第30話 新たな仲間は、セクハラ女侍
村を出て、半日と少し。
馬車が到着したのは、王国の街。大きな湖に隣接する巨大な都市だ。
ルークとギン、アテナ達三人はそれぞれ馬車を降りて、城門の前で顔を合わす。
「よし、挨拶」
「おうとも。主人様」
ルークに言われるがまま、薄い和服を纏い、身嗜みを整えたギンは改めて自己紹介を始めた。
「本日より主人様の従順な雌犬として、生きていくこととなったギンと申す。時には股を開き、腰を振り、猛々しい○○○様をしゃぶり、その身を捧げる所存じゃ」
「「……」」
「ん、ごめんなさい。聞いてなかった」
絶句するアテナとシズク。エーリカは先ほどまで眠っていたらしく、奇跡的に寝ぼけていて聞き逃したらしい。
「……よぉーし、ギンさーん。ちょっと来い」
ルークは真っ青な顔に引き攣った笑みを浮かべて、ギンの肩を掴む。
挨拶をしろとは言ったが、意味の分からない口上を赤裸々に語れと言ったつもりはない。
「お、なんじゃ? 全く、絶倫じゃのう。先ほどまで、儂の雌穴をこれでもかと……」
「最低」「ああ、最低だな」
アテナとシズクが頷き合っていた。
うん。まあ、そう思いますよね。ルーク自身でも納得してしまうくらい、妥当な反応だ。
「……ま、まあいい。今はそんな話をしてる場合じゃないしな。わざわざこの街に入る前に馬車を止めたのは他でもない。シズク、お前の件だ」
「え、何? 次は……私の番って、こと?」
心底嫌そうな顔をするシズク。
もはや、早合点とかいうレベルではない、訴えれば勝てるくらいの侮辱だ。
「お前が、賞金首になってたって話だ」
「ん、あー。そういえば、だからその女は襲ってきたんだもんね」
ルークは頷く。
「ギン。こいつらに話してやってくれないか?」
「良かろう。……まずは、儂が雌犬になった経緯じゃが」
「違う。そうじゃない。賞金首の件だ」
「おっと、なるほど。つまりは主人様の勇姿はアフレコという訳か」
「最低」「最低ね」「……うん。多分最低」
満場一致。どうやらルークは『最低』でファイナルアンサーらしい。
「こほん。では、話すとするかのう。各員、耳の穴をかっぽじって聞くように。……主人様は、儂の穴をでもかっぽじるか?」
「ノーサンキュー」
そうして、ギンが話し始めたのは、しばらく前より、王国で流れ始めたとある噂話だった。
それは、勇者の栄えある凱旋の途中、帝都にて、何者かに襲撃を受けたこと。そして、その首謀者こそが。
「大魔法使い、シズク。貴様だと聞き及んでおる。実際、この噂が広まってから手配書も刷られておる」
「……そんな、ことが」
シズクは随分とショックを受けた様子だった。口をパクパクと仕切りに動かして、動揺を隠さずにいた。
「じゃから、シズク。貴様は、この街に入るならば、工夫が必要じゃ」
ギンはそう言って、ルークに目配せをした。頷いたのを確認してから、ストレージに腕を入れる。
「──先ほど、儂のスキルと主人様の力を借りて作った衣装じゃ」
それは、黒い布のマント。そのままギンはシズクへと投げ渡す。
受け取るや否や、シズクはじっとマントへと視線を落とした。
「……認識変更の魔法ね。なるほど、これを着ていれば確かに、私だとバレない訳ね」
「うむ。先日の村とは違い、ここは王国でも有数の街じゃからのう」
「でも……」
「なんじゃ、何か問題でもあるのか?」
ルークは少し案じた。転生者とは言え、王国は決して短くない時間を過ごした、もう一つの故郷でもある。
そんな国をこうでもしなければ、歩けないなんて、かなり辛いだろう。
「シズク、お前が辛いって言うなら……」
ルークが言いかけたところで、シズクはようやく視線を上げた。
そして。
「──このマント、ダサすぎない? 服のセンス無さすぎ、論外」
前言撤回。地獄に堕ちろ。
ルークは心の底からのそう思った。
***
ルークらがそんな算段をちょうどしていた頃、街の娼館には一人の男が訪れていた。
「こんにちは。お久しぶりですね」
中性的な風貌をしたその者はこの世界において唯一の存在。勇者と呼ばれる男だった。
勇者が柔らかい笑みを浮かべて、そのドアを潜る。
「こ、これは、これは……勇者様ではございませんか」
娼館の主人は驚きを隠せず、脂汗を浮かべながら、勇者を奥の部屋へと招き入れた。
上座へと案内して、すぐに店で最も高価な紅茶を出す。
「これはどうも。しかし、長居は出来ませんので、お構いなく。実は、一つお話をしにきただけですので」
「それは、一体どのようなことでしょうか?」
勇者は湯気の上がる紅茶の香りを嗜みながら、口を開いた。
「近々、エルフの森の禁が解かれることになります。今のうちに、準備を進めておいた方が良い。そうなれば、忙しくなるでしょう?」
「……なんと」
主人は生唾を飲み込んだ。
何せ、エルフの森の禁が解かれること、つまりそれは。
「──エルフという種は、近いうちに一人残らず奴隷に成り下がるでしょうからね」
「それは……ええ、楽しみだ」
その勇者の悪辣とした下卑た笑みは、娼館の主人にとって、神の姿そのものにすら見えた。
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