カップルごっこ

 冴島と山城はある人物を尾行していた。それは、恋人を殺した疑惑があり、容疑者の一人である真野まの友梨佳ゆりかだ。彼女は恋人である佐伯さえきを絞殺した、それが捜査一課の見立てだった。だから、冴島たちはカップルに変装して尾行している。警察が見張っているのを、悟られないように。



「先輩、冴島先輩とのカップルごっこも、そろそろ飽きてきましたよ。もう少しこう、いい感じの相手と組みたかったな」山城はわざとらしくため息をつきながら、目の前のコーヒーにミルクを注いだ。その様子に冴島は軽く眉をひそめ、少し悔しそうに返す。



「おいおい、それはさすがに傷つくな……」



 冴島はまんざらでもなかったので、余計に心にぐさりと刺さった。



「冗談ですって。そんなこと気にしている場合じゃないですよ。ほら、容疑者の席に別人がやって来ましたよ。って、あれ、もう一人の容疑者の坂本じゃないですか!」



 真野の座るテーブルに坂本がやって来ると、何やら話し出した。しかし、二人とは距離があり、会話を聞き取ることはできない。



「いいか、俺が奴らのテーブルの横を通る。山城は二人の動きを見張ってろ。間違っても逃がすなよ」



「先輩がさりげなく会話を聞けるかの方が心配ですけどね」山城は冷たい視線で冴島を見る。



「おい、先輩を信じることができないのか? まったく、なんでこうなったんだか……」



「先輩の教育のたまものですね」山城は皮肉交じりに言う。



「まあ、見てろって」冴島は立ち上がると二人が座るテーブルに向って歩く。会話がかすかに聞こえる。



「佐伯がいなくなって助かったわ」と真野友梨佳が坂本に礼を言っている。



「君のためなら、何でもするさ」



 冴島は頭の中で「この二人はクロだな」と結論づけた。あとは決定的な証拠を掴むだけだ。冴島はトイレに行くふりをして、そのままテーブルから離れる。次の瞬間、店内に悲鳴が、一瞬の平穏を打ち砕いた。



「トイレの方からだな!」冴島が駆けつけると、女子トイレの前で一人の若い女性が腰を抜かして、床に倒れている。



「どうしましたか!」冴島は彼女の答えを聞く前に気づいた。嗅ぎなれた血の臭いに。



 急いで女子トイレをのぞき込むと、そこにあったのは息絶えた女性の姿だった。





「なるほど、それで尾行どころではなくなったと」飯田警部は淡々と報告内容を整理する。



「ええ。こちらの方が重大事件ですからね」



「それで身元は?」



川本かわもと沙耶さや、二十九才。貿易会社に勤務。分かっているのはこれだけです」



「まだ、情報源があるじゃないですか。第一発見者で友人の道下みちしたあかりです」山城は泣きじゃくっている女性を指す。



「もう少し落ち着いてからの方が、いいんじゃないか? まだ、聞くタイミングじゃないな。現場に遺留物がないか、確認してからでも遅くはない」



「冴島くんの言う通りだ。物事には順番ってものがある」



 山城は不服らしかったが、飯田警部の命令だから押し切ることはしなかった。





 現場には被害者の川本の口から血が流れている。おそらく、毒殺だなと冴島は思った。詳しくは鑑識待ちなのは言うまでもない。



「先輩、被害者のそばに何かの袋が落ちていますよ」山城が指す。それは薬らしきものが入った袋だった。



「ほう、これが死因の可能性が高いな」と飯田警部。



「さて、そろそろ友人の道下に話を聞いても――」



 そう言った冴島の視界に何かが目に入る。それは――タロットカードだった。

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