第19話:完全自動都市



 トラックヤードの荷卸部分は、ベルトコンベアがぎっちりと並んでいる。ようやく人一人が通れるだけのスペースを慎重に進み、シンジ達は奥へと向かっていた。

 最初に辿り着いた開けた空間は、巨大な仕分け装置が複雑に絡み合った場所だ。大人一人が膝を抱えて中に入れる程の箱が、ベルトコンベアの上を滑り、分岐に差し掛かった所でそれぞれの方に流れていく。ネット通販の巨大倉庫の仕分けと同じような光景だ。

 多少の余裕はあるものの、立体空間を全て使い切るような密度で分配機器が埋められており、シンジ達は壁際を歩くことしか出来ない。大きく回り込みながら、荷物の流れを追い、手短な次のエリアへ進んだ。


 次のエリアは荷物の開包が行われている。箱を逆さにして中身を全て吐き出させ、溢れないように受け取りつつ、またベルトコンベアでそれぞれの方向に仕分けられていく。

 箱から出されたのは、金属の塊だったり木片だったり、中には電子機器の断片らしきものもあった。箱の方は綺麗に折りたたまれたうえに重ねられ、トラックヤードの方向に流されている。


 シンジ達は取り出された中身が運ばれていく方に移動した。そのエリアは、列車よりも一回り大きいメタリックの巨大な箱が均一に並べられ、どうやら挿入された様々な材料を仕分けてインゴット状に固めるものらしい。それもまた、別のエリアの方に向かっている。


「しかし、ここまで来ても警備や攻撃の様子が無いですね」

「仕切りも殆どないからな。自分自身で被害が出るような事はしないんだろう」


 シンジ達にとっては都合が良い事ではあるが、やはり肩透かし感は否めない。


「ゲームなら、こういうとこにも敵を配置するっスよねぇ? レベルデザイン的に」

「そうだな、だがそれも戦える空間があれば、だ。こんなに狭くちゃ移動もままならん」


 大型機械で埋め尽くされてしまうと周囲の様子が伺えない。照明も薄暗く、天井も高い。おそらくビルの3~4階ほどの吹き抜け状態だ。唯一はっきり分かるのは、巨大な黒い柱の姿だけだ。


 やや広いスペースを見つけてはそこで小休憩を取りつつ奥へと進むが、果たしてそれが奥なのか回り道なのかすら分からない。通路自体が巨大な迷路に迷い込んだ錯覚に陥る。

 ようやく長大なスロープを見つけ、手すりを辿り登ってみたが、イベントホールですら小さく感じる程の広大なスペースに、ありとあらゆる機器とコンベアが連なっている。

 運び込まれた材料はインゴット化され、生物の死骸などは液体と個体に分けられ、それらが建材や精密機器へと変貌を遂げる過程、その一部が見て取れた。

 悍ましく、そして整然としている光景だった。


「市街地中心がほぼ全て全自動加工工場になってるのか……? リョウジ、今どの辺りに居るか分かるか?」

「いえ、GPSも切れてますし、窓一つないので迷ってますね、我々」


 まだ、スロープが見える位置に居るが、これ以上奥に進んでも変化があるかどうかも分からないし、戻るならここが分水嶺だろうと感覚的に思っていた。


「カズヤ、この巨大工場をコントロールしているマザーコンピューターがあるとして、お前ならどこに配置する?」

「そうっスねぇ……沿岸部かな?」

「何故だ?」

「マザーが量子ベースかどうかは分からないっスけど、原発と一緒で冷却が必要っしょ? なら海辺っすネ」

「なるほど」


 一理ある。常温稼働を前提としているデジタルコンピューターでも排熱問題はあり、大きなサーバールームはエアコンや冷却媒体で強制的な空冷か水冷を必要とする。


「リョウジ、海水を原料として極低温環境にしつつ、コスパいいのはどういう方法を採る事になる?」

「そうですねぇ……海水をろ過・蒸留しつつ空気中から窒素を集めて液化して冷やした後、液化ヘリウムで更に冷却、ですかね? ヘリウムは天然ガスが必要ですし、無駄にできないかと」


 確かに、川よりも海、特に太平洋であれば無尽蔵とも言える資源だ。ろ過の手間は掛かるが、この設備の巨大さなら高速で蒸留する事もできるだろう。窒素も地球大気が採取場所だ。天然ガスは日本内であれば北海道などで採れる。足りない分は米国からの輸送も考えられるし、港湾というのは確かに適切かも知れない。

 シンジはその考えをひとつひとつ説明しつつ、自分一人ではこの仮説の妥当性が分からないため、三人と共有した。


「妥当な仮説だと思うわ。でも今日は一旦引いた方がいいかも。時間的にはもう日が暮れているし。武力威圧が無いというのが分かっただけでも、収穫だと思う」


 そのミサキの一言により、四人は一時撤退を始めた。



  *  *  *



 翌日。四人はバックパックの荷物を最低限にまでして軽くしつつ、中枢部があると思われるガーデン埠頭の方を目指した。自分達の車でトラックの車列に紛れ込もうと試みたが、入れる隙間がない。仕方なく外縁部に停めたまま、徒歩で潜入した。

 埠頭周辺の海側は、メガフロートが建設され始めていた。海水を汲み上げながらも拡張している。埠頭の先よりもやや市内側にある、コンベンションセンターのような建物が、シンジ達の目に止まった。その建物は高さこそ十数階程度ではあるが、目立つくらいに広い敷地を占有している黒い箱ビルだ。根拠は無く、直感でしかないが全員で話し合った後、そのビルに入る事になった。


 中は外壁とは打って変わって白一面の壁と床、そして天井だった。ドアも単純なドアではなくエアロック構造のように2重扉になっており、外と中で空気が遮断されている。

 左右に伸びる長大で広めな廊下を歩くと、一箇所だけ内側にスライド式のドアがある。丁度建物を半周した場所だ。そのドアは自動では開かなかったが、時折出入りするカーゴボットには反応するようで、ボットにぴったり付いていけば入り込めた。再びエアロックの中で空気の入れ替えが行われ、また白く長い廊下に出る。


「空気というより、温度を遮断している?」


 ミサキはグローブを外し、外気に触れてみる。外に比べ少しだけ冷えている感じがした。


「この建物自体が、デュワー瓶のようになっているのかもしれませんね」

「デュワー瓶?」

「魔法瓶と同じく、内側の温度を維持できるんですよ。壁の間は熱の伝搬をしないよう真空になっているのかも」


 シンジの疑問にリョウジが答えた。迷彩服を着ているので分かり辛いが、確かに周囲の空気は冷たく感じる。


 そして一層また一層と中に進むにつれ、廊下は徐々に短くなり、6層目辺りでやや大きな扉に出会う。ここは比較的頻繁にカーゴボットが出入りしており、そして分厚い遮蔽ドアをくぐり抜けると、一気に冷気を感じ取ることができた。耐えられない寒さではなく、冷蔵庫の中にいるような、そんな冷え具合だ。


「雪国に居るみたい」


 喋ると口から湯気が出る。

 ドアを過ぎた辺りは大きな踊り場のようになっており、左右にはゆるやかなスロープが壁に沿って下っている。踊り場には一応といった感じで付けてある手すりがあり、そこから全体を見渡す事ができた。

 明かりは薄暗く、床に埋め込まれた照明が照らしている。天井側は真っ暗で何も見えない。床一面には、まるでバームクーヘンを切り分けた後のような、黒い円弧状の箱が並んでおり、中央にはこの建物全体を支えているのかと思うほど、太い円柱が立っている。円柱は黒いカバーが掛かっているが、所々スリット状に濁ったガラスのようなものが見える。中身を伺う事はできない。

 円柱には巨大なQRコードが描かれていた。ミサキは試しにタブレットカメラでそのコードを読み込んでみる。


『NAGOYA-01, JP、ですって』


 シンプルで分かりやすい名称が付いていた。

 薄暗さと床からのライトアップの所為もあり、まるで古代文明の神殿のような壮厳さがある空間では、大量の水が流れる音と熱交換用のファンの音が轟音で響いている。口での会話ができず、量子通信での会話しかできない程だ。


 円柱を取り囲むように弧を描いている箇所で、一部組立中らしき場所がある。そこには3Dプリンターのようなアームが伸びており、何やら拡張工事が為されていた。


『これが中枢? 量子コンピューターだけか?』

『おそらく。バイオと併用なら近くにある筈だし、バイオは常温じゃないと遅くなる。ここは量子コンピューターだけのようね』


 外周に沿った廊下を歩いてきた中で、隣接するような部屋は見当たらなかった。この部屋も外見から察するに6層のデュワー壁がある事を考えれば、めいいっぱい使った広さでもある。


『取り敢えず、写真やムービーを撮れるだけとって引き上げよう。長居すると低体温症になる』



  *  *  *



 延々と歩き回された所為もあり、その日はミーティングも行わずに全員すぐに寝た。翌朝、朝食をとって休憩を挟んでから、皆で入手できた情報を整理する作業に入る。

 義体が軋む程に歩き回っては見たものの、得られる情報は少なかった。全てが黒い箱や鉄の箱の中で行われており、文字通りブラックボックスの巨大工場であるという事だけだ。


「ミサキ、生物の死骸は何に使われていると考える?」

「そうね……上海での事もあるし、研究用か、あるいは細菌などの培養用苗床か、バイオ燃料……肥料というのもあるけど、ノルンが農耕や酪農をするとは考え難いわね」


 エネルギー資源として生物を使う方法は、補助的に使うならまだしも、有限資源であり、捕獲や養殖をするのも非効率だ。コンピューターによる合理的判断とは相反する、とシンジはミサキの言葉を受けて考えていた。


 取り敢えず、集めた情報を端的にまとめると、都市丸ごと巨大工場と化し、膨大な資源を集めて加工し、自らの拡張やインフラの活用と維持をしている、という所だ。それ以上の情報は、今のところ得られそうにない。

 目的も不明なままで、かといって積極的に人類を排除しようとしている訳でもなく、粛々と勢力だけが拡大していく様は不気味だ。まるで地球全体が義体化手術をするような、そんな感覚さえある。

 シンジはふと、警備ロボットの事を思い出し、カズヤに話しかけた。


「そういえば、円柱の警備ロボは義手を生やしてたな。あれはどう考える?」

「妥当な選択じゃないっスかねぇ。人間の道具使うなら人間の形が一番良いすからね。銃機もそういうデザインですし。腕の形状なら射撃時の衝撃も和らぎますしね。目はスコープにカメラ仕込めばいいだけなんで、照準さえズレなければ最適っス」


 どうしてもゲームの考えが抜けないのか、攻撃できるロボットは、上半身丸ごとや2腕2足、頭部を含めた人の形を模すだろうと思ってしまうが、合理性だけを考えれば腕だけで十分なのは、カズヤの説明で飲み込めた。

 他のロボット達も造形はシンプルすぎるくらいで、まるでゲーム開発の初期に使うプリミティブ原始的な形状が、そのまま現実に出てきたようだ。


「シンプル・イズ・ベスト。ノルンちゃんは素朴なんすね、きっと」

「むしろ狂的な感じもするけどな。人の存在が邪魔になるのも頷ける」


 シンジ達は、これ以上得るものは少ないだろうと考えつつも、もう数日ほどは観察を続けてみる事にした。張り込み捜査で分かることもある。



  *  *  *



 名古屋の工場都市は、これでもまだ小規模な方だった。特にバイオプラントは拡張途中であり、ビル2本分の隔離されたエリアを占有するに留まっている。

 それでも、貨幣経済に縛られていた人類とは違い、大胆ともいえる規模で必要な機器や設備が敷き詰められて稼働している。


 指でつまめるほどまで細分化された生物素材は、水族館の巨大な水槽の中に放り込まれ、胃酸に似た水溶液で処理される。タンパク質やアミノ酸レベルまで細分化され、浸透圧フィルタによって、それらが取り出される。

 そして大まかなカテゴリで分けられ、専用の容器へと詰められる。その容器は特殊なジェルで満たされた精密3Dプリンタに繋げられ、ミトコンドリアやリボソームなどに組み立てられた。一部のアミノ酸は設計データに従ったmRNAになり、これもまた用途別の専用試験管に詰められて低温で保管される。

 

 それら生物素材から加工した後の残り物は、原子レベルまで分解され、液体や固体化などで保存し、他の加工品や処理媒体などに使用される。


 組み立てられた有機生成物は保冷装置が付けられているコンテナに詰められ、ベルトコンベアとトラックを経由し、名古屋空港まで運ばれる。

 空港に駐機している貨物ジャンボジェット機に載せられ、飛行機は澄み切った大空へと走り出した。


 北海道の札幌を目指して。





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