第18話 勇者VS暗殺者
そこは、帝都より郊外。帝宮およびその周囲の街並みが煌びやかな色を放つ一方で、その強い光より伸びた影が最も深い場所。
貧民街。
「なるほど。これは、罠ですか。全く、ナタリア様よりの知り合い。レイズさんからのお遣い。どんなことかと思ってみれば……」
軽薄な笑みを携え、そう言ったのは、勇者であった。
茶色の髪に、薄い帷子の鎧。強者とは思えぬほど体は華奢な少年だ。
その顔は、中性的。言われなければ、少女にすらも見えるだろう。
「さあ? そんなの知らない。私は貴方を殺すだけ」
相対したのは、黒い装束に身を纏った少女だった。その両の手には、握られた逆手のナイフの二双は夜の闇に溶けるようで、朧げに見える。
「貴女に? 僕を?」
勇者は少女を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。腰に取り付けた最強の剣を抜こうともせずに。
「うーん、僕は何か……恨まれるようなこと、しましたかねぇ?」
「私は貴方なんかに興味ない。でも、大好きな人は貴方のことが嫌いだから」
「ふっ、他者の為に僕を殺すと? は、ははっ! 傑作だ。君は実に都合のいい道具だねぇ!」
勇者は噴き出して、腹を抱える。心底より人を見下したその態度に、少女は苛立ちながらも、表情を隠す。
「私は道具でいい。その人が幸せになれるなら。彼の手を、汚さずに済むなら、私は何人でも殺す。それが、例え魔王を殺した英雄でも」
「……は、くだらない」
勇者は少女の言葉に、笑いを止めると、心底よりつまらなさそうに剣へと手を掛けた。
「それで? 殺すんなら早くすればどうです?」
「──うん。スキル
片手の短剣を勇者へと投擲すると同時、少女は駆け出す。
スキルによって、瞬時に最速へと至ったその体は、幾つもの残像を作りながら、勇者へと差し迫る。
「なるほど、口だけではない。みたいですね」
勇者は剣を鞘のまま、腰から抜くと、構えを取る。
「──スキル行使。《聖剣》、《身体強化Lv7》、《鷹の目Lv5》」
勇者は剣を振うことなく、短刀を鞘の腹で受け流し弾く。
「っ! やっぱりっ!」
少女は勇者の視界から消えると、その周囲の建物を跳ね回り、撹乱する。
同時に三つのスキル。少女は王女より得ていた情報が、事実なのだと再確認した。
──勇者は、他者のスキルを奪う。
「なら、速度でっ!」
少女の体はさらにもう一段階の加速を遂げる。もはや、打ち出された弾丸以上。音速にも差し迫る。
「それで?」
しかし、勇者は目で追うことなく、構えを維持する。
「──スキル《加速投擲》」
残像と本体。全ての少女達は短刀を勇者へと同時に投擲する。
その速度は、少女の約数倍にも至っていた。
がしかし。
「スキル《暴風の鎧》」
勇者を中心として、荒れ狂った風の塊は、繰り出された数多の短刀の速度を相殺する。
「……驚いた、そんなスキルまで」
少女は足を止めて、再び元いた場所へと戻る。
「おや? まさか僕の力の正体を知っているんですか?」
勇者は目を細める。途端に、警戒度が跳ね上がった。
「ふ、ふふふ。ははっ!」
「頭でも、おかしくなったの?」
「いえいえ! そういえば、やったことはなかったなと思いましてね」
高笑いした後で、ついに剣を抜いた。
煌々と光るそれは、まさに聖剣。
「何を?」
「──人相手に、本気を出すことですよ」
その声は、少女の背後から聞こえた。
「っ!?」
その一閃が迸った時、少女は一切の反応をすることが出来なかった。
***
「満足したか?」
「うん……凄く、気持ちよかった」
ベッドの上。シズクは満たされたような表情でそのまま、緩やかな寝息を立て始めた。
これで、一人目。シズクはもはや、こちら側。この手がその心を掴んで仕舞えば、人心掌握など容易い。
「さて、報告するか」
ルークはシズクにストレージから取り出した毛布を掛けて、地下牢を出た。そのまま階段を登る。
レイズの屋敷の地下に、これほど防音性と秘匿性の高い牢屋があったとは恐れいった。
「こっちは終わった。そっちは……」
「ルークっ! 急いで戦闘の準備をしなさいっ!」
応接室に入るなり、レイズは待っていたと、らしくもない焦った様子で立ち上がった。
「待て待て待て、何があった?」
「私から話しましょう。今のレイズさんは冷静さを失っていますから」
言ったのは、レイズの正面。
ナタリア姫だった。
「ミリーダさん。分かりますね」
「っ! ああっ! 勿論だっ!」
「彼女は先程、独断専行にて──勇者のところへと向かってしまいました」
何を、言っているのか。一瞬理解できなかった。それほどに、その一言はルークにとって衝撃的だった。
「誰が、そんな真似をさせた?」
「言ったでしょう。独断専行だと。アテナを追わせましたが、間に合わないかもしれません」
「そんなのは、どうでもいい。場所は?」
「貧民街。勇者は今、私たちの依頼でそこに誘き出しています」
要は、ルークがシズクを完全に堕とすまでの時間稼ぎ。という訳だろう。
しかし。
「なら、なんでミリーダがそこに向かっているっ! 無駄死にさせる気かっ!」
「私達が、一瞬目を離した隙に、彼女はご自身の意思で向かわれたのです」
その言葉が、事実であることは分かっていただが。
「クソがっ!」
ルークは拳を壁へと叩きつける。その手は分厚い漆喰の壁を穿ち抜く。
痛みが伝う。だが、そのおかげか少しだけ頭の中がクリアになった。
「……話は後だな。ミリーダに説教してからだ」
「ええ。そうするべきでしょう」
「すまんが、あんたはレイズを頼む」
今から行って、間に合うのか。それは正直分からない。けれど。
「久々に、本気だな」
ルークはジャケットを脱ぎ捨て、シャツの袖を捲る。
「──スキル行使。《身体強化Lv10》、《身体軽量Lv10》、《ナビゲートLv10》」
すぐに助ける。心に誓う。
ルークは窓ガラスを破り、夜の街へと駆け出した。
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