風乃龍は裏切らない ~追放された最強騎士、辺境空域で無双する。
サプライズ
第1話
1
重い雲ばかりの空が目の前に広がっていた。
ここ数百年、空だけで世界が構成されるようになったとはいえ、天気予報に晴れだけが続くというわけじゃない。
空に浮かぶ空海よりも、人々が住んでいる空島よりも、ずっと高い位置に雲は存在しているのだ。
だから空島に住んでいる人たちも曇り空や雨を知っているし、空海を渡る時にも雨に降られる時はある。
そして今彼の目の前に広がっている雲は明らかな雨雲だった。
「来てそうそう幸先が悪いな」
一筋の雲を残しながら空海をかけるバイクに乗る青年がポツリと呟いた。
一目見ると誠実そうな顔だが、よく見ると頼りなさそうな雰囲気を持つ男だ。
首に届くくらいの髪を風に流し、目には風除けのゴーグルをかけ、鼻と口を布で覆っていた。
バイクのハンドルを握りながら、彼はため息をついた。
雨が降る前に目的地にたどり着けるかと思っていたが、どうやら無理だったらしい。
ポツリポツリと空をかけるバイクのカウルに雨音を鳴らし、バイクのエンジン音と共に自然の音楽を奏でる。
今はスローテンポだが、すぐにハイテンポになるだろう。
雨に降られたくはないが、この雨雲を避ければ大回りになる。
そのままこの雨雲を突っ切れば、雷に当たるかもしれない。
地上とは違い空海では雷はよく落ちるのだ、特に移動しているバイクになどは。
周囲を見渡すと、人が住んでいなさそうなほど小さな島がぽつりと空海に浮かんでいた。
「あそこで雨宿りでもするか」
一旦目的地から進路を外した。
島に近づけば、その島は無人島ではないことにすぐに気づいた。
ただしそれは人が住み、文明の香りがするという意味ではない。
「襲撃によって沈没してしまった船か」
島に突撃する形で巨大な帆船が沈んでいた。
風を受けるための帆は破れ、マストは何本にも折れており、明らかに自然の被害ではない傷跡が多くあった。
当然人間の死体もそこら中に転がっていた。
死体のでき方から、死後2、3日といったところだろうか。
十中八九、空賊による襲撃だろう。
魔力探査で、人はいないことを確認した後に小さな島の上に降り立ってバイクを止める。
胸ポケットの中にあるタバコを取り出し、魔力を起動して指先から火をつけた。
「これが堕天空域か…。 盛大な歓迎だな」
神に見放された地。堕天空域。
見上げると雨が降り始めた。
2
「【風乃・龍】、君には辺境の空、堕天空域に行ってもらう」
タバコの臭いが立ち込める執務室。
かつての上司がタバコを吹かしながら、机の上で書類をめくる。
「意外そうな表情だな。かつては忠誠の騎士と呼ばれ、今では裏切りの騎士と呼ばれている君には辺境の空は不服だったかな?」
「話を続けよう。知っての通り、帝国の版図はかつてないほど広大なものとなっているが、その一方で忌々しいことに皇帝の威光が隅々にまで行き渡っているとは言えない現状だ」
「各地に偉大で賢雄である皇帝の意向を代弁するための代官を派遣しているが、堕天空域においてはその代官のほとんどが現地勢力に買収されてる疑いが強くあり、また珍しく真面目に統治しようとしているものは1年も持たずに死亡していることが多い」
「そこで各地の代官と現地勢力を監査する巡察官を派遣することを以前から求められていたのだが、何分候補がいなくてね。現地勢力に簡単に殺されるようなものでは困るし、監査する巡察官が買収されたら目も当てられない。それにそんな辺境に行きたいというやつもいない」
「そこでちょうど君が候補にあげられたというわけだ。実力があり、富に興味もなく、尚且つ中央にいられない。嬉しいだろう」
「どうでもよさそうな表情だな。まあいい。君が行くのは辺境の地だ。多少の悪事は目こぼししても構わないが、あまりやりすぎてるようなら報告なしに処分してもらっても問題ない。君の判断なら信用できる。そして、君に与える巡察官の権限としては現地の代官よりも当然上であり、騎士団長クラスの権限も付与している。なのでやろうと思えば現地の騎士団を指揮する権限もある。無論行使するかどうかは君に任せるけどね」
「君には功績があるのは分かっている。君の言葉を信じるならこの国を救ったのだから。だがそれ以上に中央では処刑を望む声の方が大きい。君のやったことは正しかったと思うが、それを証明することはできず、事実としてあるのは10年以上君を鍛えてきた師匠や養った親を裏切り、斬ったということだけ。本来ならばよくて牢獄行き、悪くて地獄行きな状況の君を生かすためにこういった役目を与えていることを理解してほしい」
上司はもう一度タバコをすい、肺に溜まっている余分なものを吐き出した。
矢継ぎ早に言われて俺は一言述べた。
「もう国のために働こうなんて思いませんよ」
俺の一言が面白かったのか、上司は卑屈そうに笑った。
「構わないさ。君という人物は私がよく知っている。…ま、のんびり旅行にでも出かけるもんだと思ってやってくれたまえ」
3
「旅行ね…。実質的な追放なのは明らかだけれど」
俺は雨宿りついでに空賊襲撃の被害の状況調べるために、船の中へ乗り込んだ。
空賊退治やその調査は巡察官としての仕事とはズレているが、元々の仕事柄こういったことは調べないと気が済まない。
調査を進めると死体がいくつもあった。
戦っている男の死体、暴行されて死んだ女の死体、おそらく拷問を受けた後に死んだ子供たちの死体。
「ひどいな。ただ荷を奪うだけでここまでする必要はない。これをやったやつらは残虐性が高い。それに…」
先ほどから気になったのは、おそらくこの船を襲撃したのは人間だけではないということだ。
船の各所に人間では絶対つけられない爪痕のような傷が多くあった。
それに所々何か巨大な物質を受けた後があるが、砲撃を受けたにしては被害の出方もおかしい。
これらの損傷はおそらく魔物、それも乗ってきたバイクよりもはるかに大きく、最低でもCランク以上の魔物だろう。
つまりこの空賊はCランク以上の魔物を使役し、かつ残虐性の高い集団ということになる。
10人くらいの小規模の空賊では魔物を飼うのもこの規模の船を襲うのも難しいので、これは50人100人といった規模の大空賊の可能性が高い。
そんな大空賊がのさばっている。
まだ堕天空域の入り口だというのに、面倒なものを見つけてしまった。
溜まった鬱屈とした気分を吐き出すように、タバコをもう一服する。
その時視界の隅に何かが揺れた。
思わず腰の剣に手を当てるが、思うことがあってすぐに手を離した。
その代わりに体中に魔力を走らせて、いつでも動ける状態にして身構える。
そのまま不審なものをよく見ると、揺れていたのは緑色のしっぽだった。
「龍?」
蛇の形に小さな羽を生やしたまだ幼い龍を見つけた。
全体的に翠色で、優雅に垂らす髭と尻尾が高貴さを伺わせる。
警戒しているのか幼い鳴き声を上げて威嚇しながらこちらを見ている。
「これはスイクンか…」
翠君。
普段空にはあまりない緑色の体を持ち優雅に空に浮かぶものとして、翠の君と呼ばれている龍だ。
そしてその美しさから観賞用として貴族たちに一時期大量に狩られ、絶滅危惧種となってもう中央では見かけなくなった種類だ。
「こんなところでまだ生息していたなんてな」
天に見捨てられた堕天空域だが、龍には好かれたらしい。
携帯食料として持ってきたドライフルーツを差し出して食べさせてみる。
警戒していたスイクンは、鼻をひくつかせたのち舌をちょろっと出してドライフルーツを舐めて、その後美味しそうに食べ始めた。
幼いからか警戒心が簡単に薄れてしまっている。
「一緒に来るか?」
一人旅というのはいささか寂しいものがあった。
旅の仲間ができるのなら大歓迎だ。
俺が龍のつるつるの背を優しく撫でると、食べ終わった龍は俺の腕に巻き付いて親愛の鳴き声をあげた。
「ピィ〜」
どうやら俺のことを気に入ってくれたようだ。
「雨の空でもいいことは起こるもんだな」
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