ショートショート短編集

冬生まれ

未来の砂嵐【とある男の見てた夢】

『将来は海の見える赤い屋根の家で一緒に暮らそう!』


そう約束をしたのは、もう数年前のこと。


あの頃は何も怖いものなんてなかった。


君と見据える未来を心待ちにして、嫌な仕事も卆なくこなした。


まぁ、オレもまだ若かったし……。


だけど、何もかもが上手く行っていた日常は脆くも儚く崩れていった。



暗い部屋でソファーに座り、テレビを見つめる男は画面に映る幸せそうな二人をぼんやりと眺めていた。大勢の仲間と家族に祝福され、ヴァージンロードを歩く二人の婚礼は、男の目には眩しく映る。


「はぁ……」


溜め息混じりに男が顔を手で覆うと、映像がプツリと途絶えた。


「可哀想だね」


その声に男は顔を上げると、男の隣には歳の離れた少年が膝を立てて座っていた。小学生くらいだろうか。少年を見つめた男が口を開く。


「何がだ……?」

「言わなくても分かるでしょ?」


少年は何も映らないテレビを見つめたまま呟いた。


「オレの事かい?」


男が少年に訊ねると、少年は振り返り男を見つめる。


「それ、本気で言ってるの?」


ジトリと見つめる少年に、男は自身の髪をくしゃりと掻いた。少年は呆れた顔でテレビを指差す。


「あのヒト達だよ」


テレビには先程の婚礼が突然映り、また幸せそうな二人が現れた。男はその映像を見ながら少年へと訊ねた。


「何処が可哀想なんだ?あんなに幸せそうじゃないか……」


笑顔で映る花嫁を細めた瞳で見つめる男に、少年はムスッとしながら告げる。


「可哀想だよ。だってあのヒト達は分かっていないんだ」

「何を?」


男が少年に訊ねると、少年は唇を釣り上げて呟いた。


「アンタを裏切った罰が下る事を……」


男が少年を見つめると、急に砂嵐に変わったテレビ画面にとある映像が映し出された。


「これは……」


男が画面に目をやると、テレビには先程の花嫁と新郎が映し出されていた。しかし先程とは違い、花嫁と新郎の家庭でのやり取り風景が映し出されている。


「ちょっと、コレはどういう事よ!」

「何がだよ!」

「この女は誰なの!?」


花嫁はスマホを翳しながら新郎を問いただす。


「それは……つうか、なんで俺のスマホ勝手に見てんだ!!」

「アンタが最近可笑しな行動ばかりしてるからでしょ!?」


揉め合う二人を呆然と見つめる男が告げる。


「これは、一体……」

「言っただろ?これは罰だよ。アンタを裏切った彼らの未来さ」


少年は両膝を立てながら鼻歌混じりに呟いた。がなる花嫁の剣幕は未だに留まる事はせず、口論は更に続く。


「この女は誰なのよ!!まさか浮気してるワケじゃないでしょうね!?」

「だったら何だよ!お前だって結婚前に俺以外の奴と浮気してたじゃねーか!!」

「それとこれとは別でしょ!?結婚した後に浮気なんてサイテーね!こんなんだったらあのヒトと結婚していれば良かった!!」

「あーあーならそうして貰えよ!?未だにアイツがお前の事好きならなぁ?俺はコイツと仲良くやってんだ、お前みたいな年増にもう興味はねぇんだよ!出ていけ!!」


少年は喚く花嫁と新郎を余所に欠伸を欠いて男に告げた。


「この後、この二人は離婚して花嫁はアンタの処へ戻ってくるよ?」

「何故、分かるんだ?」


男が驚き少年を見ると、少年はクスリと笑い、男の質問へは答えもせずに問う。


「アンタはどうしたい?」

「えっ……?」

「よりを戻す?それとも─────」


少年の質問に男は暫く考えていると、少年は立ち上がり男に忠告した。


「ボクは止めた方が良いと思うけどなぁ……でもまぁ、これはアンタが決める事だから」


少年はスタスタと歩き出し、暗い部屋の扉を開けて何処かへと行ってしまった。男はその少年を見据えながら自身の答えはもう決まっているのだと、胸に手を当て瞼を閉じた。


ザーーーー


目を覚ますと、男は居間のソファーで寝ていた。テレビは既に砂嵐で、男は夢でも見ていたのかと頭を掻く。


『これはアンタが決める事だから』


何故かあの言葉が頭から離れなかった。もし、本当にあの夢が現実になるのだとしたら─────男は暫く考えた後、馬鹿らしくて考えるのを止めた。



あれから数年。男は未だに独り身でいた。夢で少年が言っていた様に、花嫁が男の元へ訪ねて来るワケも無く、花嫁は未だに新郎と仲良く暮らしているらしい……。別にそんな夢など長く覚えている筈もない男は、日々を淡々と過ごしていた。しかし、住んでいたのは海の見える赤い屋根の家。貯めたお金で建てた一軒家で、男は毎日窓から見える海をぼんやりと眺めていた。そんな時だった。自宅のチャイムが珍しく鳴った。


「はい」


男が出ると、そこには見知らぬ夫婦が立っていた。


「こんにちは」

「隣に越してきた者です」

「あ、どうも……」


優しそうな夫婦は引っ越しの挨拶に来たらしく、男が軽く会釈をすると、女性は自身の背後に向けて声を発した。


「ほら、隠れてないで貴方も挨拶なさい?」


女性が告げると、背後に隠れていた小さな子供は恥ずかしそうに顔を出す。


「は、はじめまして……」


視線を合わせず挨拶をする子供に男は首を傾げる。


「キミ、何処かで会った事あるかい?」

「え……」


男がふと子供に声を掛けると、子供は不思議そうな顔をした。しかし、それからすぐに顔を反らして小さく呟やいた。


「多分……ない、けど」

「そうか。じゃあ、勘違いだね」


男が笑うと、子供はじっと男の顔を見つめた。


「これ、つまらない物ですが……」

「わざわざスイマセン。有難う御座います」

「これから失礼お掛けしますがよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ」


夫婦は手土産を男に渡し、頭を下げて帰って行った。その時、母親にしがみついていた小さな子供が男へと振り返り、小さく手を振った。


「バイバイ、またね!」


クスリと笑うその顔に、男はあの日の夢を思い出す。


「まさか……な」


手を振り返す男は、夢の少年と子供を重ねて、何とも言えない顔で笑うのだった。




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