第2話

 ラジオの電波を調整するココの耳に、けたたましい騒音が届く。

 表通りの大時計台だ。

 5:00 a.m. 当番の少年たちが稼働させる。

 巨大な歯車を大人数で操縦するため、罵声混じりの掛け声が行き交う。

 ぎしぎしぴったごろろん。歯車は重低音を奏でる。終末世界に似合いの鎮魂曲を。


 闇市まがいの商店街ではなんでも買える。

 くたびれたブラジャー、化石のように硬いミルクかりんとう、パラパラ漫画が書き込まれた聖書、特攻隊員の辞世の句……etc. 電力とて同じだった。


 大時計台には密かに、ソーラーパネルが設置されている。

 太陽光を蓄電しており、地元住人は無料で使用できる。余った電力は希望者に譲り、対価を得ていた。

 電気は前時代の遺物であるため、非合法の売買だった。

 電気の供給が停止した世界でも、機械製品は存在している。


 スマートフォン、デジタルカメラ、タブレット、パーソナルコンピューター……亡くなった家族、恋人、友人を偲ぶために、電力を必要とする人びとがいる。

 彼らは蒸気機関車に乗り、砂漠を越えてはるばるアンゲルスにやって来る。


 客のなかには政府の要人もいて、電力の密売は見過ごされていた。

 砂で汚れた窓硝子越しに、ココは大時計台を見やる。

 大気汚染が深刻なため、屋外での活動はガスマスクと防護服の装備が義務化されている。

 物々しい装備で歯車を操る少年たちの顔は見えず、何者なのか判別できない。


 彼らは商店街の住人。親しいはずだが、見知らぬ誰かのように感じる。

 途切れ途切れのラジオのニュースでは自動音声装置が“emergency”という単語を繰り返し告げていた。

 ツー、ツー、ツッツー…………

 視線に気づいたのか、少年が手を上げた。

 ココは、難破船で救助を待つ船員のイメージを頭のなかに思い描く。


“メーデー、メーデー、メーデー、こちらは◯◯、◯◯、◯◯。メーデー、◯◯。位置は北緯△△、西経□□。世界の終わりまであと少し。すぐに救助されたし。乗船しているのは全人類。メーデー、◯◯。オーバー”


 ──助けはこない。

 結局、相手が誰なのかわからぬまま、ココは手を振り返した。

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