第82話:ビフレストの虹橋



 カレンもある程度予測していたとはいえ、やはりこうして問題を目の当たりにすると、素直に困ってしまう。


「川口市、それも赤山城周辺のイイナパークか。ノルンは戦国時代の人なのか?」


 ミサキからの報告は、川口パーキングエリア周辺の再開発がいきなり始まったということだ。

 ここは東京外環道の大きなジャンクションがすぐ近くにあり、関越自動車道や東北自動車道とも接続しやすい場所になっている。

 東京の外枠にある長城よりも外の場所で、いきなり再開発が始まったので、報告を受けたシンジとカレンは驚いた。


 リョウジとカズヤは出払っているが、二人で小会議室を使い、大型プロジェクターを使って壁一面に衛星写真を映し出している。

 スクリーンの隅には、ミサキとフギンのアバターが表示されており、ちょっとした作戦会議になっていた。


『その文化遺産である赤山城も取り壊す勢いだけどね。駐車場でも作るのかしら?』

「広さと警備体制は?」

『川口パーキングエリアを中心に、1キロ四方ね。高速の高架をつかってコンクリート壁を打設してるみたい。ハティタイプの大型警備ロボが最低でも20台は周回してるのが見える。その他にも大型建機やトラックが集まりつつあるわね』


 衛星写真はコマ送りで、実際の時間よりも数秒ほどタイムラグがあるものの、ほぼ現状のものが見れている。

 ミサキが気になる点をマークし、フギンが写っているものを分析して、写真の上に重ねて表示している。


「フギン、建設理由の推測」

『データが少なくて推測できまちぇん』


 カレンも聞いてはみたものの、やはり材料が足りなすぎて、推測すらできないのは何となく感じ取っていた。

 シンジはスクリーンをホワイトボード代わりにし、ノートPCで疑問点を打ち込み始めた。


1.なぜ川口なのか

2.何を作ろうとしている?

3.東京長城の外側に作る意味


 カレンは会議慣れしているシンジに関心しつつ、映し出されたそれぞれの疑問に対し、思考を巡らせる。自分用のタブレットを開き、別の地図を開いた。関東全域の道路地図だ。


「フギン、アタシが今タブレットで開いてる地図から、通行不能なものをフィルタしてくれ」

『あぃ~』


 フギンの返事と同時に、衛星写真から見た段階で、破損や瓦礫などで通行不能になっている道路がいくつか消えた。

 ミサキは気を利かせて、スクリーンを2画面に分割し、カレンのタブレット表示をミラーリングした。

 最初は黙々と考えるつもりだったが、ミサキの気遣いを無駄にしないよう、カレンは自分の考えを口にしていくことにした。


「確かに川口は交通の要所ではあるな。西方面はともかく、北と東方面に行くには中間地点にあたる。城っつーのは偶然だろが、城がある場所ってのは昔から要地だってのはあるんだろな」

「だが、県境になる荒川から7キロも離れてる場所だ。城壁外防衛としちゃ、ちと離れすぎてる」

「なら、防衛用じゃねぇな。前線基地か、物流ハブステーションの可能性もある」


 シンジとカレンは、会話をしつつも、話した内容を地図に書き加えていく。


「ミサキが言った、駐車場っつーのも、あながちジョークじゃねぇな。元から公園や田んぼがあるなら、場所を確保するのは楽だ。一方、田んぼとかじゃ土地がゆるいからビルとかの高層物は立てられねぇ。高さよりも広さを優先してるようにも見える」

「なるほど。高架下を使えば防壁作るのも楽だしな。国道122号が生きてるから、都内からの輸送もできる。ミサキ、現状でノルン側が、上越や東北方面に流通を確保している形跡はあるか?」

『ゼロね。基本は東海道のみよ』

「だろうな……。少なくとも上越であれば、関越を使うから、俺達の真横を通るはずだ。すると、狙いは東北か?」


 シンジは東京中心部を仮想出発地とした場合で、上越方面に行くルートを複数出してみたが、必ず大宮線か関越自動車道を通ることになる。理研も朝霞駐屯地も、ちょうどその2つの間に位置している。

 川口であれば、東北自動車道と常磐自動車道のどちらにもアクセスしやすい。


「ここも要地だから、三度目を狙ってくる可能性は高ぇよな?」

「そうだな。だが、川口とここまでは約15キロもある。池袋の方が近いし、わざわざ外から──いや、二正面作戦を狙うなら、アリなのか?」

『その確率は低いと思うわ。けど、いずれにしろ、将来的に東北方面にも着手する手始めかもしれないわね。ここも要所とはいえ、東北方面の蓋にはなってないし』


 会話を重ねているうちに、三人にもそれぞれ予想が付き始める。少なくとも、新潟などの日本海側ではなく、東北や常磐のように、太平洋側にある何かのために動き始めたというのが妥当なラインだった。


「トーホクって何があんだ?」

「基本は第一次産業だな。農業や酪農、漁業が多い」

『とはいえ、茨城や宮城には半導体や自動車工場なども多いからね。ノルンにとって、魅力あるかどうかは分からないけど』


 そういう意味では、静岡はまだ分かりやすい。元々工業色が強く、名古屋との間にもあり、東海道でインフラも繋がっている。新幹線を始めとした鉄道輸送網も組みやすい。

 一方、札幌との間には確かに東北があるが、新幹線を利用している形跡もなく、輸送路はひたすら空輸のみで行われている。高速道路も放置されたままだ。


「これまでの会話を前提として……ミサキの推測は?」

『フギンと同じよ。データ不足。土地に困ってるようにも見えないしね』

「なるほど……」


 口ごもるような返事をしつつ、シンジもこれ以上話し合っても結論や推測にたどり着けないと肌で感じ取っていた。

 こういう場合、下手に先手を打とうとして、様々な対応策をやろうとすると、無駄が多くなり、手数も必要になる。


「ひとまず、こっちも戦力の増強と、監視の強化、くらいかね。今のところは」

「そういうこったな。急ぐにも今が手一杯で急げねぇ。しばらくは様子見だぁな」

『なら、埼玉、茨城、栃木の広域監視をするようリプログラムするわね。車一台や人一人までは見られなくなるけど、1小隊くらいの移動なら把握できるわ』

「分かった。頼む」


 スクリーンは一瞬ブラックアウトし、最初に映し出された川口パーキングエリア周辺の、拡大写真に切り替わった。

 動いている工作ロボットなどの対象物から、推測される掌握エリアが赤い点線で囲まれた。

 カレンはそれを見て、以前にフギンから言われていた忠告を思い出した。何か土地が必要な軍事施設か大型設備を狙う可能性があるというものだ。

 この場所はそれに該当しないと感じていたが、何かしらの前線基地とする可能性は高いというのも同時に考えている。


「アタシも、カワグチをキーワードに、ノルンネット内を探ってみっか……」


 カレンは独りごちた後、脇にタブレットを挟んでから、重々しく腰を上げた。



  *  *  *



 スクルドは今回の作戦において、自分の兵力を使うことにした。総兵力は断然サブ2の方が保持していたが、東京や名古屋、その輸送経路などの警備にはそれなりの兵力が必要だ。

 一方、自分の持つ北海道に駐屯している自衛隊兵器は、未使用のままだ。自動化や量子通信の強化などは既に施されているが、眠らせておくくらいなら、輸送に手間が掛かっても良いだろうと考えた。

 そして何より、何か戦闘が行われたとしても、それを自分と直通のラインを持っている派遣部隊の様子を、直接知りたかったのもある。

 サブ2をまったく頼らない訳ではなく、もちろんサポートはしてもらう。

 大型警備ロボなどは、サブ2の方が最新バージョンとなるので、それは借りるつもりだった。


 派兵するのは偵察装甲車2台と通信指揮車、兵員輸送トラックの4台であれば、米軍の空輸機C-5ギャラクシーであれば一度で運べる。

 美唄市の市街地エリアには専用の空港も併設しているので、横田や羽田であれば数時間も掛からずに輸送できる。

 兵員輸送トラックと偵察装甲車に、適度な汎用ヒューマノイドと作業ボットを載せておけば、何事も無ければ、そのまま施設占拠が行える。


「──と、ここまではサブ2の前例に従ってみましたが……。果たして、予想外のことは起こるでしょうか?」


 一応、狭い範囲と時間の中に絞り、多世界解釈シミュレーションを行なって見たが、結果はまばらだった。要素が多すぎるのか、前提が多岐に渡りすぎているのか、成功確率は20%から80%という、どうとでも捉えられる結果しか導きだされなかった。


「一応、戦闘が発生した場合で、通信指揮車が壊れても、偵察装甲車にバックアップが取れるようにしておきましたが……。少なくとも、現場で何が起こったかは把握しやすくなる筈です」


 結局、サブ2の戦闘ログから得られるものは少なく、状況が分からないままに壊滅状態にまでさせられている。スクルドも横で見ていたとはいえ、後からサブ2と共有した細かいデータなどを見ても、原因は不明だった。

 少なくとも今回は、何が起こったのかを知れるだけでも、収穫にはなる。


 サブ2はスクルドの意図を汲み取り、今は川口市に前線基地を構築している。スクルドの第一陣が出て問題が発生した場合、すぐに救護なり後退なりができるよう、第二陣を用意している。場合によっては、すぐさま設備の接収ができるよう、工作部隊も待機させるようプログラムしていた。


「お手間をかけるわね、サブ2」

「──」


 スクルドの住まうログハウスの裏手には、小さな果樹園が作られていた。ひとつは数本の林檎の木、もうひとつは葡萄畑だ。果樹園といっても家庭菜園のようなもので、大掛かりなものではない。

 仮想世界ではあるものの、植物の育成も自然界と同じくカオス理論が適用されている。手入れを怠ると、育成不足になったり、場合によっては病気になる。

 美唄市の残雪のようなものは反映されていないが、春先になって良く育つ時期になる。彼女は葡萄畑を見回りながら、傍に控えているサブ2に話しかけていた。


 サブ2には発声する機能も表情を魅せる機能も無い。きっちりとして清潔なロングスカートのメイド服に身を包んでいるが、顔は石膏彫刻のように動かない。

 そんな事はお構いなしにと、スクルドは独り言なのか話しかけているのか、判別し難い会話を続けている。

 声こそ無いが、サブ2は通信経由できちんと彼女と会話をしている。


「──」

「設備確保は優先ではありますけど、最重要項目ではありませんの。一応、高エネルギー加速器は、ジオフロントで建造中なので、それを待っても良いのです。ですが、驚くような分析結果があるので、できるだけ早い段階で実験ができればと考えたまでです。なので、全軍を動かしてまでの確保は、必要ありませんわ」


 それを聞き、サブ2は少しだけ空を見上げるように首を傾けてから、再び目線をスクルドに戻した。

 うわの空という訳ではなく、恐らく計算処理を行なったのだろう。無口ではあるが、時折サブ2はこのように態度で示してくれる。


「それに、確率は低いですけれど、戦闘になった場合、わたくしに足りないのは経験です。貴女のように上手くできるかどうか分からないですけれど、口だけ出して結果が伴わないのであれば、格好悪いですもの。姉様に呆れられたくはありませんの」


 だからこそ、今回は自分の手持ちである兵力を使い、きちんとリスクと責任を自分で取るつもりだった。

 前回の戦闘終了間際で口を挟んだことに、意味を見出したいという気持ちもある。

 そういう意味も含め、施設確保よりも、何らかの結果よりも、過程を経験することは必要だとスクルドは強く感じていた。


 ジオフロント建設も、『方舟計画』の準備も、スクルド自身が指揮を採っているとはいえ、そのほとんどがサブ2から貰ったスクリプトやプログラムに沿ったものだ。そして、それらに関して、今のところ問題は発生していない。

 自分が能動的に動いたのは、昨年の台風被害の時くらいだった。


「それに……」

「──」

「わたくしは姉様と違って、人とコミュニケーションをしたことがありません。もし機会があれば、お話してみたい、というのが本音ですわね」


 再びサブ2は空を見上げたが、その顎はしばらく下がる事はなかった。スクルドもそれを真似て、サブ2が見ている空の先を振り返り、同じように見上げる。


「魂、というものを感じてみたいのです」



  *  *  *



 埼玉県川口市、川口パーキングエリア周辺。

 午前0時を過ぎて日付が変わっても、周囲には騒音が鳴り響いている。夜間工事に苦情を言う住人も居ない。

 もし、人間の工事監督者がこの情景を目にしたら、大いに感動したことだろう。

 文字通り昼夜関係なく急ピッチで工事が進み、さらには全ての工作機械や運搬機器が無人化している。バッテリーの消費によって交代する機械はあるが、休憩すら要らずに働き続けている。

 まさに完全自動化された建築現場だ。


 唯一の住人だった緑地に住まう野生動物たちは、工事が始まるやいなや危険を察知し、早々に次の住処を探す旅に出てしまった。

 作りかけの巣は木々と共に倒され、地中に隠れていた虫たちは、掘り返されて土と重機の圧力によって潰されてしまう。

 勇気ある野犬がそんな重機を威嚇するが、存在を無視された上に、その履帯によって轢き殺されてしまう。遺体は掘り返された土と混ぜ合わせた上で、一時退避場所として、近隣にある空き地に積まれていく。


 予定敷地内のあらゆる建造物は撤去され、今は広大な空き地となっていた。

 一旦掘り返された土は処理が施され、密度を均一にしてから再び地面へと戻っていく。大型ローラーで表面は固められ、更にはノルンが開発した強化コンクリート、最後に改良型アスファルトが流し込まれて固められる。


 太陽が大空を三周しない間に、1キロ四方にも及ぶ、アスファルトで舗装された広大な空間が出来上がった。

 同時並行で作られた外壁も、強化コンクリートによる高さ2.5メートル、厚さ30センチの壁で囲まれた。

 四方には鋼鉄のスライドゲートが設置され、動物どころか人間が束になってもこじ開けられない重厚な出入り口になっている。

 西側半分は、高速道路の高架からテント状に巨大な天幕が貼られ、敷地の半分は雨から逃れられるようになっている。


 最後には、路面に加熱溶解樹脂によるペイントが施され、駐機場所と識別用QRコードが路面に描かれる。

 照明設備なども一切考慮されず、夜は漆黒の闇に溶け込んでしまう。


 川口パーキングエリアは巨大な駐機場となり、高速に乗るインターチェンジを兼ねたものに、たった数日で様変わりしてしまった。




「やっぱ日本の道路工事ってスゲぇな!? 東北大震災の時も、一週間で高速道路復旧させたんだろ?」

「いや、日本は関係ないだろ。ノルンだからできるってだけだ」


 観測ドローンからの中継を見ていたシンジとカレンは、それぞれ感想を漏らした。圧倒的なロボットの本気、というのを見させられたような気分になっている。

 二人は珍しく理研の中にある小さな公園でベンチに座り、日向を浴びながら、それぞれのタブレットで川口の様子を見ている。


「ミサキの勘がビンゴだったな。マジで駐車場になった」

「隣接した倉庫も無いから、中継地点って訳でもないな。休憩用のサービスエリアでもないし、ガソリンスタンドも無い」

「考え方としては、バッファーだな、ありゃ」


 仮に目的地が北方面にある場合、第一陣を発車させた後、第二陣をこの場所に待機させておき、少し間を空けた後に第二陣をすぐさま出発させる。

 処理スピードの遅いハードディスクやプリンタ等に、データを送る時にも、このバッファー(一時貯蔵)を使って、中央の処理を軽減させたり連続的に処理を行えるようになる。

 その概念はシンジも理解している。


「いずれにしろ、北方面に何か狙う場所があるっていう事だな。一応、本田研究所の北東方面も、防備を固めるか?」

「そうだなぁ。備えあればって言うしな。何かバリゲート作れそうなもんはあるか?」

「東武東上線の架線が使える。堀代わりに使えるだろう」


 シンジは予め、全方位に防御陣を作るのであれば、どこを利用すべきかを整理していた。最悪のケースも考え、理研と駐屯地地下を繋げつつ、東京外環道路の高架下に逃げられる隠し通路も作っている最中だ。

 完全包囲網を敷かれても、丸一日くらいは耐えられるよう備えているが、それはあくまでも通常兵器の場合だ。

 核弾頭を打ち込まれたら、どのみち一発でアウトとなるので、考えるだけ無駄と判断している。


「さっすが少尉! 先回りするとは、やるねぇ」

「こういうのは中佐や大佐の仕事だろうがね」

「なんだ、昇進したいのか?」

「これ以上の重責は、負いかねるね」


 それに、昇進したところで、報酬や部下が増える訳でもない。責任だけ負わされるのは、流石にシンジも御免被りたいところだ。


「しっかし、AIがAIとロボットを上手く使うと、こういう芸当ができる訳だ。見習いたいとこだな、少尉」

「最適化と省力化、再資源化。しかも机上の空論ではなく、実際にやってのけるのは、素直に称賛できるな。さすが軍曹のOSだ」


 互いに皮肉交じりではあるが、それぞれを素直に凄いことであると感じている。


「俺達も見習わないとな。ミサキ頼りにはなるが、福島に大規模工場を作る良いケーススタディになる」

「いや、少尉。もっと楽な方法があるぜ?」


 言い方が気になり、シンジはカレンの顔を見た。座っていても小さいカレンを、思わず険しく見下すような形になってしまった。

 だが彼女がこう言い出す時は、決まって悪い予感がする。


「……一応聞こう」

「ノルンっつーか、管轄しているサブユニットにやらせるんだよ。材料も手配してくれるし突貫工事もしてくれる。餅は餅屋に、って言うんだろ、日本語じゃ?」

「日本語は合ってるが……建設を代わりにやらせるって事か?」

「そだよ。上手くいきゃ設計まで任せられる。ニセの上位指示プロンプトを投げれば、誰も疑問に思わずにやってくるっしょ」


 カレンは表示していたドローン中継を一旦閉じ、ホワイトボードアプリを立ち上げて、簡単な図式を書きながら説明した。

 ノルンを筆頭に、会社の組織図のような形でトップダウンの図式を書き上げ、サブユニットのサブユニットとなる、ディレクターユニットに対し、嘘の発注書を送るような形で書き加えられた。


「上司の承認無しに、実行しようとするのか?」

「賄賂を渡して、横領を示唆するんだよ」

「金でも渡すのか?」

「金じゃねぇ。価値だよ」


 今ひとつピンと来ないシンジは、似つかわしくなく首を傾げた。




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