結城梨乃 (4)
結城さんと別れた後の帰り道、俺はなぜか通学路をがむしゃらに走っていた。
俺が、俺がしっかりしていれば、結城さんが倒れることも、陸上部の女子や天文部の部員に心配をかけることもなかった。
その負い目が、俺の気持ちを急かすのだ。
だが、俺が走ったところで事態は変わらない。精々。
「あっ!」
石に躓き、無様にこける。右膝を強かにコンクリートの道路に打ち付け、熱く血が滲む。
「……くそっ!」
俺の、俺に向けた怒号は、初秋の涼しい風に乗ってどこかへ飛んで行った。
「虎守!」
俺を呼ぶ声が後ろから聞こえた。もしかしたら、俺が気づかなかっただけで、ずっと声をかけられていたのかもしれない。
俺を下の名前で呼ぶ奴だから、ほとんど声の主には察しがついた。
「廉也、か?」
鈍く、呻くような声で尋ねる。が、答えは聞くまでもなかった。こんな時、声をかけてくるのは、廉也くらいのものだ。良くも、悪くも。
「ああ。校門で待っていたんだがな、何か思いつめた様に走り抜けたからビックリしたぞ」
そうか。傲岸不遜の権化であるコイツも驚くことがあるのか。それが俺の行動だってことは、ちょっと意外だな。
「それで、何で待ってたんだ?」
「梨乃が、倒れたらしいな」
チクリと胸を針で刺されたような痛みが走った。
「ああ。すまん。廉也から注意を受けたばっかりだったのにな」
「いや、大事にならなくてよかった。俺も保健室に様子を見に行った。梨乃も反省しているようだし、こんなことはもう無いだろう」
「あっちゃ困るんだよ!」
俺の声は大きくなっていた。
その俺の声に、廉也は少しだけ気圧されたようだった。
「虎守。落ち着け。お前の落ち度じゃない。むしろ、お前はよくやったくれた」
「よくやったって何だよ! 結城さんは倒れたんだぞ! 俺の責任だ」
グッと廉也は俺の胸元を強引に握り、俺を立ち上がらせた。
「卑屈になるな! 虎守! 梨乃の力になれるのは、お前だけだぞ!」
「っぐ!」
廉也の言葉と、胸を掴まれたことで、俺は呼吸が苦しくなった。
「しっかりしろ! 五味虎守! お前は、何をすべきだ?」
考える。既に土偶のように働かなくなった頭で、一生懸命に。それでも、出てくる答えは、とても簡単なものだった。
「結城さんを、手伝って、プラネタリウムを完成させる……」
廉也は俺の言葉に満足したようで、俺の胸元を握っていた拳を解いた。
「分かっているじゃないか、じゃあ、こんなところでケガなんてしていられないな」
廉也はビシッと俺の右膝にローキックを緩く叩きこむ。
その瞬間、先ほどコンクリートにぶつけた膝が鋭く痛んだ。
「痛っ! 何しやがる!」
「だろうな。肩、貸そうか?」
「いらん!」
俺は廉也に強く励まされた後だったので、バツが悪くなったので廉也の提案を断った。
「そうか、まあ、カバンくらいは持ってやる。途中まで一緒だからな」
廉也は強引に俺の学生カバンを取り上げると、通学路を先に進んだ。
俺は廉也に置いて行かれないように、右足をわずかに引きずりながら後を追った。
その廉也の背中に向けて、俺は声をかける。
「廉也、プラネタリウムが完成したらさ」
「何だ、虎守?」
廉也は振り返ることなく、俺に答えた。
「打ち上げ、やろうな。天文部と電気部、陸上部に手芸部、それと生徒会でさ」
「ああ。それはいいアイディアだな。だが、それじゃ人数が多すぎる。まずは天文部だけでやるだろうから、こっそり混ぜてもらうといい」
「俺だけだと浮くだろ? 廉也も来いよ」
「僕が行くと、女の子が緊張してしまうだろ?」
なんて気障なセリフをサラッと吐くんだ、コイツ。
店は焼肉屋がいいだろうか、居酒屋がいいだろうか、そんな適当なことを話しながら、俺と廉也は肩を並べて帰路についた。
太陽は既に沈んでいるが、街頭の明かりが強く、星はほとんど見えなかったが、月は大きく、明るかった。中秋の名月というやつだろう。
月に照らされた帰り道を、男二人で歩いていく。それは全然華やかじゃないし、俺は右膝から血が垂れているけれど、存外悪くない時間だった。先ほどまで感じていた、どす黒くぬめりのある悪感情は、いつの間にか綺麗になっていた。それが廉也によるものだとは考えたくなくて、俺は自分自身の足で立ち上がったのだと自分に言い聞かせた。そう、俺は自分の足で歩いて行けるのだと、廉也の背中を追いながら、そう思ったのだった。
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お読みいただきありがとうございます。
面白い作品となるように尽力いたします。
今後ともよろしくお願いします。
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