プラネタリウムと流れ星 (2)
やがて、蓄光塗料の明かりが弱くなった頃を見計らって、結城さんが解説の締めに入った。
「私たちの住むこの地方では、夜でも明るくて星はあまり見ることができません。でも、忘れないでください。星は、いつも、私たちを見守ってくれています。いつも、空に輝いているのです。――ご清聴、ありがとうございました」
そして、明かりが点けられた。夜空は黒い厚紙をつけた段ボールに戻り、流星を発生させていた投影機も動きを止める。
俺は、結城さんと天文部の部員全員に向けて、最大限の称賛として、力いっぱい拍手した。すると、俺の拍手に乗せられて、一人、また一人と、拍手が重なり、最後には結城さんも手を叩いていた。
拍手が止んだところで、結城さんははにかみながら天文部の部員に気さくに話しかける様に口を開いた。
「へええー。本当にありがとうございました。校外に展示するときは、語りに加えて吹奏楽部がバックグラウンドミュージックを提供してくれるらしいから、もっとムーディーになるよー」
そう言えば、部長会で決まった吹奏楽部のバックグラウンドミュージックは無かったな。まあ、結城さんの語りだけで随分雰囲気が良かったので、十分だと感じたけれど。
結城さんは明るい声で事務連絡を続ける。
「それじゃ、今日の天体部の活動は終わりです。皆、帰っていいからね。でも、明日の朝一でプラネタリウムを一旦分解するから、七時半には地学室に来てね。それじゃ、解散!」
こうして、無事に天文部のプラネタリウムの処女上映は成功した。
俺は天球から退出する天文部員の流れに沿って、一番最後に天球を出た。俺の目の前には、一仕事終えたばかりの結城さんがいた。何か声をかけようかと思ったが、ちょうどいい言葉が見つからなかったので、一人余韻に浸ることにした。
結城さんの声。
満天の星空。
降り注ぐ流星。
しかし、その余韻も長くは続かなかった。何やら地学室の外がざわざわと騒がしい。俺は結城さんの横を抜け、地学室の出入り口から外を覗いた。
「おおっ、人が」
地学室の前の廊下は人で一杯だった。
天文部員に向けた上映に続いて、すぐに次の上映を控えていたらしい。
人だかりの先頭に、廉也、それに小原さん、鳳さん、波川さんの姿を見つけた。
廉也も俺に気づいたようで、呑気に手を振ってきた。俺はササッと廉也に近づき、状況説明を求めた。
「廉也、どうしたんだ、これ?」
「虎守。梨乃の発案で、お世話になった電気部、陸上部、それに手芸部と生徒会に上映案内があったんだ。まあ、この人数は梨乃の予想外だろう。ほら、列の整理とか手伝ってやるといい」
後ろを振り返ると、結城さんも地学室を出てきたばかりだった。
「おおっ、すごい人だね。キャパ足りないや」
「結城さん、これはちょっとこのプラネタリウムじゃ捌けないよ。時間を分けて、後でもう一度来てもらおう。明日でもいいし」
「そうだね。でも、明日は一度プラネタリウムを分解するから、今日中に捌いちゃおう! じゃあ、電気部と手芸部と生徒会の皆さんに先に入ってもらいます。五味君は陸上部の人数を確認して、また後で来てくれるように説明してくれる?」
「了解っ」
俺は人ごみに向けて、大きく声を上げた。
「次の上映は、電気部と手芸部、それと生徒会でお願いします。陸上部の皆さんは人数確認を行います。地学準備室の前に移動してください」
俺の誘導に従って、ブツブツと文句を言いながらも、人ごみは大きく二つの流れができた。
その流れの一方、陸上部の流れの先頭について、俺は人数の確認を始めた。もう一方は結城さんが先導してくれている。
俺が誘導している列の中から、声が上がる。
「あのー、生徒会庶務さーん。上映はまだなんですかー」
先ほどの天文部の事前展示の感じからすると、一回の上映時間は二十分ってところだった。ここは、少し強引にでも俺が時間を都合するべきだろう。
「今の上映は、電気部と手芸部と生徒会向けです。陸上部の皆さんはえっと……四時半と五時半の二回に分けて行います」
二回ならこの人数も捌けるはずだ。俺はもう一度、声を大きくして説明する。
「今の上映は、電気部と手芸部と生徒会向けです。陸上部の皆さんは、四時半と五時半の二回に分けて行います」
すると、俺の説明を聞いた陸上部は散り散りになっていった。おそらく、部活に向かったのだろう。四時半は部活前、五時半は部活後に聞くにはちょうどいい時間のはずだ。人数を確認したところ、プラネタリウムの容量一杯だが、二回に分けて上映すれば、何とか全員を招待できそうな見込みがついた。
もう一回、大きく声を上げようとしたところで、結城さんに呼び止められた。結城さんは厳しい表情をしていた。
「五味君! 声、大きい! プラネタリウムの中まで聞こえているよ!」
おおっと、せっかく満天の星空でも、俺の怒鳴り声が聞こえては興ざめだろう。
「ごめん。結城さん。上映、続けて」
「うん。よろしくね」
結城さんは踵を返し、天球の中へと入っていった。結城さん自身のキャパもいっぱいいっぱいなんだろうな。言葉は優しかったけど、表情はまだ固かったし。
俺は声量に注意しながら、残った陸上部の部員に事情説明を続けた。やがて、地学準備室前の人ごみはスッキリといなくなった。それとほぼ同時に、プラネタリウムの方から感嘆の声が上がった。おそらく、流れ星の投影が始まったのだろう。俺は一息呼吸を落ち着けて、これから来るであろう陸上部の部員の対応に向けて備えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます