彩の国のミレニアム 幸手と五霞とカスカビアンと練馬区民

乙島 倫

第1話 埼玉中央大学は日東駒専より少し上位の私立大学

 埼玉中央大学。それはさいたま市浦和区(当時は埼玉県浦和市)にある文系の私立大学である。世の中にはあまり知られていないが、日東駒専より少し上位の大学であり、埼京線を挟んで西にあるのが国立の埼玉大学、東にあるのが私立の埼玉中央大学と比較される立ち位置にある。彩野は埼玉中央大学に在籍し、ここを卒業した。彩野が卒業した学部は政治経済学部。埼玉中央大学には教育学部と国際コミュニケーション学部がある。比較的、規模は小さく、四年間で職業資格を取って、就職を目指すのがこの大学の進路指導であった。

 なお、浦和区という場所は比較的閑静で、勉強に適した環境であった。ただ、夜中になると爆音をだす暴走族とそれを追う警察車両のサイレンの音響が聞こえることがあった。このことを気に留める学生はいなかった。

 大教室の後方で授業を受けていた彩野邦雄さいのくにおの元に一色幸太郎が現れた。授業ノートを手渡しするためであった。

「おい、今日、授業遅刻しただろ。前半部分のノート、写していいよ」

 一色と彩野は「県民研究会」所属するサークル仲間であった。

「いやあ、宇都宮線の電車にのったら、まさか浦和駅を通過すると思わなくて」

「浦和駅を宇都宮線や高崎線が通過するだなんて、埼玉県なら常識だぞ。もうすぐ4年生なんだから、いい加減に慣れようよ」

 二人が教室を出て、キャンパス内を歩いていると、女子大生二人とすれ違った。同じサークル所属の五十嵐夏澄と大黒静香であった。彩野と一色はにこやかに手を振ってあいさつした。ちょっと、でれっとしていたところ後ろから岸沼と大和がやってきて「おーい、ダサイタマ」と声を掛けながら追い抜いていった。サークルの女性二人とすれ違った余韻は一瞬にして消え去った。


 その日の夜、彩野と一色は北浦和駅近くのバーで酒を呑んでいた。

 二人の会話は、いつものように岸沼と大和への文句から始まった。そのあと、就職活動の状況、恋愛の話といった話題がいつもの定番メニューであった。どの話題も大した変化点はなく、以前話したような内容を繰り返しているだけだった。

 サークル内では埼玉出身の一色幸太郎が関西出身の岸沼と大和にいじられていた。「ダサイタマ」、「ダサイタマ」といじられていた。それでも一色は愛想笑いをしてごまかしていた。愛想笑いをするしかなかった。きっと、関西人は、自分のギャグが受けていると思い、何度も同じことを言い続けていたのだろう。だから、愛想笑いではなく、せめて、「なんでやねん!」と言いながら張り倒せば少しは違ったのかも知れない。

 彩野は思い切ってそのことを口にしてみた。

「今度、巨大なハリセンを鞄の中に持っておいて、岸沼が『ダサイタマ』って言ったら、ツッコミと称して思いっきり後頭部をぶん殴ればいいんじゃないのか?」

「いやいや、それだと喧嘩になるだろうし、ハリセンを持っていても、京浜東北線の満員電車でつぶれるだろ」

 二人は笑った。

 彩野は練馬区の新泉町出身だった。新泉町は練馬区の飛び地である。文字通り埼玉県に囲まれて育った。しかし、彩野はそのことを口に出すことができなかった。ひたすら、ひた隠しにしていた。ただただ、練馬区区民のふりをして過ごしていた。

 一色幸太郎はいくらいじられてもサークルを辞めることはなかった。サークル内の五十嵐架純と交際していたからだった。

「そういえば、五十嵐さんとはうまくいってるの?」

「まあまあだね」

「五十嵐さんって、どこ出身だっけ?」

「茨城県だよ」

「茨城県のどこだっけ?」

「五霞町だよ」

「へー、じゃあ、お前の住んでいる幸手市と近いじゃないか」

 一色は手元のグラスをぐいと飲みながら答えた。

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