第25話  村での一夜と痴女との遭遇。


「今からどうするの?」


 村に到着したのは、夕方をやや過ぎた頃だった。馬車を降りるなり、エーリカが聞いてくる。何気に目を合わせるのは、この三日間で初めての事だった。


「ん、とりあえず飯……だな」


「そう。なら、そこで話したい事がある」


 なんとも真剣な目で、こちらまで緊張してしまいそうだった。


「どうかしたのか?」


 何かアテナに吹き込まれたのだろうか……例えば、あの男は拷問官で酷い奴なんだ。みたいな風に。


「後で、話すから」


「……分かったよ」


 なんとなく事情がありそうだった。

 ルークたちは荷物を、宿屋へと置いて、酒場へと向かう。

 のだが、


「私はパス、お腹空いてないし」


 シズクは自分の部屋から扉越しにそう言う。ともなれば、無理やり連れだすのもおかしな話だと、ルークは残りの二人を連れて、行くことにした。


「あっそ」


 酒場は宿屋から、歩いて一分。道を挟んだ正面。


「三人なんだが、すぐ入れるか?」

 

 混雑した店に入り、ルークはウエイターに声をかけた。


「はいはい……え、その子は……」


 ウエイターは少し困ったようなそぶりを見せた。そのわけとは……。


「なんだ? エルフに飯は出せないと?」


「い、いえ、そういうわけでは」


 急に、ざわざわと店内が慌ただしく、ざわめきだした。


「おい、エルフだぞ」

「ああ。つまりは……」


 紛れもなく、それは白い目だった。まるで、人ではない何かを眺めるような刺々しい視線。


「文句があるなら、聞いてやる。だから……」


 ルークが客席をぐるりと一周見渡して言う。しかし、その言葉の途中で。


「ふふふ、汝らじゃよ。皆が警戒をしておるのは」


 言ったのは、バーの末席に座った真っ白な髪の少女だった。

 その恰好は、なんとも珍妙で、さらしのような布の上から袖の破れたジャケットのようなものを着ている。


「俺たちが?」


 きょとんとルークが首を傾げると、少女はふっと笑う。


「左様。この村は過去、エルフに助けられたことがあったそうでの。奴隷扱いされているエルフを見ると、堪忍袋に感じるものがあるのじゃろうて」


「はあ? どう見りゃ、奴隷扱いに見えるんだよ。俺たちは、この子を森に送り届けるために旅をしてるんだぜ?」


「ほう、やはりそうか。通りで、その少女の肌は、色つやがいい」


 少女の言葉にまたも、店内がざわめく。けれど、先ほどのような排他的な空気はなく。


「ホントだと思うか?」

「どうだろうな、でも、あの子は嫌がったりはしていないみたいだ」


 どうやら潮目が変わったらしい、緊張感は消えて、どこか朗らかな雰囲気が流れ始める。


「……なるほど。そういうことか、助かった」


 どうやらあの少女は、これが狙いで話しかけてきたらしい。

 

「礼には及ばんよ、儂は自分のやるべきことをしたまで。……マスター、勘定を頼む」


「へい、銀貨一枚です」


 少女は、上着のポケットを漁る。……しかし。


「……待て、銀貨だと?」


「え、ええ。何か間違っていますかね?」


 店主は伝票を確認する。


「はい、ちょうど銀貨一枚になります」


「……う、うむ」


 ちらり、ちらり。

 少女は助けを求めるように、ルークを見てくる。

 おそらく、持ち金が足りないのだろう。


「……その、なんなら……奢ろうか?」


「ほ、本当か!?」


「ああ。助けてくれたしな」


「ありがたい、スーツ・・・の人よ」


「ああ、気にしなくても……っ!?」


 一瞬遅れて、ルークは気づく。

 あまりにも何気なかったから、違和感すら感じなかった。


「ん? どうした?」


「なんで、この服がスーツって分かったんだ?」


 スーツ自体この世界には普及していない。だから、この存在を知っているのは、ごく一部の情報通か、または。


「ん? 簡単なことじゃよ。わしの元居た世界の恰好だからの」


「……やっぱりそうか」


 つまり、この少女は。


「──召喚されたのか、この世界に?」


「ほうほう、召喚というのか。なるほどのう。ん、ということは、お主もそうなのか?」


「ああ。俺は、転生者だから少し違うが」


 敵か、味方か。正直、まだ分からない。


「さて、奢ってくれるとのことだったな? 汝」


「ああ」


「そうかそうか、ならば……」


 少女は振り返ると、店主へと目をやった。


「──この店で美味いものを、儂が直々に教えてやろうではないか」


***


 場所は宿。部屋には、シズクが一人。

 ランタンも付けずに、ベッドに座り込んでいた。


「何やってるんだろう、私」


 敵。ルークも、あの女騎士も間違いなく敵のはずだった。なのに、


「……なんでかな。肩が軽いや」


 手をまっすぐに伸ばして閉じたり開いたりしてみる。

 勇者御一行にいた頃、ずっと何か分からない感覚があった。


 それは、甘い香りのようにどこか思考を鈍らせ、普通ならば嫌がることでも、勇者のためなら、と真っ先に思ってしまうのだ。


 勇者のことが好きだった、だからだと思っていたが、今となっては本当に好きだったのかと疑ってすらいる。


「──あれは、勇者の……スキル? なのかな」


 シズクはそんな風に考察を立ててから、目を閉じた。

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