妹の彼氏がどうやら異世界のエルフだそうですが、うるせえ妹を一番愛しているのはエルフVtuberの私だそこをどけ!

つじ みやび

第1話 お前に姉と呼ばれる筋合いはない

 この家にノックという文化はない。それ故、このような事も起こりえる。


「おねーちゃーん!」

「うわっ!……何?」


 乱暴に扉を開けて部屋に入ってくる妹。今日もかわいいね、そのお洋服よく似あってるね。でもね、部屋にはノックして入ってきて欲しいな、お姉ちゃん。


「また誰かとお話してるの?」

「……いいでしょ、誰と話してても」


 ジト目もかわいいね。眼鏡邪魔じゃない?お姉ちゃんがレーシックの手術代出してあげようか?そしてそのまま部屋に入ってくるのはよそうね、妹よ。


さきもお話する!」

「ちょっやめ!!やめろ!!やめなさい!」

「このマイクに向かってしゃべればいいんでしょ?こんにちはー!」


 ああ……妹よ……相手は彼氏じゃないのよ……


 PCで立ち上がっているのは、配信ソフト。画面にはバーチャルな世界で動く私の身体と、動くコメント欄。相手はねリスナー様だよ、妹よ。彼氏じゃない。


「ちょ、ちょっとみんな待ってね!?」


【おっ誰?】

【家族か?】

【親フラってやつね、理解】

【かわい~~~!hshs】

【こんにちはー!】

そんなコメントが流れていく。ちょっとまて、今1人変質者いたな?


「あのね咲。仕方ないから言うけど、お姉ちゃんVtuberやってんの。配信なの。お願いだから帰って。自分の部屋に!」

「ぶいちゅーばーってなに?お姉ちゃん、この青髪エルフの女の子なの?かわい~!」

「Vtuber知らないの!?あの、えと、とにかく詳しい話はあとでするから!いいから一回帰って!」

「あ、メントスコーラとかする人?」

「そうだけどそうじゃない!後で教えてあげるから!一回!帰って!!!!」


 ぶすーっと頬を膨らませ帰っていく妹。ごめんよ、我が妹よ。私だってお話してあげたいけど、今は配信してるの。後でね。ああ、そんな子犬みたいな目で見ないで!


 台風のごとくやって来た妹を何とか押し返し、再度マイクとカメラに向かう。


「いやぁ、ごめんねぇ。あれ、妹なんだ。かわいいんだけどよく部屋入ってくるんだよね。参った参った。一緒にお話してあげたい気持ちはあるんだけどさ~今はみんなとお話してるからさ」


【あ、帰って来た】

【おかえり】

【声聞こえない】

【今日のPONだな】

【ミュート芸助かる】


「うるせ~~~~~!も~~~~~!ミュート解除し忘れた!もう一回言うけど、あれ!妹!」


 妹乱入のせいでミュートにしていたのを忘れ、そのまま会話し始める私。恥ずかしいんだよこれ……本当にもっと早く言ってほしい、という理不尽な願いを込めて叫ぶ。何故マイクのミュートは、こちらが話始めるタイミングで自動ONにならないのか。


【あ、声聞こえた】

【ばっちりばっちり】

【ところで妹さん、可愛いね】


「そう!妹可愛いのよ!何来ても似合うし、体型維持のためにいろいろやってるみたいだし、お化粧上手だし、ごはん作るのもうまいし、いろんな言語もできるし!」


 本当に咲は何でもできる子で。勉強もできるし、大学受験だって、就活だってなんでも私より要領よく出来る子だ。最近が外国語も勉強しているらしく、日常会話レベルまでいったそう。すごい。そんな妹と自分を対比し卑屈になるときもあるが、まぁそこは親の育て方がよかったのだろう。姉妹仲が悪くなることはなく、むしろ姉妹仲はかなりいい方で、私は妹LOVEな姉として日々生きている。今日も妹がかわいい。ありがとう神よ、両親よ。私の最推しは妹です。


【早口www】

【口調がオタク語りの時のそれ】


「しかたないじゃん、可愛いものはかわいいのよ。で、何の話だっけ。来週の予定?あ、画像あるんだちょっと待ってね、出すからね」


 最推しは妹だが、Vtuberとしての活動で最も大事なのはリスナーさん。妹で話は逸れてしまったけど、今日も私は自分の配信をしよう。


 ◆◇◆◇◆◇


「では、本日の配信はこれで終わり。本日もありがとうございました~!またね!」


 エンドカードを流し、配信の余韻を楽しむようなコメントを少し眺めた後、配信終了ボタンを押す。あの後妹が部屋に入ってくることはなく、無事に配信を終えることができ、ほっと息をつく。


 ……が、咲は怒ってないだろうか。

 配信が無ければいつでも一緒にお話していたのに、今日は断ってしまった。どうしよう、すっごい怒ってるかも。一生口きいてくれなかったらどうする?え、死ねるかもしれない。


 配信が終わったのもつかの間、私は急いで横の妹の部屋に向かった。いつものごとくノックせずに入ろうとしたが、ドアノブにかけていた手を離し今日こそはノックしようと試みる。やっぱりノックは大事だよね。うん。この家のノック文化は私から生まれる。


 某雪の国の姉妹がやっていたドアノックをしようとしたところで気づいた。


 ―――咲、また誰かと話してる。


 最近こういうことが多くなった。大体ここ数年のことだ。週に2~3度、右隣りの妹の部屋から話し声が聞こえてくる。家から外への防音はしっかりしているのに、家の中の防音設定はがばがばな我が家の設計上、横の部屋から聞こえてくる音は「何かを誰かと話している」とわかる程度にはしっかり拾える。ちなみに左隣りは両親の寝室なので、右からは話声左からはいびきが聞こえてうるさい夜もある。にぎやか。


 そして問題なのは、相手の声が低いという事。


 おおよそ予想はついている。


 どうせ彼氏なんだろ!!!!!!!!我が愛しの妹に引っ付く悪い虫め!!!!!多分大学時代妹と仲が良かった、中澤か吉田とか言う野郎ども!!!!!!!!!もーーーお姉ちゃん怒りました!妹を夜まで起こして!妹の肌にニキビ増えたらどうしてくれるのよ!


「咲~!さっきの話だけどさ~!」


 結局ノックはせずに妹の部屋に入る。ベッドに腰かけながら話していたのだろう、わっ何?と声をあげスマホを取り落としながら妹がこちらを向いた。


 ちらりと見えた妹のスマホに写っていたのは、耳が長いエルフのような黒髪の人物。あれ、妹もVtuber見るのかな?なんて思ったがそんな事より。


「さっきはごめんよ~~!一緒にお話できなくって。もう時間あるからね。朝まで語りあかす?お姉ちゃん、めっちゃ元気よ?」

「別に良いけど、そして朝までは語りあかさないけど。何があったわけじゃなくて、ただ……お姉ちゃんとお話したくって」

「話題は?」

「ないけど……」


 ほら見て!可愛い!!!意味もなく私とお話したくなっちゃう妹!世界一!宇宙一可愛い!!!!!


「そっか~~~!」

 ぐりぐりと妹を撫でまわし、ついでと言ったノリでスマホを指差し、聞いてみる。お姉ちゃんは今、怒っているのです。


「それ、彼氏?」

「………………………………うん」


 ちょっと頬を赤らめている妹はこの世で一番かわいいと鏡が言うこと間違いなしだが、そっか。彼氏か。


「それ、大学時代仲良かった中澤君か吉田君でしょ。多分付き合い始めたのは2年前それくらいから結構な頻度で電話してるよねお姉ちゃんの部屋に聞こえてきてるよあ、大丈夫パパとママには言ってないから2人の部屋までは聞こえてないし知らないはずだよでももしお姉ちゃんが出張とか行ってあの部屋使うことあったら聞こえちゃうと思うからその時は注意しなねそれはそれとしてそいつに文句言わせなさいうちの可愛い妹に何してくれとんじゃって」

「うわこわ。そして大体合ってるのが気持ち悪い」

「我、お姉ちゃんぞ?妹のことはたいていわかるのです」


 むふんと胸を張って見せる。ええ、私はお姉ちゃんなので!


「確かに付き合い始めたのは2年くらい前だけど。ちょうど今通話つながってるし、挨拶する?」

「それビデオ通話?」

「うん」

「けしからん、挨拶する」


 けしからん野郎にどうガン飛ばしてやろうかと考えていると、妹が何かをスマホに向かって話している。息が抜けるような、特殊な話し方。最近習得したというあの外国語だ。そうか、お前の国の言葉か。


「ゴホン。では、こちら。か……彼氏のキュスタール。キュスタール・リュスランさん!」

「お前かぁ。咲に何してくれとんじゃわれ」

『’”&#’%!’#‘*_?+<{=』


 画面に全力野ガン飛ばしをかましながら、やっぱり何言ってるかわからないなと聞き流しつつ、画面を眺める。画面に映っていたのは先ほどちらりと見えた、あのエルフのような耳の、黒髪の人物。中性的な綺麗な顔立ちの人物で少し気弱そうなのが気になる。が、一番気になるのは背景。


「なんか、本。浮いてない?」

「ね、すごいよね。タールはね、あっキュスタールの愛称ね、何だっけな……。そう、フェリテッル王国っていうところの人なんだって。魔法使えるんだよ。見せてもらう?」

「うん」


 何を言っているかわからないが、妹のいう事に基本拒否はない。とりあえず頷いてみたが、魔法?


 咲は何かをスマホに向かって呟くと、手に持っていたスマホをベッドの上に置き、自分は床にペタンと座った。こっちこっちと手招きされるので、咲の横に私も体育座りをする。


「いいよー」


 咲がそういうと、スマホからぶわっと何かが出てきた。


「わぁ……」


 思わず小学生のようなリアクションをとってしまう。それは光で編まれた数々の蝶と小さな花びら。花はよく見ると、私の大好きな金木犀を模しているようだ。数秒続くその光景に、見事に私の目は奪われていた。


「ね、すごいよね」

「うん。すごい。その不届き野郎、何者なの?」

「タールね。だから、魔法つかい」

「魔法つかい……」


 未だ気が抜けたまま、ぼーっとしていた私を引きもどす声がした。先ほどと同じ、不届き野郎の低い声。


『ど、どうでショう。信じてもらえタかな、サキのお姉サんに』

「お前にお姉さんと呼ばれる筋合いはなーーーーーーい!」


 スマホに向かって叫ぶ。があれ、彼の言っている内容が分かるな私。もしかして何かの才能に目覚めちゃった?


『良かっタ。翻訳ハ上手くいってるみたイだね。は、はじメましてお姉さん。サキかラお話はカねがね伺ッテおります。キュスタールと申しまス』

「あ、ご丁寧にどうも。私、咲の姉のうたと申します」


 こうしてエルフVtuberの私と、本物のエルフの、咲をめぐる戦いの鐘が鳴った。

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