第6話 決壊する水門と流れ出す濁流

 二日目、利根川で川遊びをしたあと、バーベキューと行った。バーベキュー中に、大黒静香がアコースティックギターを取り出して、グリーングリーンを披露してくれた。

 彩野は北浦和のバーで偶然、出くわした夜の事を思い出した。でも、そのことは口にはしない。あの時の手のぬくもりは誰にも教えたくなかったからだ。そういえば、一色の出身地は幸手であった。幸せの手と書いて幸手。彩野にとっての幸せな手は、あの日のぬくもり。このことは誰にも共有したくないのである。

 大黒はグリーングリーンを弾き始めた。歌詞は英語であった。「ある日〜、パパと〜、二人で〜」との歌い出しが印象的なグリーングリーンだが、英語版だと父親の替わりに母親が出てくる。きっと、大黒は父親が病気の五十嵐に対して配慮したのだろう。日本語版の後半の歌詞では、父親がいなくなってしまうからだ。

 グリーングリーンを歌い終わり、大黒が一礼すると全員が拍手した。彩野はカメラ付き携帯で大黒の写真を撮影した。

「大黒さんのグリーングリーンいいね。この曲はお気に入りなのかな?」

「集会でよく弾き語りしてたから」

 そこで、全員がわっと笑った。

「集会だなんて、まるで暴走族みたい。静香さんって、ひょっとして元レディース?」

「うふふ、どうかしらね?」


 夕方、バーベキューの片づけを行い、引き上げる準備をしていると激しい夕立が降ってきた。一色、五十嵐と彩野の3人は河原にある休憩所で片づけをしていた。他の4人はワンボックスカーで荷物の積み込みをおこなっていた。わずか100m足らずだが、雨が激しく身動きがとれない。小屋の3人と車の4人は携帯で連絡を取り、しばらく雨宿りをすることとなった。

「今日、帰りに運転手だから、ちょっと仮眠するわ」

 彩野は一色と五十嵐にそのように告げて、椅子で寝ることにした。大して眠いわけではなかったが、二人を気遣って、彩野は居眠りをすることにした。彩野の気遣いとは裏腹に二人は外の雨を見つめているだけであった。

「すごい雨だね」

 一色の問いかけに、五十嵐は何も答えない。

「庄和町に、江戸川に放水するための放水路が建設されているみたいだよ。江戸川と利根川が埼玉の境界のはずなのに五霞町が茨城って不思議だよね?」

 五十嵐は一色の話を聞いてはいるが、やはり何も答えない。何十秒かの沈黙の後、五十嵐は、ぼそりと答えた。

「実際に利根川が氾濫したらどうなるのかしら?五霞町の人たちは助かるのかしら?その時、川は氾濫してるのよね。川が氾濫してるんだから、茨城県側から救援隊は来れないわよね?」

 少々、感傷的な雰囲気の五十嵐に焦り、一色は打ち消すように答えた。

「それは、茨城県が埼玉県に協力要請をして、幸手方向の水没していない道路から・・・」

「そんなの間に合わないわよ。それに、もともと町の人は覚悟できてるのよ」

 そんな土砂降りの中、大黒が小屋を訪れた。

「わあ、どうしたんだ。わざわざ来なくてもよかったのに。雨雲レーダーだと30分後には止む予報だったよ」

 驚く二人に対して、大黒は傘を閉じながら答えた。

「ほっとけなかったのよ。あなたたちを二人にして置くだなんて・・・」

 大黒は濡れた髪をそのままにして一色の顔をまじまじと見つめていた。

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