30話

「それで、ここに戻ってきたからには、何か掴めたんだろうな」



「警部、掴めたはずです。それが間違っていないか、確認するために戻ってきたんですから」冴島は戻るなり、ホワイトボードに視線を移す。



 第一の事件は「教皇」のカードで被害者は弁護士。第二の事件は「恋人」のカードで、佐々木の恋人が被害者。佐々木の現場には「戦車」のカード、鍵山の現場には「正義」のカード。それを確認すると、冴島は素早くスマホであることを検索する。そして「やはりか」とつぶやく。



「やはり? どういうことですか。もったいぶらずに、説明してください」



「山城、そう焦るな。もったいぶるつもりはない」彼はホワイトボードに何かを書き始めた。そこにはこう書かれていた。「法令の遵守」「恋人」「援軍」「正義」と。



「タロットカードには、図柄ごとに意味があるんだ。例えば、『教皇』というカードには『法令の遵守』などの意味がある。そして、殺されたのは弁護士。『恋人』のカードは言うまでもない。そして、『戦車』には『援軍』などの意味がある。そして、被害者は元陸上自衛隊の佐々木。山城、ここまで言えば分かるな?」



「つまり、犯人はタロットカードの意味に当てはまる人物を殺していると? それだけではなく、順番通りにも……」



「冴島くん、それでいくと『隠者』にはどのような意味があるんだ」飯田警部は興奮のあまり、頬を紅潮させている。



「思慮深いとか経験則といった意味があります。かなり漠然としています。ただ、今までの行動を考えると、今度も捜査一課の誰かが標的になる可能性が高いです。もしくは、関係者か」そう言った冴島だが、次のターゲットに確信めいたものがあった。



「そうだ、すっかり忘れていた。鍵山が目を覚めしたから、西園寺が聞き取りをしたんだが、どんな人物に殴られたかは分からないとのことだった。まあ、ある程度、予測していた事だが」



「そうですか……。警部、ちょっと相談があります。山城は外してくれ」



 山城は不服なのか、一向に動こうとしない。



「冴島くん、彼女がいると支障があるのか? 相棒をのけ者にするのは感心しないな」



 冴島は山城に目を向けて、一瞬考え込んだ後、柔らかい笑みを浮かべた。



「山城、すまないが、ちょっと別件を頼みたいんだ。できれば、現場周辺の住人への聞き込みを再度して欲しい」



「聞き込みはほとんど終わってるじゃないですか」山城は少し不満げだが、冴島の真剣な表情に気づいて、次第に納得したようだ。



「分かってる。でも、まだ見落としがあるかもしれない。お前なら確実に情報を掴んでくれると信じてるからさ」



「そういうことなら……分かりましたよ、冴島先輩」



 山城は渋々ながらも、冴島の言葉にうなずき、捜査一課の部屋を後にした。ドアが閉まったのを確認すると、冴島は飯田警部の方に向き直り、声を低くした。



「警部、実は重要な情報があるんです。山城に聞かせるわけにはいかない話が」





 飯田警部との打ち合わせを終えてから数日間、冴島は自宅にこもっていた。「アルカナ事件」の犯人について、より情報を集めるためだった。それもあるが、他にも理由があった。警視庁にいては、他の事件の捜査が舞い込む可能性がある。それを避けるためでもあった。



「捜査一課を狙った犯行。そして、犯人は自身が追い詰められていることに気づいている。どこからか情報が漏れているな……」



 誰が情報を漏らしているかは、検討がついている。しかし、確たる証拠なしでは、はぐらかされてしまう。



 冴島が窓を見やると、すでに太陽は沈み始め、外は闇夜に包まれつつあった。冴島は、つっかけを履くとポストに向かう。



「さて、今日の夕刊は……」



 彼がポストの新聞を取り出すと、ひらっと何かが舞い落ちる。それは――「隠者」のカードだった。

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