第40話 本当の意味


♦︎♦︎♦︎



「さあ。あなたが敵じゃないなら、私も敵じゃないですけど。」


 ルミレトの問いかけに、私はあくまで端的に答える。


 死ぬのは嫌だし、死刑になるのも嫌だ。

 でも、リーシュを手放すなんてもはや思考回路にすら存在しない愚行だ。

 だから、仮にルミレトにここで殺されたとしても、私はこの選択を後悔したりしない。

 他の全てと天秤にかけても、私はリーシュを選ぶだろう。ラグドやクレイ、ギルなんかも絡んできたら相当悩み難い選択になると思うが、ラグドとクレイはリーシュのことを受け入れてくれてるし、ギルだってリーシュの正体を知っても怒り狂ったりするような人間ではない。


 だから、ここでリーシュを裏切ることはできない。


 小さな身体を可能な限り全面に押し出して、対峙するルミレトを威圧する。

 彼女は強い、たぶん。私じゃ勝てないし、リーシュも勝てるか分からない。そもそも、この人を殺したところで余計に傷口が広がるだけだ。

 だから、この場で彼女の意思を食い止めないといけない。もっとも安全で平和な方向に向かわせるために。


「………魔物は人類の敵。今起こっている邪災を見ればわかるでしょ?」


 ルミレトは私の目線を真っ向に受け、そらすこともなく言葉を投げかける。


「でもリーシュは違います。」

「証明できるの?」

「私がそれを知っています。」

「証明になってない。」

「いいえ、あなたには分かるはずです。分からないとは言わせません。」

「…………………。」


 私にとって最も幸運だったことは、ルミレトと名乗る彼女が優秀な人間であったことだろう。


 社畜時代から言えることだが、人心掌握術や状況把握能力、判断行動力に長けている人というのは、自然とその優秀さが表情や言葉尻に出る。

 私はその人たちほど優秀ではないけれど、言うなれば『その人たちが優秀であることを理解している人』ではある。

 そして、そういう人たちの優秀さを逆手にとって、相手に理解させ承諾させることができる。


「セルタやルネクに聞けば、リーシュがどれだけこの邪災において貢献してきたか分かります。ラグドやクレイに聞けば、リーシュが彼らを守るために何をしてきたか分かります。」

「………不確実ね。仮にそれまでの事実として安全であっても、それだけでは法律を覆すような判断はできない。」

「良いじゃないですか不確実で。ここでリーシュが本気になれば、私やあなたはもちろん、ヴァルディーテに訪れている援軍たちも甚大な被害を受けることになるんですから。」

「脅し?」

「いえ、交渉です。私が賭けているのは自分の命で、あなたが賭けているのはここら一帯にある全ての命です。」

「不平等ね。」


 ルミレトは小さく笑った。


「そっちがそうしなければならない方向に持って行ったんでしょう?」

「…………………………。」


 ルミレトはそこから黙りこくって下を向いた。考えを整理しているのだろう。

 聞くに、彼女は国として代表できるほどの地位の人間。しかも、それは恐らく身分的なものではなく優秀さから得た地位。


 彼女はどの人間に、私の訴えが通らないわけがない。

 いや、通すか通さないかは彼女の決断に委ねるしかないが、少なくとも『優秀な』彼女なら、私が言った言葉の意味がわかるはずだ。


 10分ほどが経過した。


 誰も、一言も口に出さずに、ただ陰だけが移動していく。

 その陰を眺めながら、先ほどから一言も言葉を発していないリーシュのことを考えていると、ルミレトが長考の末に結論を出した。


「…………現時点でリーシュが魔物であることを知っているのは私だけ。まだ他の誰にも知らせてない。」

「………………?」

「………私も忘れることにした。だから、あなたたちの秘密を知る者は誰もいない。早く持ち場に戻りなさい。まだ邪災は終わってないのだから。」


 ルミレトはどこか納得行かなそうな顔をしていたが、その一言を言い放つと私たちが来た道を戻って行った。


 その後ろ姿を眺めながら、唖然とした自分の感情に徐々に色が戻っていく。


「……………なんとかなった?」


 よね?たぶん。


 今のは、見逃してあげる、って意味だと思う。

 彼女がリーシュと争うことを恐れたのか、それとも私の主張を全面的に信じてくれたのか、あるいはどちらもか。それは分からないが、ダメ元の交渉がうまく進んだらしい。正直ダメだったらダッシュで国外逃亡しようと思っていたし、そうなるものだと思っていたから、この結果は意外かつ好転的だ。


 しかも、お偉いさんを丸めこめたってことは、今後繋がりができてコネになるかもしれない。まあ、それはリーシュが問題を起こさないことが大前提なんだけど。


「とにかく、よかったねリーシュ。これで、一応ルミレトさんに認めてもらえたってことだし、これからもこの街に……………………………リーシュ?」


 安堵しつつリーシュの方を見た私だったが、そこで異変に気がついた。


 リーシュは何も言わずに、下を向いていた。

 思えば、先ほどまでのルミレトとの会話の中でリーシュは一言も発しなかった。いつもの内弁慶のせいかとも思ったが、それとは違うことを示すように彼女の表情は暗い。


「………どうしたの?」


 不安を込めて顔を覗き込むと、リーシュはようやくこちらを向いて顔を上げた。でも、表情はやはり暗かった。


「いや………レイナ、なんで怒らないの?」

「怒る?なんのこと?」

「今まで黙ってたこと。」

「何を?」

「……魔物と仲良くした人間は殺されるってこと。」


 ああ、リーシュはそのこと知ってたんだ。


 …………なるほどね。

 自分がその罪のことを知らせなかったせいで、危うく私が死刑になりかけたことを後ろめたく思ってるのか。それでさっきから泣きそうな表情で目線を逸らしているのね。

 らしくもない。


「……ごめん。レイナがこの世界の常識をほとんど知らないってこと分かってて、それで、いざ知った時に見放されるのが怖くて……それで………。」


 いつになく弱気で声を震わせるリーシュが、とても小さく見えた。


 何百年も生きているはずのリーシュが人とほとんど関わってこなかったのは、人間側から拒絶していたからだったのか。私は外部から来た人間だから知らなかったけど、私が思っている以上にこの世界の魔物に対する忌避感は高いらしい。

 でも、それも仕方のないことだったんだと思う。リーシュみたいに人懐っこい魔物なんて、本当に稀も稀で、彼女は特殊変異体みたいなものなのだろうから。


 魔物は嫌われるし怖がられる。仮に奇跡的に嫌わない人間がいたとしても、魔物と関係を作ったら死刑になる。

 そんな世界で生きていたから、リーシュはずっとひとりぼっちだったのだろう。


「……レイナと初めて会ったときにさ、わたしがレイナに着いていきたいって言ったよね。ああいうとき、普通の人は『こわい』『殺さないで』『近づかないで』『死刑になりたくない』って言うんだよ。それが普通。でも、あの時レイナは『着いてきたら街の人に討伐されちゃうよ』って言ったよね。あの時思ったんだ、ああこの子は何も知らないんだって。」

「………常識がなくても悪かったね。」


 実際、私も初めてリーシュと出会った時に、『人と魔物が共謀したら死刑』の法律を知っていたら全力で拒否していただろう。


 でも、そんなの今更遠い昔話だ。


 リーシュは私の親友だし、法律とか魔物とかどうでも良い。仲間ってだけで、一緒にいたい理由にするには充分すぎる。


「ううん。でも、何も知らないなら、一緒にいてくれるかなって思って……………それでずっと黙ってた。ごめ」

「はいストップ。」

「!」


 私は弱々しく泣きべそをかく親友の口を止めた。

 これ以上こんなリーシュを見てたって仕方ない。カメラでもあれば、あとでまた生意気になったリーシュに今の姿を見せて恥ずかしがらせてやりたいが、そんな余裕もない。


「結局リーシュは私と一緒にいたいの?いたくないの?」

「……レイナが死刑になっちゃうのは嫌だし。」

「はあ……。さっきの私とルミレトの話、聞いてなかったの?私は死刑になんてならないよ。リーシュのことも手放さない。」


 弱っちい私がいうのもなんかおかしいセリフだけど。


「で、結局どうなの?」

「……一緒にいたい。」

「私も。はい、じゃあこの話は満場一致ってことで終わりね。早く帰るよ。みんな待ってるから。」


 私は唖然とするリーシュの手を勝手に取ると、ぐいっと引っ張ってきた道を歩き進めた。

 今は忙しいんだ。

 私とリーシュがこれからも一緒にいるなんて、そんな当たり前の話をしている時間はない。

 

 塩らしくしているリーシュは似合わない。いつもみたいに、最強で傲慢不遜な彼女の方が、私はずっと好きだしそうしていて欲しい。


 そんな思いが強かったからか、言葉も感情もほとんどぶれることなく私はリーシュの腕を引き続けた。


「……ありがとう。レイナ。」

「……どーいたしまして。」


 途中でした、こんな会話の時だけは、ちょっとだけ泣きそうになった。

 



 

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