天文部部長 (2)

「ねえ、五味君。彼女、結城さんだっけ? 紹介してくれるかな?」


 そうしてくつろいでいると、小原さんと後輩の二人がおずおずといった感じで、俺と結城さんの間に割って入った。三人とも、俺と結城さんの中にどのタイミングで入ろうか、機会を窺っていたらしい。


「とても仲良しに見えるけど、まさか、お付き合いを? そうだとしたら、いつから? 進路はどうするの? やっぱり、二人とも同じ大学に行くの? ど、どこまで行ったの?」


 おっと、小原さんの想像は俺の斜め上を行っているぞ。これはこれで見ていて面白いかもしれないが、早めに訂正して、認識を改めていただこう。


「ご、ごふっ。あ、あちちっ」


 結城さんも咽ていないで、ちゃんと言うべきことは口にしないと。結城さんて、一見、流されやすそうな見た目だしなあ。もしこのまま黙って静観していたら、小原さんの強引な誤解から俺と結城さんは付き合っていることになってしまうのだろうか?


 熱そうに紙コップを片手で持ち、咽た拍子に指先にお湯がかかっただろうもう一方の手をヒラヒラと振った。


 慌てる結城さんを他所に、俺はいたって冷静に小原さんの予想を否定する。


「違うよ。小原さんはクラス違うから面識ないよね? 俺と同じ六組で天文部部長の結城梨乃さん。ただのクラスメイト」


 小原さんは「なんだあ、同じクラスなんだあ」と何だか肩透かしを食らったように気落ちした。そんなに俺と結城さんは仲良さそうに見えたのだろうか? ただのクラスメイトとの会話のつもりだったのだが、小原さんの期待に沿えず少々申し訳ない。


 続いて、俺は結城さんに小原さんと後輩二人、その他一名を紹介した。


「結城さん。二年二組で生徒会副会長の小原雪花さん。それと一年で生徒会書記の鳳由紀恵さんに、同じく一年で生徒会会計の波川真美さん。向こうで偉そうに座っているのが二年で会長の一ノ谷廉也」


 結城さんは俺の紹介を受けると、ご丁寧に女子三人と廉也の方に身体を向け、頭を下げて挨拶する。


「ご、ご紹介にあずかりました天文部部長の結城梨乃です。初めまして」

「ご丁寧にどうも。副会長の小原雪花です。こちらこそ、よろしくお願いします」


 小原さんも結城さんと同じく丁寧に頭を下げる。それに倣って、後輩二人も頭を下げて挨拶した。


「こんにちはです」

「どうもっす」


 お互いの挨拶が終わったところで、俺は結城さんに生徒会メンバーと対面した感想を聞いてみる。


「学年やクラスは違うけど、生徒会の顔ぶれくらいは見たことあるでしょ? これから部長会なんかでよく会うことになると思うけど、どうかな? 第一印象は?」

「うん。生徒会のことは知っているよ。それにしても、噂通り本当に美男美女の集まりだね、この学園の生徒会」


 その噂は俺も耳にしたことある。「学園の綺麗どころの集まり」とか「久保ヶ丘学園の頂点」とか。「学園アイドル」なんて褒め方まであるらしい。まあ、噂に違わぬ容姿だろうな。俺を除いて、廉也も女生徒三人もモテるらしいし。


「そうだね。精々、一般生徒Aがお似合いな俺が所属しているのが場違いみたいだよ」


 俺はおどけた様に茶化したところ、結城さんはニコリと笑みを浮かべた。


「あはは。でも、五味君だって意外と女子から人気あるよ」


 何……だと……。女子から人気? 俺が? その話、もっと――。


「く、詳しく!」

「えっ、ええっ!」


 俺の食いつきに、結城さんは目を丸くした。どうやら俺が積極的に動いたことが意外だったようだ。


 俺だって自分の話くらいは興味を惹かれるんだけどなあ。特に女子からの評判は注目したいところだ。俺の交友関係はそう広くない。特に女子に関しては親しい人が少ない。そのため、女子から見た「五味虎守」についてはとても興味がある。


「えっと、あの生徒会のメンバーの中で健気に頑張ってる庶務さんは偉いなあって。天文部の後輩? も褒めてたよ?」


 それは、褒められているのだろうか? なんか、こう、雨に濡れる段ボールの中の子犬的な憐れみなのでは? それになぜ疑問形? 俺、ひょっとして気を使われてる?

 この話も作り話なの? 真実は?


 俺は少しだけ戸惑ったが、俺一人が考えても意味のないことなので考えるのを止めた。まあ、否定的でないだけ喜ぶとしよう。特に生徒会庶務は他のメンバーがメンバーだけにやっかみの対象になりやすいのだ。肯定的な支持者がいるだけマシというものだ。それに、結城さんの作り話だったとして、プラスだった話がゼロになるだけ。何も損していない。うん。大丈夫。俺は傷ついていない。

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