張れば褒められる、尊敬されるのはドラマの中だけの話だ。
リアルは、そうじゃない。
現実はもっと棘が溢れていて、それが全て鋭く研がれて、突き刺してくるのだ。
ただ仕事がしたかっただけ。仕事が面白いと思ったから。
別に男に勝ちたいから、とかそんなことは全く考えたことが無かった。自分のできること、やるべきことをひたすらやって、目の前に成果として現れるのが面白い。
それだけなのに、周りは口さがなく言うのだ。
女のくせに。
これだから、女は。
なぜ、その人自身の能力を見てくれない。
なぜ、何かと理由をつけて、自分が勝った気でいるの。
理解ができない。息苦しい。
そうやって突き刺されていく言葉の棘は、そのほとんどがなかなか抜けない。
「まぁ、仕方ないよね、そういう部署だから」
「それって、泣きながら言うこと?」
伊織に指摘されて、初めて気が付いた。テーブルの上にいくつかの涙が落ちていたことを。
伊織が実咲にティッシュをケースごと渡す。実咲は黙ったままティッシュを何枚か取って、目元にあてた。
「俺は、実咲がすごいなっていつも思う」
あふれる涙を必死にティッシュで押さえながら、伊織を見る。
「俺はそこまで頑張れない。誰かのために頑張れる実咲は素敵だよ」
「ち、ちが……わたし、そ、そこまで」
かっこいい理由なんてない。
「困っていた後輩を助けたかったし、お客さんに迷惑かけないようにできることやってるんだろ。それに実咲は手を抜けるほど器用じゃない。ひたすらまっすぐに頑張りたいんだろ」
ぷつん。
何かが切れた。
そのあとは、せっかくできたばかりの麻婆豆腐も、白米も、コーン卵とじスープも、サラダも手を付けることができずに、ただ泣きじゃくった。
伊織だけだ。
伊織にだけしかできない、こんなこと。
目の前で号泣されれば、誰だって戸惑う。だけど、伊織は違う。
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