陸上部男子の日常 (2)

 このまま波川さんに任せっきりでは話が前進しないな。


 俺は波川さんの前に立ち、波川さんを手で制止しながら、安藤君と対面した。


「じゃあ、陸上部男子の問題とは何です?」

「……本当に、他言無用でお願いしますね。こちらです」


 安藤君はさらに部室の奥に俺たちを誘導した。そして、一つのロッカーの前で畏まった。


「この、ロッカーの中です」


 ロッカーの前はひと際臭いがきつくなった気がした。しかも、汗臭いというよりも、これは……。


「何だかイカ臭いっすねー」


 おい! 波川さん! 思春期男子にその言葉は禁句だぞ!


 波川さんの発言に、安藤君と三好先輩と篠原君はビクついた。ん? 何だ? その反応は?


 しかし、まあ、波川さんの言う通りだ。イカと銀杏と栗の花のような臭いが立ち込めている。と言うことは、まあ、そういうことなんだろう。これ以上、俺の口からは言及できない。


 一応、陸上部の三人に確認を取る。繊細そうな問題だからな。


「えっと、ロッカーの中身って?」

「それは、その、女子の前では勘弁してくれませんか……。陸上部男子の間では通称、『お宝』と呼んでいます」


 ああ、なるほど。ムフフな本だったり、肌色で桃色な映像ディスクだったり、そういう類のものか。それは確かに女子には見せられないな。


 安藤君をはじめ、三好先輩も篠原君もモジモジと気恥ずかしそうな態度をとっている。乙女か、お前らは!


 結城さんは首をかしげて、話の内容についてこれないようだ。今回の問題については、結城さんの手を汚すことは避けたいな。文字通り汚れそうだし。いや、本当なら俺だって関わり合いたくないし。


 その時、波川さんが空気を読まずにロッカーに手を出した。


「御開帳ーっす。わあ、エロエロっすねー」


 ああ……思春期男子の禁裏が晒されている。これは恥ずかしい。当事者じゃない俺も恥ずかしい。


 それだというのに、波川さんはあろうことか中身をいくつか取り出し、物色しだした。何、この子のアクティビティ!


「やっぱりおっぱいは大きいほうがいいんすかね? どう思います、五味センパイ?」


 波川さんは『巨乳・ザ・ベスト』というタイトルのムフフ本を手に取り、パラパラと中身を確認し始めた。タイトルの通り、胸部が豊かに発達した妙齢の女性の肌が外気にさらされる。


 や、止めろお。それ以上、男子の恥部に立ち入らないでくれえ。


「知らん。それより、その手に掴んだものを元の位置に戻して、波川さん」


 しかし、波川さんは依然としてムフフ本を流し見し、最後まで見終わったところで安藤君の方へ顔を向けた。


「それで、結局、問題って何なんすか? 男子がエロいのは普通じゃないっすか?」


 波川さんはエロに寛容だった。いや、まあ、隣で赤面している結城さんみたいな態度も困るが、それにしても免疫あり過ぎじゃね?


「いや、その、うん、そうだね」


 安藤君は顔を真っ赤にして波川さんの言葉に同意した。


 俺はそれとなく波川さんに近づき、手にしているムフフ本を取り上げる。


「あれ? 五味センパイも見るんすか?」

「見ません! ほら、ロッカーに戻します」


 俺はムフフ本をなるべく見ないように注意しながら、それを乱暴にロッカーの中に放り投げた。カサカサと乾いた音を立てて、ムフフ本はロッカーの中に納まった。


「男がエロいのは普通っすよ。うちのオヤジもそれはもうたくさんエロいもの持っているっすよ。それとも、五味センパイってソッチ系の人っすか?」


 波川さんが下卑た笑みを浮かべながら、グッと親指を立てた。


 そうか、波川さんがエロに免疫があるのは父親の教育のたまものか。くそ、ある意味モンスターペアレントだな。


「違う。TPOをわきまえただけだ。俺はちゃんと女の子が好きだ」


 何を告白させられているんだろうか。自分が情けなくなる。


 俺はやるせない気持ちになりながら、再び安藤君の方へ視線を向けた。

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