足跡【老人×少年の不思議な話】
気付けばいつも、私の隣には足跡があった。足跡は何故か私と共に歩き、私と共に進む。ある時その足跡を消そうと試みた事があった。雑巾で拭いたり、足で擦ったりして。だけど足跡は消しても消しても浮き出てきた。そして私と共にずっと一緒にあった。
それから暫く経った頃。
私は足が動かせなくなり、車椅子の生活になった。そんな私の隣にも足跡はついて歩いた。足跡を見る度、その足跡が羨ましく思った。
「お前はいいなぁ。自分の足で歩けて……」
愚痴を零しても足跡は消えなかった。それからまた暫く経つと、今度は布団から起き上がれなくなった。毎日布団の中で窓の外を眺める日々が続いた。足跡は私のベッドの隣にいつもあった。
「お前はいつも私と一緒にいるなぁ。外はこんなに晴れているのに」
空を仰いで見るも、足跡はずっと私の傍を離れなかった。それから、うつらうつらとし始めた私はどうやら夢を見ていたらしい……。夢の中、私は自分の足で歩いていた。その隣には同い歳ぐらいの少年がおり、どうやらその少年とは友達らしい。私はその少年と話しながら歩いていた。
「やっぱり自分で歩けるっていいな!」
「だよねぇ」
「歳とると、足腰が弱くなってツライから嫌だ」
少年は履いてる赤いスニーカーを見ながら呟いた。
「……でもさ、歳とるぐらい長生き出来るんだもの。幸せな事だよ?」
その言葉にふと思い出す。そういや昔、車椅子の友人がいた。彼は生まれつき体が弱かった。
『僕はそんなに長くは生きられないんだ』
それが口癖だった彼はいつも私を見て羨ましがっていた。
「いいなぁ……。僕も一度で良いから歩いてみたいなぁー」
私はそんな彼に励ましに贈ったプレゼントがあった。
「じゃあ、いつか病気を克服して一緒に歩こう?」
彼はそのプレゼントを抱きしめながら頷いていた。ハッとベッドの上で目を覚ます。足跡は未だに私の隣にあって、その足跡に声を掛けた。
「もしかして、お前は……」
名前を呼ぶと足跡は徐々にその姿を現した。赤いスニーカーに季節外れのTシャツ短パンを着た少年。彼は夢に出てきた少年とそっくりだった。
「やっと思い出してくれたんだね」
少年は笑って告げると、その場でクルリと回る。
「凄いでしょう?僕、歩ける様になったんだ!」
赤いスニーカーを見せつける様に歩く少年に私は微笑を浮かべた。
「良かったな」
「うん!」
少年は嬉々としながら返事を告げるも、何処かもの言いたげに私を見つめた。訊ねると少年は私の足を見つめた。
「どうかしたのか?」
「えっとねぇ、その……」
躊躇いがちに言う少年に私はある事を訪ねる。
「お前、もしや私と一緒に歩きたいんじゃないか?」
少年は目を丸くして私を瞳に映した。
「どうしてわかったの?」
不思議そうに呟く少年に私はあの約束を告げる。
「一緒に歩こうと、そう約束していただろう?」
「憶えていたの?」
「いや、先程思い出したんだ」
「そっか」
少年は笑って可笑しそうに告げる。
「でも、思い出したんだね!」
「あぁ。夢で見てな」
「じゃあ……、その約束果たしてくれる?」
期待の眼差しを向ける少年に私は苦笑する。
「すまんなぁ。昔だったら約束を果たせたかも知れないが、今は……」
私は自身の足を見つめて告げると、少年も同じく見つめた。それから私の方を見つめ、静かに告げる。
「大丈夫、歩けるよ!」
「しかしなぁ、今じゃあ体も動かせなくなってるし」
「大丈夫」
少年は私に近づいてくると、私の手を握り締めた。
「ほら、大丈夫だから」
少年に手を惹かれて体を起こすように促された。私は駄目元で起き上がろうとした。すると、不思議と体が軽くなり、あっさりとベッドから体を起こすことが出来た。
「なんだこれは……夢でもみてるのか?」
「夢じゃないよ」
ベッドの淵に腰を掛け、床に足をつける。ひんやりとした床はあの頃と同じ感触だ。
「前に言ってたじゃん。歩けないと思うから歩けないんだって」
少年は私の手を引いて床を歩く様に促す。足に力を入れてゆっくりと立ち上がると、少年は私を支えながら少しずつ前に歩く。
「僕もそうだった。自分で思い込んで、歩けないと錯覚していたんだ。でもね、君にこの靴を貰ってから頑張って練習したら歩ける様になったんだ!」
ゆっくりだけど前に歩く私に、少年が笑って告げた。
「ほらね、歩けた!」
「あぁ……本当だ」
手を握る少年は私と一緒に歩きながら嬉しそうに呟いた。
「やっと夢が叶ったよ。ありがとう!」
そこでふと、目が覚めた。
病室のベッドの上。いつもの様に窓の外を眺めた。真っ青な空から白い雪をがちらほらと舞い落ちる。その風景を眺めていると、看護師に声を掛けられた。
「安達さん。起きてましたか?検温しますね!」
「あぁ」
看護師は体温計を私の懐に入れた。その時、看護師が一言呟いた。
「あら?これ……」
何事かと看護師の見つめる先を覗くと、ベッド下の床には足跡がくっきりとついていた。
「なんで床に足跡が……、しかも裸足の」
私はハッとして看護師に訪ねる。
「看護師さん、すまないが私の足を見てくれんかね」「え?」
布団をめくり上げて私の足を確認させると、看護師は驚いた声を上げた。
「まぁ!安達さんの足の裏、少し汚れてますよ。安達さん、歩けたんですか?」
私を不思議そうに見つめる看護師に私は笑ってこう言った。
「えぇ、友達が歩き方を思い出させてくれたんでね」
足跡はそれから、私の分だけとなった。
終
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