「両親とは大学に入学してから会っていなかったので、さっきが久々でした。10年?位ぶりでしたね」


 私は水桜君の方へ顔を向ける。

 

 彼は俯いており、肩は小刻みに震えている。


「水桜君? え……?」


 顔を覗き込むと、彼は泣いていた。


 それはもう、号泣していた。


「え? え? なんで?」


 なんで泣いてるの?


「ごめんお姉さん、なんか俺、俺……。気持ちがいっぱいいっぱいになっちゃって」

「そうなんですね……」


 私は水桜君の背中を優しくさすった。


 ハンカチを渡そうとして、手の中にあるのは水桜君のものだと気付く。いやこれじゃなくて。


「はい、これ使ってください」


 自分の鞄からハンカチを取り出して渡した。


「ありがと……」


 水桜君が涙を拭き拭きしている。か、かわいい……!! キュンキュンする!! 助けられてばかりで忘れていたが、彼は私より随分年下である。そのことを今思い出した。


「……ねえ、お姉さん」


 水桜君はムスッとする。それはそれは不機嫌そうに。


「今、俺のこと可愛いって思ったでしょ」

「え……なんで」


 なんで分かったんだろう。


「やっぱり! そうなんでしょ! やめてよね、可愛いって思われるの嫌いだから俺!」


 水桜君のムスッとした表情もかわい……いやいやそうじゃなくて。


「ごめんなさい……」


 私は頭を下げた。


 私からすれば可愛いは褒め言葉だが、水桜君にとっては最低最悪の悪口らしい。


「それと今朝からずっと気になってたけど、何で丁寧語で話すの? タメ口が良いんだけど!」

「あ……。ごめん」


 大人になってから出会った人には、年下であろうと丁寧に話してしまうのだ。なんでかな〜。


 それはそれとして、どうして水桜君は泣いていたのだろう? もしかしたら私の話で不快になってしまったのかもしれない。それなら謝りたい。


「違うよお姉さん。俺はあなたの話に共鳴?うーん、共感?して泣いちゃったんだ。お姉さんとは状況が違うけど、俺も家族には思うところがあるから」

「え、そうなんだ……」

「……俺4人兄弟の末っ子なんだけど、俺以外の3人はみ〜んな優秀なんだ。姉は裁判官、兄2人は医者。出身大学だって超一流!」

「水桜君の大学も凄いところだよ!」


 私はとっさに口を挟んでしまった。


 水桜君は悲しそうな、困ったような顔をする。


「ありがとう。でもね……。兄達はまるで当たり前かのように、もっと優秀な大学に入った。俺は2浪しても入れなかったのにね。悲しいね」


 昨日ご両親は高級取りだと言っていたから、彼らも優秀な人達なのだろう。自分以外の家族全員が優秀。想像することしかできないが、そのような家庭環境の中で感じた劣等感は、凄まじいものだったに違いない。


「うん。そうそう劣等感ってやつ。なんで俺だけ出来ないんだろうってね。お姉さんの言葉を借りるなら、俺は……俺だけは凡人だったんだ。本当の天才達を知っているから、何かに頑張ることは無駄に思えちゃって。こんな俺は、この先何者にもなれないんだろうね」


 何者にもなれない……か。


 本当にそうだろうか?


 水桜君は私の思いに寄り添って、一緒に泣いてくれた。母からも身を挺して守ってくれた。そんな彼はとびっきり優しい子だ。


 確かに兄弟と同じように「一流のなにか」にはなれないかもしれない。それでも既に水桜君は、私にとって唯一無二の──


「まってお姉さん! ストーーップ! もうやめて! なんか恥ずかしい!」


 水桜君は顔を真っ赤にしている。


 対照的に私は困惑する。


 え? なんで? だって……。


「それに優しいのは俺じゃなくてお姉さんでしょ! おばあ様のことを思って、一生懸命でまっすぐで……」


 水桜君の顔がもっと赤くなった。


 待て待て待て。こちとらそれどころじゃない。


 さっきからおかしい!!


「おかしいって何が?」

「やっぱり! 私の心の声が聞こえてるの?!」

「?!」


 水桜君はあからさまな動揺を見せた。目がめちゃくちゃ泳いでいる。先ほどまで真っ赤な顔をしていたのに、今は真っ青である。


「え、うそ……こわ。人の心が読めるとか超能力じゃん。でも確かに、お姉さんが話してない時も、声が聞こえたような? それに病院の帰りだって……。お姉さん、本当に心の中で思ってた? 声に出してなかった?」


 そう言われると自信がない。私、実は声に出してた?


「じゃあさ! これから私が心の中で言葉を思い浮かべるから、当ててみてよ!」


 水桜君は不安気に頷いた。


 そうだな〜。


 水桜君ってイケメンだよね。実はめっちゃ私のタイプなんだ!


「……? もう何か考えてる? 全然分からない」


 分からないか〜。じゃあこれならどうだ!


 水桜君、私を助けてくれてありがとう。君のこと好きになっちゃいそうです。もうなってるかも!


「全然聞こえない。やっぱりお姉さんが声に出してたんじゃ……」


 そっかー……残念。じゃあ最後にこれはどうだ!


 水桜君って可愛いね!


「あ! 俺のこと可愛いって思ったでしょ!」

「おー!! 正解!!」


 つまりこういうことか。相手に可愛いって思われると、それを瞬時に感じ取る能力。


「なんだよこれ、超キモい能力じゃん。ていうか能力じゃなくね? これ」


 水桜君は頭を抱えた。


 確かに相手の表情などから察してるだけかもしれない。それでも凄いけど。


「水桜君! 私は凄いと思うよ!」

「お姉さん……」


 水桜君は若干涙目になっている。


 かわ……いけないいけない。


「能力名を付けるなら、絶対カワイイ許すまじ!でどうかな?」

「え……お姉さん、それビビるくらいクソダサいんだけど。ていうかもうこの話は深掘りしなくて良いから! もう俺は忘れたい!」


 水桜君のお眼鏡には叶わなかったようだ。残念だ。良いと思ったのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る