プラネタリウムと流れ星 (4)

 そんな廉也が、コーヒーカップを会長席に置き、俺を手招いた。


 ん? 何だ? 小原さんたちに聞かれちゃまずいのか?


 俺は廉也に招かれるまま、会長席に近寄った。


「虎守、何か、おかしなことはなかったか?」


 廉也は声を潜めて俺に尋ねてきた。


「いや、万事順調だ。ああ、そう言えば、陸上部の三好先輩が何か時間を勘違いしていたみたいなんだけど、まあ、大したことじゃないな」

「陸上部の三好先輩って、男子のYTTの三好先輩っすか?」


 俺と廉也の内緒話に、聞き耳を立てていた波川さんが突如として切り込んできた。


 YTT? そう言えば、陸上部男子の問題を解決しに行った時も、そんな単語を聞いたな。


 俺は廉也との内緒話を止め、波川さんの方に顔を向けた。


「何、波川さん? YTTって?」

「あだ名っすよ。『優しくて、頼りがいがあって、時々面白い』三好先輩の略だそうっすよ」


 なるほど。やはり陸上部の内輪での呼び名だったか。しかし、その字面、確か――。


「その肩書、どこかで……ああっ!」


 突如として、数日前の放課後の会話がフラッシュバックする。そう、結城さんが倒れたあの日だ。結城さんは熱っぽい表情で、俺に話しかけてきたんだ。


『……五味君は、好きな人、いる?』

『い、いないよ。ゆ、結城さんは?』

『私は……いるよ』

『こ、告白とか……しないの?』

『私から告白されたら、迷惑……かも、しれないから』

『そ、そんなことないと思うよ』

『ありがとう』

『ちなみにどんな人?』

『優しくて、頼りがいがあって、時々面白い人』


 そうだ。結城さんの好きな人。


 って、ええっ! あの結城さんが! って、ええっ!


「虎守。まあ、お前の想像通りだよ」


 廉也は冷たく言い放った。


「おいっ! 何を勝手に! 俺が何を想像したっていうんだよ!」

「言って欲しいのか? 虎守は意外とマゾヒストだな。だから、梨乃の想い人は例のYTT先輩だったってことだ」


 くっふー。マジか。マジで言いやがった。コイツ。血も涙もない悪魔だ。誰だ、コイツ? ああ、生徒会長か。


「マジっすかー! あの天文部部長が? 三好先輩と? でも三好先輩の好みは幼女趣味じゃなかったっすか?」


 よ、幼女趣味って。そんな犯罪者みたいに言わないであげてよ。ただ、ロリ顔が好きな純情な男子高校生なんだから。


「まあ、その先輩の趣味趣向は別として、梨乃はとりあえず想いを告げられそうで良かったじゃないか」


 廉也はかんらかんらと笑っている。殴りたい。この笑顔。


 俺は廉也の行き過ぎた話に、水を差す。納得できるか、そんな話。結城さんが三好先輩のこと好きだなんて。


「ゆ、結城さんの好きな人が三好先輩とは限らないだろうが!」


 ああ、この言いぶりだと、結城さんに好きな人がいることをバラしてしまったな。まあ、今更か。


 俺は気弱になりながら反抗するが、廉也は涼やかな顔を崩さない。


「いや、梨乃本人から聞いたから間違えようがない。事実を受け入れろ、虎守」

「ひ、百歩譲って、結城さんが三好先輩のことす、好きだったとして、何で廉也が知っているんだよ? えっ、本人から聞いた? いつだよ? どうやって? クラスメイトでもないのに」


 本人から聞いただって? そんな話、眉唾物だな。大体、何で生徒会長に恋愛相談するんだよ? コイツ、イケメンだけが取り柄で、中身は相当のポンコツだぞ?


「ふん、これさ」


 廉也はゴミ箱程度の大きさの箱を会長席の横から取り出した。


「何だ、それ?」


 箱は六面銀色のアルミ製で、上面にポストのように細長い穴が空いていた。正面には「目安箱」と達筆で印字されていて、後面には中身を取り出すような扉があり、厳重に南京錠で施錠されていた。


「私立久保ヶ丘学園高等部の目安箱だ。生徒の意見をダイレクトに生徒会に届けるために生徒会が設置していたものだ」


 目安箱だあ? そんなものいつ、どこで、誰が設置したんだよ? えっ? 生徒会が?


「俺は知らないぞ、そんな箱」

「だろうな。設置したのは先代で、言わば先代の生徒会の遺産だからな。それに、これを開けることができるのは会長だけに許された特権だ。特に生徒会メンバーに周知するようなことでもなかったから黙秘していた」

「先代って、前の生徒会が残していたのか?」

「そうだ。そして、梨乃から長く片想いをしていて、悩んでいると投書があった。そこに、僕が手を貸した。それだけさ」


 そうか。電気部の件も陸上部男子の件も手芸部の件も、やたら事情通だったのはこの箱のせいだな。ぶっ壊してやろうか、この箱。それとこのイケメン生徒会長を。


「じゃあ、結城さんがあんなに今月中にプラネタリウムを完成させることにこだわっていたのは?」

「ふふふ、分からないか?」


 コイツ、事情を知っているからって偉そうに。張り倒してやろうか。


「渋らずに教えろよ、廉也」

「まあ、乙女らしい考えだよ。文化祭を一緒に回るには、それ以前に恋仲になる必要があるからな」


 ああ、なるほど。文化祭のためにこの時期に告白したかったのか。それは、まあ、納得できる事情だ。


「まあ、これも青春さ。虎守」


 訳知り顔で俺を見つめる廉也に、ビンタの一発でもお見舞いしたくなったが、物騒なことは嫌いなので止めておいた。


 しかし、はあ、結城さんの片想いの相手が、三好先輩ねえ……。三好先輩の返事は分からないが、それで結城さんの気が済むなら問題は解決だろう。


 少しは結城さんと距離が縮まったかと思っていたが、俺の勘違いだったか。くそう。恥ずかしさで顔から火が出そうだ。


 ああ、流れ星に祈った俺の願い事、叶っちゃったなあ。これなら、もっと我欲にまみれた願い事をするんだったなあ。


 俺は急激にやるせなくなった。


「……俺は帰る。廉也、何かあれば処理しといてくれ」


 今日はもう仕事をする気分じゃなくなったので、俺は学生カバンを肩に引っ掛けて、生徒会室の扉の方を向いた。


 そんな俺の背中に、廉也は言葉を投げかけた。


「虎守。こういう言葉がある。アメリカのジャーナリストの言葉だ。『涙で目が洗えるほどたくさん泣いた女は、視野が広くなる』とな。男だって同じさ」


 俺は踵を返し、会長席に近寄り、無言のまま廉也にとびっきりバネを利かせたデコピンを一発お見舞いして、痛みにうずくまる廉也を無視し、帰路についた。


 一人きりの帰り道に、吹奏楽部の演奏が心に染みた。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


お読みいただきありがとうございます。


面白い作品となるように尽力いたします。


今後ともよろしくお願いします。


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