TAKE1 後編


角を曲がった瞬間…



「ちょっと!!通して下さい!!やめて下さい!!」



女の叫び声だけが聞こえた。



(……気のせいということでスルーしてもいいだろうか。関わるのがめんどくさい予感がする)



思わずそんなことを考えた。


今日は学校で色々あって若干ムカムカして疲れている。


出来るだけ問題事は避けたい。



しかし曲がり角を過ぎたらその現場に見事に遭遇してしまった。



「ちょっとくらい情報料っての?それくれてもいいんじゃない?」


「僕達、親切に道教えてあげたじゃん?」


「それかアカウント教えてよ!!」


「それとももう一緒にこのままどっか行く?」



これまた似たようなチャラい男子高校生がそこにいた。



(うわ……あからさまに絡まれてる。今時、こんなベタな……)



"彼"は眉間に皺を寄せた。


違う学校の制服を着ているが、どこの学校でもそういう輩がいるのだ。


ただし四人に増えてる。


だが問題はそこじゃない。


その四人に絡まれている女の子は自分と同じ学校の制服を着ているということなのだ。



問題が更に複雑化した。



ここは助けた方がいいのかもしれない。


学年もクラスも違う女子かもしれないが、こうした好評判の積み重ねは大事だ。


友達作りへの第一歩に繋がるかもしれない。


”彼”の中の打算が始まる。


しかしどうやって助けるかになる。



下手に問題を起こすと同じ学校である彼女から逆に噂が立ってしまう。



「おいこら……何見てんだよ」



真剣に悩んでいる内にその現場をガン見してしまっていたようだ。


いつの間にか四人組に睨まれていた。



今日は彼自身もよく絡まれる日だ。



「そこの黒髪。なんか用か?」


「ちょっと邪魔だから向こうに行っててくれる?僕達、忙しいの」



策も思いつかないまま、話は進んでいく。


ふと女の子と目が合った。


震えて潤む瞳でこちらを見ている。


完全に助けを求められている。



こうやってみると可愛らしい子だ。


からまれるだけのことはある。



(……しょうがない)



話し合おう!!



穏便に!!



「あ、あの……ですね」


「……何?」



四人のニヤニヤはどこへいったのやら、物凄い険しい顔でこちらを向いた。



「えーっと……ですね」


「だから何?」


「その子……俺の……友達なんで…いいですか?」



今こそ「だから何?」と聞かれたら何も言えなかっただろう。


草食動物みたいに見つめてた女でさえ、いつの間にか見ず知らずの男に友達認定され、呆然としている。


どうか、これは作戦と気付いて合わせてほしいところだったが、空気がフっと変わった。



「ギャハハハハハ!!!」



四人の笑い声がぶつかってきた。


『友達』とは"彼"の咄嗟の嘘だとわかった故の笑いだ。


今日は一体、何回の下品な笑いを受けなければならないのか。


この時点で"彼"に異変が出ていていた。



「ギャハハー!!あ~ぁ、友達……ね?」


「じゃ、お前が代わりに払ってよ!情報料!!」


「こんな可愛い彼女と友達だなんて凄いね~羨ましい~」


「かっこいいでちゅね~?」



一人が胸ぐらを掴んできた。


着ているブレザーにシワが寄り、ネクタイも持ち上げられ少し首が締まった。



「女の前だからって格好つけんなよ!!!」


ガ ツ ン !!






殴られた。


体が後ろに反る。


そのまま後ろの電柱にぶつかって倒れた。



「調子乗ってんじゃねーぞ!!!」


「家に帰れよ、坊っちゃん!!」



倒れたのと同時にカバンも地面に転がった。


殴った一人がその鞄に近付いた。



「じゃぁ、ちょっと財布も借りてくね~」



腰を曲げて鞄に手を伸ばす。


しかしその手は止められた。


倒れたはずの"彼"が、体を起こして殴った相手の手首を掴んだからだ。



「俺のこと……殴ったよな?」


「……は?だからなんだってんだ?」



長く伸びた真っ黒な前髪の隙間から真っ黒な瞳が光った。



「じゃあ、正当防衛ってことで」



不良の一人が空を舞った。


蹴り飛ばされた男が地面に音を立てて倒れ込んだ。


その後ろで音を立てずにゆっくり立ち上がる。



胸ぐらを捕まれ殴られた拍子にボタンが取れて、シャツはダラしなく肌けていた。


だから邪魔になったネクタイに手をかけ、外した。



「今は機嫌が悪くてよ……学校だったら多少我慢してやってもよかったけど……殴ったもんなぁ?俺のこと」



そこに悪魔が笑っていた。



「あ……こいつ……」


「なんだ?知ってる奴か?」


「いや、俺も聞いたことしかねぇけど……あれ……」



一人の男が指したのは"悪魔"の左胸。



ボタンが取れたシャツが風になびいて、はためく。



空気で膨らんだシャツが左胸をはだけさせる。


そこから笑うドクロが顔を覗かせていた。



「中学の時、ここらで半端なく強い、最狂最悪のやつがいるって……左胸から腕に掛けて、ドクロの刺青があるっていう」


「あ……その話……なら、俺も知ってる」


「……俺も」



三人はドクロを見る。


地面に伸びてる男を見る。


交互に見た後、三人が顔を見合わせた。



「まさか……まさか!?」



一歩、一歩…


男たちに"悪魔"が近付く。



「こいつがまさか……」




「はこやまデーモンっ!?」






男達の間に風が切った。



その風の原因は三人いた真ん中の一人がぶっ飛んだのだ。



「お……おいっ!?」


「こいつが噂のデーモンはこやま!?」



"悪魔"の正体に気付いた一人が飛ばされた仲間の方へつい視線を向けた


──が、その隙を見せるべきでなかった。


デーモンは片足を軸に回転をかけ一気に距離をつめて、回し蹴りをかました。


見事にこめかみをぶち抜かれて、膝から崩れ落ちる。


残るは一人。



「な、な……!?お前があの……はこやまデーモ…」



下から伸びてきた腕がすぐに胸ぐらを掴む。


顔に右ストレート。


殴られ怯んで、退けた腰を見逃さず、襟を掴んだまま背負い投げをした。



最後の一人も地面に叩きつけられ、砂ぼこりが舞う。



「俺は…はこやまデーモンなんかじゃねぇ…」



誰一人立ち上がれず、誰も聞いちゃいない中、悪魔は言葉を続けた。



「俺の名前は波古山 亜門【ハコヤマ アモン】だ!!!間違えんじゃねーぞ!!!」



亜門は自分の胸を親指で差し、そう叫んだ。



しかし誰も答えない。


亜門は小さく舌打ちをして、自分の鞄を拾って、ついた砂を手で払った。


鞄を持ち直し、落ちてるネクタイも拾う。


その時ふと赤く滲んだ自分の拳が目に止まり、黙って見つめた。



「……やっちまった」



溜め息が出る。


これではわざわざ高校に入った意味がない。


以後、気を付けなくてはいけないと思いながら、帰ろうと立ち上がる。


振り返った途端に目が合った。



「……あ」



ウサギのような怯えた目でこちらを見ている。


四人がこちらへ来た時にはもう逃げたもんだと思っていたが、最初に絡まれていた女がまだそこにいた。


しかも同じ学校の人。



亜門は大量の冷や汗をかきはじめる。



これはまずい。



「……やっちまった」



もう一度、角を曲がるところから



やりなおしたい。


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