第95話

「一旦戻って、服とか取りに行かないと」


浸水の被害を免れた僅かな物達は、アパートの管理室に置いてあると言われた。


「はぁ、困った」


「何が?」


横から聞こえた声に、私は驚きを隠せず勢いよく振り向いた。


「秋……」


再会した日以来、会うことは全く無かった。


今まで会っていなかったのに表現がおかしいけど、忽然と消えたというか、いなくなったような。


それよりも、


「どうしたの、その傷…」


「ん?あぁ、これね」


口元が赤く切れて、少し血が滲んでいた。


あの時の、怪我に似てる。


人に殴られた後のような感じ。


思わず手を伸ばしかけた時、パタパタと走る音が背中越しに聞こえる。


「…マ〜、ママ〜!」


呆然としていたから反応が遅くなった。


振り返る頃には、少し大きくなったまだ小さな存在が腕に飛び込んできた。


「ママ!」

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