千年の夢
赤い城で龍の宝珠を手に入れて、いよいよ迷路の旅も終わりかと思われた。しかし、スペクタクル映画を大画面で観た後のような余韻はまだ去らぬものの、眼前の景色は依然として変わることはなかった。洞窟のように薄暗い中をとにかく進んで行くしかなかった。
僕は実家の床の間に飾ってあった龍の置物を思い出していた。ブロンズ色の龍の手に白い玉が握られていて、子どもながらに好奇心をもって眺めたものだった。誰から聞いたのか、「何でも願いを叶えてくれる玉」として記憶にある。
「宝珠には特別な力があると聞いたことがあるのですが」誰に言うともなく口にした。
「たぶん今は方位磁石として機能しているはずです」火威が言い、流果がうなずいた。
ならば、そのうちに出口がみつかるのだろうか。
「もう少し、こうしていたいのに」タテハが突然口にした。
「こうしていたい?」僕はその意味を量りかねてタテハの後姿に尋ねた。
「こんなにワクワクすることはなかなかないもの」振り返ったタテハは、赤音山で何度も見せた好奇心旺盛な表情をしていた。
タテハには危機感や不安というものがないのだろうか。過去にも何度か抱いたことのある疑問だった。今までの
「ここは幻境でしょ?」流果と火威がタテハを見た。
「不思議なことや怖いことがあっても夢の中だもの」タテハが続ける。
タテハはそういう感覚だったのか。若い女性にしては取り乱すこともなく、落ち着いているなとは思っていたが…ハラハラドキドキ続きの僕とは大違いだった。テーマパークのような感覚で楽しんでいるのかもしれない。
それにしても…心配性の僕は思った。覚めない夢だと知ったときには一体どうなるのだろう。
「
「百年でも千年でも、覚めなければ現実みたいなものかもしれないわ」タテハの考えは、哲学問答のように僕に問いを投げかけた。
夢だとしたら、この夢はいつから始まっているのか。僕は、何とも言えない感慨とともに赤音の集落を見上げた夏の日のことを思い出していた。
赤い屋根屋根と緑が織りなす集落の不思議な光景。何かしらの違和感という感覚で異世界を察知していたのだろうか。僕は記憶のテープを巻き戻して赤音集落での逐一を反芻した。
まずは、幻の朱冥国の大巫女であるという赤沼
いや、そもそも地図に無いあの集落をグーグルアースで見つけたときからではないのか。
「生まれたときからずっと夢かもしれない」
冗談のつもりか、考え込んでいる僕を見かねてか、タテハが言った。
気づけば、今まで通りの薄暗い通路に規則正しく蹄の音が響いていた。
これから何があっても、何を目撃してもタテハのようにワクワクと楽しめる自信はまだなかった。つまり、これは僕にとっては現実でしかなかった。
そんなふうに考えているとき、流果の馬が突然立ち止まった。
「宝珠によると、この先に出口があるようです」そう言って、二股に分かれた通路の右手前方を指さした。そこに出口らしき光はまだ見えない。しばらくは闇が続きそうだ。出口があるとすれば、ずっと先の方なのだろう。
「今度はどんなところに出るのかしら」夢見るタテハには怖いものはなさそうだ。
やがて、闇がグラデーションのように薄くなってゆき、僕たちは再び光の元へと踏み出した。
遠くに白い壁のような山が見えた。足もとからは清らかな瀬音が聞こえる。夢のような光景だ。
ゴロゴロとした石や岩を縫って流れる川の先を見上げると、大きな滝が見えた。
目をとらえたのは不自然に跳ねながら落ちる流水だった。
「あれは異常な地磁気のせいなのでしょうか」火威がまず声を上げた。
地球のN極とS極が入れ替わるポールシフト現象が地磁気の逆転で引き起こされるというのを聞いたことがある。そのとき、地磁気の強度が現在の10分の1程度にまで弱まり、宇宙線等の影響も大きくなるらしい。それと関係しているのだろうか。火威の言う異常な地磁気のせいか、あるいは異世界、それとも別の次元へと足を踏み入れてしまったのか。
「宝珠が示しているのなら、この異様な谷に出るしかありませんね」と火威が流果に確認する。
「そうだな」
流果はそう言って、無数の岩石が転がっているガレ場のような悪路へと、馬と共に一歩を踏み出した。
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