七
「両親とは大学に入学してから会っていなかったので、さっきが久々でした。10年?位ぶりでしたね」
私は水桜君の方へ顔を向ける。
彼は俯いており、肩は小刻みに震えている。
「水桜君? え……?」
顔を覗き込むと、彼は泣いていた。
それはもう、号泣していた。
「え? え? なんで?」
なんで泣いてるの?
「ごめんお姉さん、なんか俺、俺……。気持ちがいっぱいいっぱいになっちゃって」
「そうなんですね……」
私は水桜君の背中を優しくさすった。
ハンカチを渡そうとして、手の中にあるのは水桜君のものだと気付く。いやこれじゃなくて。
「はい、これ使ってください」
自分の鞄からハンカチを取り出して渡した。
「ありがと……」
水桜君が涙を拭き拭きしている。か、かわいい……!! キュンキュンする!! 助けられてばかりで忘れていたが、彼は私より随分年下である。そのことを今思い出した。
「……ねえ、お姉さん」
水桜君はムスッとする。それはそれは不機嫌そうに。
「今、俺のこと可愛いって思ったでしょ」
「え……なんで」
なんで分かったんだろう。
「やっぱり! そうなんでしょ! やめてよね、可愛いって思われるの嫌いだから俺!」
水桜君のムスッとした表情もかわい……いやいやそうじゃなくて。
「ごめんなさい……」
私は頭を下げた。
私からすれば可愛いは褒め言葉だが、水桜君にとっては最低最悪の悪口らしい。
「それと今朝からずっと気になってたけど、何で丁寧語で話すの? タメ口が良いんだけど!」
「あ……。ごめん」
大人になってから出会った人には、年下であろうと丁寧に話してしまうのだ。なんでかな〜。
それはそれとして、どうして水桜君は泣いていたのだろう? もしかしたら私の話で不快になってしまったのかもしれない。それなら謝りたい。
「違うよお姉さん。俺はあなたの話に共鳴?うーん、共感?して泣いちゃったんだ。お姉さんとは状況が違うけど、俺も家族には思うところがあるから」
「え、そうなんだ……」
「……俺4人兄弟の末っ子なんだけど、俺以外の3人はみ〜んな優秀なんだ。姉は裁判官、兄2人は医者。出身大学だって超一流!」
「水桜君の大学も凄いところだよ!」
私はとっさに口を挟んでしまった。
水桜君は悲しそうな、困ったような顔をする。
「ありがとう。でもね……。兄達はまるで当たり前かのように、もっと優秀な大学に入った。俺は2浪しても入れなかったのにね。悲しいね」
昨日ご両親は高級取りだと言っていたから、彼らも優秀な人達なのだろう。自分以外の家族全員が優秀。想像することしかできないが、そのような家庭環境の中で感じた劣等感は、凄まじいものだったに違いない。
「うん。そうそう劣等感ってやつ。なんで俺だけ出来ないんだろうってね。お姉さんの言葉を借りるなら、俺は……俺だけは凡人だったんだ。本当の天才達を知っているから、何かに頑張ることは無駄に思えちゃって。こんな俺は、この先何者にもなれないんだろうね」
何者にもなれない……か。
本当にそうだろうか?
水桜君は私の思いに寄り添って、一緒に泣いてくれた。母からも身を挺して守ってくれた。そんな彼はとびっきり優しい子だ。
確かに兄弟と同じように「一流のなにか」にはなれないかもしれない。それでも既に水桜君は、私にとって唯一無二の──
「まってお姉さん! ストーーップ! もうやめて! なんか恥ずかしい!」
水桜君は顔を真っ赤にしている。
対照的に私は困惑する。
え? なんで? だって……。
「それに優しいのは俺じゃなくてお姉さんでしょ! おばあ様のことを思って、一生懸命でまっすぐで……」
水桜君の顔がもっと赤くなった。
待て待て待て。こちとらそれどころじゃない。
さっきからおかしい!!
「おかしいって何が?」
「やっぱり! 私の心の声が聞こえてるの?!」
「?!」
水桜君はあからさまな動揺を見せた。目がめちゃくちゃ泳いでいる。先ほどまで真っ赤な顔をしていたのに、今は真っ青である。
「え、うそ……こわ。人の心が読めるとか超能力じゃん。でも確かに、お姉さんが話してない時も、声が聞こえたような? それに病院の帰りだって……。お姉さん、本当に心の中で思ってた? 声に出してなかった?」
そう言われると自信がない。私、実は声に出してた?
「じゃあさ! これから私が心の中で言葉を思い浮かべるから、当ててみてよ!」
水桜君は不安気に頷いた。
そうだな〜。
水桜君ってイケメンだよね。実はめっちゃ私のタイプなんだ!
「……? もう何か考えてる? 全然分からない」
分からないか〜。じゃあこれならどうだ!
水桜君、私を助けてくれてありがとう。君のこと好きになっちゃいそうです。もうなってるかも!
「全然聞こえない。やっぱりお姉さんが声に出してたんじゃ……」
そっかー……残念。じゃあ最後にこれはどうだ!
水桜君って可愛いね!
「あ! 俺のこと可愛いって思ったでしょ!」
「おー!! 正解!!」
つまりこういうことか。相手に可愛いって思われると、それを瞬時に感じ取る能力。
「なんだよこれ、超キモい能力じゃん。ていうか能力じゃなくね? これ」
水桜君は頭を抱えた。
確かに相手の表情などから察してるだけかもしれない。それでも凄いけど。
「水桜君! 私は凄いと思うよ!」
「お姉さん……」
水桜君は若干涙目になっている。
かわ……いけないいけない。
「能力名を付けるなら、絶対カワイイ許すまじ!でどうかな?」
「え……お姉さん、それビビるくらいクソダサいんだけど。ていうかもうこの話は深掘りしなくて良いから! もう俺は忘れたい!」
水桜君のお眼鏡には叶わなかったようだ。残念だ。良いと思ったのに。
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