TAKE2 昼下がりの契約

TAKE2 前編

◇◇◇◇

……


『本当にもう登校されるんですか?』


『うん。これ以上、学校休んでたら逆に浮いちゃうし』


『ではせめて送り迎えだけでもこちらで……』


『橘さんは心配性だね。大丈夫だよ!!それに普通の学校なんだから!!』


『…わかりました。…では"くれぐれも"周りには気を付けて……』


『……わかった!!いってきます!!』


『いってらっしゃいませ。小夜お嬢様』



登校初日ぐらい素直に甘えとけばよかったと小夜は思った。


じゃなきゃ、道に迷うことも道を聞いた人達に絡まれることもなかったはずだ。



目の前にいる、こんな恐い人と会うことも…なかったはずだ。



恐い。


恐すぎる。



小夜は自分のカバンを胸に抱え、ガタガタ震えて亜門を見た。


困ったところを助けてくれた男の人。


それだけ聞いたら、やたらカッコイイ。



……が現実はかなり違う。



小夜の震えは止まらない。



理不尽と思えるほどの一方的な暴力。


一見、人畜無害そうな野暮ったい男なのに、切れたらヤバい人だった。



しかも倒された男達の証言に基づくと、有名な不良のようだ…



なんとかデーモン。



先に沈黙を破ったのは亜門だった。



「あ、あの……すみませんが、今見たことは……忘れてもらってもいいですか?」


「……はい?」


「あの……そ、その制服……俺と同じ学校の人……ですよね?」


「……はい」


「出来たら友達とかに今日の出来事を言ったりしないでほしいんです。……よろしいですか?」



小夜は唾を飲み込んだ。


……これは脅し?



「俺の名前も言ったらダメっすよ?」


「……す」


「…す?」


「すす…すみませんでしたあぁぁ!!」


「えぇぇ!?ちょっと!?」



小夜は脱兎のごとく逃げていった。


残された亜門は驚くことしかなかった。



亜門はしばらくその場で立ち尽くしていたら、だんだんネガティブにしか考えられなくなった。



言わない約束が出来てない。


学校の誰かに今あったことを言われるかもしれない。


亜門は再び汗が吹き出てきた。


もし学校で鉢合わせて…


学校の中で、『この人がデーモンよ!!』なんて言われたら?


それを周りの人に聞かれたら?



(おしまいだ!!どうしよう)



亜門は今後の暗い未来を想像してはその場を動けなかった。



……が小夜は走りながら、すぐにお家のお目付け役に迎えの頼む電話をするのに必死で、それどころではなかった。



「橘さあぁ~ん!!!!」



さっき体験したことを誰かに言う気なんてサラサラなかった。



二人とも願わくは、もう二度と会わないようにとお互い心に強く思った。



…ー



朝から教室はザワザワしていた。



亜門は思う。


何故だ?と。



「あんな子クラスにいたっけ?」


「ほら1週間ずっと休んでた子じゃない?」


「あぁ、カワシロさんって人かな?」



何故、昨日の女が同じクラスなんだ……と。


まさか彼女が入学式からずっと休んでいたクラスメイトだったなんて



呆然としてたら、亜門の頭上から怒鳴り声が落ちてきた。



小夜は思う。


何故だ?と。



「おい!!ドモ!!てめぇ!!昨日勝手に帰っただろ!?」


「次ふざけた真似すっと、マジぶん殴るかんな!!」


「てめぇ、ちゃんと聞いてんのか!?」



何故あの恐い男と同じクラスなんだ……と。



いや、それ以前に何故不良らしきクラスメイトのイジメの対象になっているのだ?


あの男は恐い有名なナントカデーモンなんじゃないのか?


三人くらいに囲まれてる。


見た感じの強さもガラの悪さも昨日の四人となんら変わりない。


なんだったら、昨日より人数減っているのに…


何故昨日みたいにやり返さないのだ?



周りと一緒になって遠慮なしに、そのイジメの光景を眺めていた。



するとふと二人は目が合った。



すかさず小夜は目を反らした。



狂暴だった昨日の彼と、もやしっ子な印象の現在の彼。



どちらが本物か偽物かわからないが、どちらにしても関わらない方が身のためだ。


それっきり小夜は視線が合わないように、体を小さくして俯いた。




キーンコーンカーンコーン…



あっという間に昼休み。


クラスの皆は空いたお腹とお弁当を片手にウキウキと昼食を食べる準備を始める。



まとまり始めたグループ。


小夜は一人戸惑う。



(人のこと考えてる場合じゃなくて、自分の心配もしなくちゃな…)



1週間のハンディキャップによるクラス内の孤立。


そんな中、運良く声をかけてくれるような社交性の高い人もクラスにはいない。


友達を作るには自分で頑張らないといけない。



お弁当を手に取り、ため息をついて、教室を出た。



頑張らないといけないのはわかるのだが、勇気が出ない。



『小夜お嬢様。あなたが革城貿易株式会社の社長令嬢であることはくれぐれも触れてまわらないようにして下さいね?……それと──』



わかってるのだが、そういう条件がついてるせいで人との関わり方が難しいのだ。



(特に私は、加えて"アレ"なわけだし)



行く宛もなく、廊下を歩く。



「カワシロさん?」


「!!」



小夜の落ち込んでいた気持ちが上がってきた。


もしかして……


"運良く声をかけてくれるような社交性の高い人"?


期待を込めて振り返った。



そこには亜門が立っていた。



小夜は顔をこわばらせた。


期待してた分、落胆も大きかった。



「あ……あの、少し話ししても……」






「おぉーい!!あそこにいたぞー!!」


「捕まえろ!!」



話しの途中で声が響いた。

さっきの不良達が廊下の向こうから走ってやってきているのだ。



「やべ…カワシロさん。ごめん、ちょっと付き合って。」


「え?付き合っ……きゃあ!!!!」



亜門が突然、小夜の腕を取って走り出した。


小夜は青ざめることしか出来ない。


ただ彼に引っ張られるのに身をまかせるだけ。


ただ頭のどこかで彼が追われてるところに巻き込まれたのだと理解するだけ。



ただ青ざめて、亜門と一緒に走った。



「待てやあぁ!!」


「ぶっ飛ばすぞぉぉ!!」



登校初日。



上手く学校に馴染まないといけないのに、なんでこんなことになっているのだろう?


追っ手から撒けた時には、学校の最上階まで来ていた。



屋上に続く扉と物置化とされてる小さな踊り場で二人の荒れた呼吸が響いた。



「はあ…はあ……なんで一緒に、逃げなきゃ……いけないの?私に……何の用?」


「すみません。どうしても急ぎで。付き合ってくれたついでに、もうちょっと待ってくれませんか?」


「……はい」



そう言って、亜門は安全ピンを取り出して屋上の鍵に手をかけた。



「え?え?何してんの!?」


「俺、こういうの得意なんです。……はい、開きました」



呆気にとられる小夜をよそに「これで落ち着いて話せます。二人で」と亜門は屋上へと促した。



二人で外に出て、空を仰いだ。

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