第33話:砕けた牙、テュールの爪



「三人寄れば文殊の知恵」という日本語の慣用句は、英語では「Two heads are better than one」(2つの頭は1つより良い)と言われる。ここには四人が居て、更にはエキスパートシステムであるAIが2人分もある。

 倍近くの頭脳が揃っても、ノルンシステムが朝霞駐屯地を狙い始めた理由は思いつかなかった。


「タンクローリー盗んだ事をお怒り、とか?」


 カズヤの発言は表情が無い顔だけに、冗談なのか真面目に言っているのか判断に迷う時がしばしばある。前者であれば、会話が何の進展もしないし、後者であれば余りにも幼稚過ぎると思われても仕方ない。


「あのメイドちゃんがそんだけシンプルな思考だったら、楽でいいんだけんどな」


 カレンはどちらでも通用するような、気のない返事をした。ノルンが感情に任せて動くようなシステムであれば、ハッキングも言葉通り楽になる。挑発して、怒りに任せている間に足元を掬えばよいだけだ。


 カレン達は無事にシンジと合流した後、鼻歌交じりに凱旋したは良いが、ミサキとフギンからの報告で、一気に熱が冷めてしまう。

 一手を打って、一手返された気分。

 しかも、こちらはミサキやフギンの為の冷却材運搬に使うためのものであり、受動的理由だ。それに対し、自衛隊設備を狙うノルンの方は、能動的行動にも思える。

 一手どころか、数手先読みされた行動かもしれなかった。


「カレン、俺達の行動がノルンサイドの警戒心を強めてしまった可能性は?」

「科学的にゼロ、とは言い切れねぇ……。だけど、そうであるならアタシぁ既にシスコで鼠の餌になってた筈だ」


 カレンにしては珍しく、少し濁った言い方だった。基礎OSの設計者であっても、ノルンの思考プロセスを全て把握している訳ではない。自己進化によるブラックボックスになっているので、当時の研究所員を全員集めたとしても、その答えは導き出せなかっただろう。


 シンジも、剃り残した髭を気にしつつも考え抜いたが、場の雰囲気を読み取り、これ以上時間を掛けても無駄になると判断した。


「とにかく、ノルン側で武装する可能性があるという事だけは認識しておこう。少なくとも、外出歩く時には防弾ベストを着用するように」


 ノルンの文明レベルを考えれば、銃弾ではなくコイルガンで超音速ペレットを撃ち込まれるかもしれない。そうなれば防弾ベストなど軽く貫通するだろう。

 それでもなお、無防備のままよりは幾分かマシである。


「兄者、アタシらの武装もチェックしておこう」


 時間は既に夜も更けていたが、不安を抱えたまま寝るよりはいいと、全員同意して武装のチェックを始めた。

 ミサキのオフィスの隣室は小会議室だったので、そこを武器庫として使う事にした。普段の装備だけでなく、トラックに積みっぱなしだった予備弾倉なども全て荷下ろしして、この部屋に集める。


 重機関銃2丁、機関銃4丁、小機関銃3丁、拳銃9丁。そして、それぞれの予備弾倉が4セットずつ。自衛隊と米軍、両対応のNATO弾が2ケース分あった。これはカレンが日本に持ち込んだものを含む数だ。シンジ達が中国から持ち込んだものは、互換性に不安があるので数には入れてないが、万が一という事で武器庫には仕舞っておくことにする。


 個人が防衛するには十分すぎる質と量ではあるが、名古屋で見かけた警備ロボットや、映画に出てくるような人型ロボットを攻撃するには心もとない。

 シンジは、カレンが米国での生活において、ノルン側と交戦した事があるか聞いてみた。


「カレン、米国アメリカじゃ、警備ロボットとか居なかったのか?」

「妙ちくりんなのが居たぜ。けど、スタンガンとかドローンからの射撃とかだったかな……あんま攻撃された事がそもそも無ぇ」


 カレンは攻撃される以前に、ハッキングをして偽情報を掴ませたり、機能停止させたりしていた。妙ちくりんと言われたロボットを銃撃した事も無い。

 銃を使ったのは、ほとんどが野盗や野生動物に対してだった。


「ふむ……ノルンは横田基地も制圧してたよな?」

「ああ。少なくとも米軍装備は持ってるって事だな」


 そうなると余計に厄介である。質としては自衛隊装備が劣っている訳じゃないが、物量としては既に圧倒的に多く所持していると見るべきだろう。

 だがそこで、やはり「それならば、なぜ朝霞を?」という疑問に当たってしまう。

 再びその疑問の螺旋に、足を踏み入れまいと話を続けた。

 シンジはタブレットを取り出し、フギンを呼び出す。


「今までの会話内容を前提として、俺達とノルンとの彼我戦力比を計算できるか?」

『え? 絶望的な数値が見たいんでちゅか?』

「いや……今のは取り消す」


 フギンに計算してもらうまでもなかった。シンジは顎を掻いてから、少し考えを整理した後、再びフギンに問いかけた。


「朝霞駐屯地に変化はあるか?」

『今の所、変化はありまちぇん』


 カレンにも、何か考えている時には独特の癖があった。彼女の場合、両手を合わせて親指を顎の下に、人差し指を鼻先にあてながら、上目づかいで何もない空間を眺めている。そのスタイルは、シンジが昔に見た海外ドラマなどで見受けられた、外国人らしいものだった。

 その格好のまま、カレンが割り込んで質問を続ける。


「ノルンが朝霞駐屯地を制圧すると仮定して……まず、偵察ドローンが帰投してからどれくらい時間が経ってる?」

『4時間26分でち』

「ドローンの帰投時から起算して、制圧実行部隊が朝霞に付くまでの最短予想時間は?」

『計測要素が足りまちぇん』

「足りない要素は自由に推測しろ」

『制圧部隊の編成と朝霞への到着予定は、最短で6時間後、最大で1週間後でち』


 カレンの自作AIというだけあって、カレンのプロンプトAIへの指示は的確だった。


「6時間の根拠」

『一番近い池袋との物理的距離、ロボットや必要資材の積み込み時間、八王子インターチェンジで観測された輸送車の平均速度、朝霞までの道路状況と野生動物の阻害要因でち』

「ロボットと資材の規模」

『最小で陸軍一小隊規模。兵数換算で12~30人でち』


 矢継ぎ早なカレンの質問に対し、淀み無くフギンは回答していった。シンジ達がこれまで会社で使ってきた支援AIとは段違いである。


『フギン。カレン達が使ってた偵察ドローンを朝霞駐屯地に固定。今飛んでるのは、少しだけ東京方面に寄せて巡回させて』


 カレンの質問が一旦途切れた隙間で、ミサキがタブレットのモニター内でフギンに指示を出した。カレンもそれに異議はないようで、フギンの顔をタップして実行させた。


「どうする、シンジ? 先手打つか?」

「──そうだな、遅かれ早かれ、武装は必要だ」


 シンジは手に持っていたタブレットを一旦テーブルの上に置き、改めて姿勢を正した上で、全員に伝える。


「4時間半後に朝霞駐屯地へ向かう。3時間の仮眠を取り、それから作戦説明ブリーフィングを行う。挑むぞ」



  *  *  *



 陽の形はまだ見えず、薄っすらと赤味がかったグラデーションが東の空に現れた時間。

 少ない仮眠時間ではあったが、タンクローリー奪取の疲れを取る事はできた。作戦という程ではないが、偵察活動の目的をはっきりとさせた作戦説明は、全員の緊張感を維持するのに役立った。

 リョウジは偵察兵スカウト、カズヤが迎撃兵アタッカーなのは変わらないが、シンジは指揮と通信を担当し、カレンが工兵パイオニアのフォーメーションとなる。基本隊列は菱形陣を取りつつ、壁際と室内は縦列陣とした。


 出発前に、偵察ドローンの様子と衛星からの画像をチェックしたが、特に東京方面から進軍してくる様子は一切見られなかった。


「杞憂でしたかね。中止しますか?」

「いや、続行する」


 リョウジの問いかけに、シンジは短く答えた。場所の確保はともかく、装備品だけでも入手できれば、ノルンに対して備えになると考えていた。

 4人はそのまま陸自のトラックに乗り込み、朝霞駐屯地にある陸自総司令部ビルを目指して発車する。


「以降は量子暗号通信で行う。移動中に装備の再チェックをしておけ」

『了解』


 団体行動は2度目とはいえ、シンジを小隊長とした行動は初めてとなる。今回もカレンによるハッキングの出番があるだろうと予想していたが、彼女が作業に集中できるよう、指示系統はシンジをトップとした。その事をシンジは彼女に再確認する。


『カレン、問題ないか?』

『ノープロブレム』


 彼女は既にMRゴーグルを付けており、その表情は分からなかったが、代わりにサムズアップして同意を表現してみせた。


 朝霞駐屯地は隣の市とはいえ、理研の隣といっても過言ではないくらいの近所にある。車での移動も、ほんの数分も掛からない。

 乗ってきたトラックは奥ばった駐車場へ隠すように停めた後、4人は総司令ビルの入口から侵入し、ロビーの中で身を潜めた。

 正面口は無論の事、ほとんどの窓ガラスは割られており、内部もガラス片や備品の破片などが散らばっていた。小動物が何匹か住み着いていたようで、シンジ達の足音に驚き、窓を飛び越えて逃げていく。


 身を隠した後、シンジはタブレットに偵察ドローンの映像を映し出していたが、太陽がすっかり空を照らしきった時間になっても、何の変化も無かった。


『兄者、どうする?』

『監視をミサキとフギンに任せ、武器庫を探そう。それで必要要件は満たせる』


 朝霞駐屯地の敷地は、理研の8倍以上もある。自衛隊全体の統率は市ヶ谷の防衛省と首相官邸で行われるが、陸上部隊の指揮はここが中心となって行われていた。

 訓練用設備と広い敷地があり、体育学校から自動車教習所まである。全てを見回るのに2~3日は掛かるだろう。


 一方、理研は国立研究所でもあり、防衛に関する研究も行われていた。それは理研だけでなく、隣接する本田技研も防衛備品の発注先であった。

 一部の情報は欠けているものの、朝霞駐屯地の詳細地図は、理研と本田のサーバー内に残されていた。半ば当てずっぽうではあるが、リョウジはその地図から、後方支援方面隊の施設内にはあると考えた。


 後方支援方面隊の設備は、総司令ビルから2ブロック程離れた場所にある。リョウジの先導で駆け足で向かい、ビルと倉庫が見える広場に辿り着いた。

 広い場所に突っ立っている訳にもいかず、ひとまず倉庫の屋根の下へと移動する。


『倉庫がいくつもあるな。この中から探すのは大変そうだ』

『いえ、チーフ。倉庫はほとんど食料とかですよ、多分。武器は厳重に保管されてるでしょうから、こうした倉庫には置かないと思います。あるとすれば……』

『ビルの地下、だな?』


 リョウジが途中まで説明してくれたお陰で、シンジにも予想ができた。自衛隊は結局、国内で戦闘行為を行う事はなく、その歴史に幕を閉じた。陸上自衛隊の活動は、その殆どが災害派遣か輸送任務だった。

 倉庫にあるものが食料などの生活備品であれば、既に荒らされて残っている事は無いだろう。

 4人は壁沿いに身を隠しながら移動して、倉庫の入口を見つける。予想通りドアは破られており、倉庫中は破片と塵に埋もれていた。

 探せば非常食の一つくらいは見付かるかもしれないが、自給自足を始めたシンジ達には必要性が薄い。


 シンジのハンドサインを元に、4人はその敷地で一番高いビルに侵入する。地図には何も記されてなかったが、恐らく補給部隊が日常的に使う事務所だろう。

 ここであれば、警備兵も居れば人の出入りも多い。空薬莢が一つ紛失するだけでも大騒ぎになる日本では、厳重な管理が必要とされている。保管場所としては最適な雰囲気がある。

 無ければ無いで、他を探すだけだという思いと、地図を見ただけで広大すぎる敷地を探索する苦労を考えると、出来れば最初で引き当てたいという思いがシンジの中で葛藤していた。


 ビルの入口は破られていたが、一層目立つ周囲倉庫のお陰もあるのか、酷く荒らされた様子は無い。枯れ果てた観葉植物が倒され、応接用の額縁が転がっている程度で、埃が綺麗に積もっている。直近で侵入した者は居ないようだ。

 シンジはひとまず、受付らしい場所の奥に、館内中継用の通信ハブユニットを置いた。机の上に置いたが、ここなら影になっていて発見されにくい。出入り口からも近く、やや受信状況が弱くなってるが、衛星電波を受け取れていた。

 それが終わると、リョウジが階段を指さした。


『地下に向かいます』


 事前の打ち合わせ通り、屋内では縦列隊形を採り、リョウジを先頭に静かに進んでいく。

 階段は地下三階まで続いており、降りきった所にセキュリティゲートがある。閉じられてはいるが、電源が入ってないので、手でこじ開けて中に入る事ができた。

 ブレーカーが落ちているのか、地下三階は真っ暗であり、リョウジは右手で銃を構えたまま左手で懐中電灯を取り出し、辺りを照らした。

 階段から先は、左右どちらにも廊下が続いており、特に案内板もなければ、室名表示も無い。


『右手から行こう』


 シンジは特に根拠を持っていた訳ではないが、ゲームのマップ調査などは決まって右から行っていた事もあり、反射的に決めてしまう。

 何個目の部屋でアタリとなるかと考えた矢先、最初の部屋で拳銃が棚いっぱいに並んでいるのが見えた。

 隣の部屋に行けば弾薬倉庫があり、その隣は小銃類だ。つまり、この階全部が武器庫になっている。

 本来ならセキュリティゲートを通過し、身体検査を受け、各部屋のカードロックを解除して入れるのだろうが、今は全ての鍵が開放されている。

 停電で解除されたのか、緊急時は開放されるようになっているのかは、今となっては分からない。


『なぁ、少尉ルテナント

『少尉? 俺の事か?』

『その方が気分出るからさ。雰囲気って大事だぜ?』

『……まぁいい。で、何だ、軍曹サージェント


 シンジにも、ゲーム絡みで軍隊の基礎的な知識は持っていた。小隊を率いるのは中尉か少尉である。そしてその補佐役としてベテランの軍曹が付くものだ。カレンもある意味、銃社会の米国育ちという事もあり、ハッキングのベテランだ。曹長でもおかしくない。


『この量、理研に持ってくの、無駄じゃね?』

『まぁ、そうだな』


 長い廊下から入れる部屋が、全て武器関連の倉庫であれば、4人で使うには過剰な量だ。


『取り敢えず、全部見てみよう。カズヤ、記録を頼む』

『あいこぴー』


 結局、部屋の配置だけでなく、何の装備品があるかのリストを作成しながら見回ったので、地下三階の探索には二時間半掛かった。

 拳銃から対戦車ロケットランチャーまで揃っており、朝霞市が戦場になっても生き残れそうではあった。

 だが、全員訓練など受けた事が無いので、精々使えるのは小銃系と手榴弾くらいなもの。ロケットランチャーや迫撃砲などを使うのは自殺行為となる。


『少尉、戦争はゴメンだぜ?』

『同感だな、軍曹』


 これらの武器を運搬するのは諦め、何とかセキュリティだけでも生かせないかと思案した。迎撃できればベストだが、最低でもセキュリティセンサーを理研ネットワークに繋げるだけでも当面は助かる。

 ノルンだけでなく、他の生き残った人類に見つけられても厄介だった。


『カレン、出来るか?』

『電源付けばな。できれば、このフロアだけ通電させたいね。地上階で明かり点けたらノルンのまとになる』


 その助言に従い、二手に別れて地下三階と屋上にあるだろう電源キュービクル(高圧受電設備)を探す事にした。

 30分ほど探し回り、ビルのキュービクルは受電状態だった事が分かり、後は階ごとの配電盤が見付かれば通電可能だと判明した。

 更に10分後、非常階段から入れる小部屋を見つけ、そこに配電盤があった。

『地下三階のブレーカー上げるぞ。漏電や火災に注意しろ』

『了解』


 シンジは火傷しないよう、銃尻を使って地下三階のメインブレーカーをONにした。

 分厚い金属を叩くような鈍い音が響き渡り、段階的に明かりが点っていった。

 丁度そのタイミングで、通信の短いコール音に続き、ミサキからの連絡が入った。


『如月少尉、お客さんよ』


 偵察ドローンが、国道254号線の成増を通過する、コンボイ輸送団を捉えていた。




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