第20話 ジョン・ドゥの回想

 戦争犯罪人ビマゲオについて考えるとき、ジョン・ドゥは心臓にとげが刺さったような痛みをおぼえる。


 子どものころ、ジョン・ドゥは憲兵に銀貨を握らされて、一芝居を打った。


“極悪人が脱獄した、捕まえるために力を貸してくれ”


 極悪人は子どもが好きだから、子どもが痛めつけられている場面に出くわせば、黙っていられないはずだと。

 ジョン・ドゥは不審に思いながらも、言われるまま“痛めつけられている子ども”を演じた。


 銀貨があれば、病弱な母親に薬を買ってやれる。

 憲兵の予想したとおり、極悪人は小芝居に引っかかって捕まった。

 ジョン・ドゥは誇らしい気持ちで家に帰った。犯罪者はしかるべき罰を受けるべきである。

 よきことをした、銀貨で薬も買えた。帰宅の足取りは軽かった。

 ──薬は役に立たなかった。ジョン・ドゥの帰りを待たずに、母親はベッドで冷たくなっていた。


 母親を喪ったジョン・ドゥは、極悪人のことを考えるようになった。

 極悪人が自分と同じ年頃の女児を連れていたからである。極悪人が檻に入れられたあと、あの子どもはどうなったのだろう。ひとりぼっちで泣いてやしないか。無事でいるだろうか。

 極悪人のはずなのに、あいつはどうしておれを助けたのだろう?

 なぜだろう。自分は正しい行いをしたはずなのに、不安になるのは。


 高次元電磁波爆弾が落ちたとき、人類は罰を受けたのだと思った。

 この世に、悪人も善人もいない。悪人であり、善人であるのが人間なのだとジョン・ドゥは悟った。



 成長したジョン・ドゥは憲兵になった。あの日、捕らえられた男は何者だったのか……こっそりと過去の記録を読み返した。

 男は、世間ではビマゲオと呼ばれていた。一緒にいた女児は行方知れずになっていた。

 ジョン・ドゥは捜した。自分が父親を奪った少女がどうしているのか、確認したかった。

 少女は心優しき人びとに保護され、帰らぬ父を待っていた。


 ジョン・ドゥは國家公務員を経て、官僚まで上り詰めた。客を装い、つかず離れずの距離でココを見守っていた。

 毎朝、『人形師マリオンの箱庭』に花を届けた。

 ビマゲオの死を悼むために。ココの幸いを祈って。


 自分の身分は明かさなかった。警戒されるのは避けたかったし、ココは“ビマゲオの娘”ではなく、“人形師マリオンの娘”として生きているのだ。そっとしておいてやりたかった。

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