闇色の軌跡 Ⅰ

さらみ

0-0 終わりの始まり

※暴力、残酷描写あり

※一部性描写あり
















12月25日、ドイツのとある邸宅にて。


一定のリズムを刻みながら滴り落ちる赤い雫が、じわじわと高級な白い絨毯の上に広がっていく。


「なぜ....だ....、〇〇...」


苦しそうな声で男は何を思っているのか、悲哀の眼差しを向け名前を呼ぶ。視線の先には真っ白の長髪に赤い目、貴族のドレスを着た9歳の少女。


足と手には枷、首には鎖がついていて先端は無造作に切れている。少女もまた、腕や足から血を流している。


『生かしてくれてありがとう。おかげでおまえをころせる』


「ァ.....ツ....ウァア...〇〇、、、」


とめどなく流れ出る血、この男の命は間もなく尽きようとしている。


『母さまは足だけ切って、シエルは痛みもわからないように殺したよ。大好きな母さま、大好きなシエル...かわいそう。おまえはさいごまで苦しめばいいよ』


まだ幼さが残る少女からは普通なら出るはずのない言葉。


感情も読み取れない、まさに【無】。


男の声には耳を傾けることなく淡々と話す少女。周りには誰の気配もなく、静寂のなか荒々しい息遣いだけが部屋に響く。


「後悔...することになる...ぞ、本当の敵は私では、、、ッツ」 

『...心配しないで?わたしがぜんぶ見つけだすから』


声を出すことも許さないかのように、腰から取り出したナイフを男の腹に刺しながらようやく応える。男からの返事はない。




ふと、誰かが歩いてくる音がした。


少女がナイフに着いた血を舐めとると同時に、流暢なドイツ語が聴こえてくる。


「ライ様、準備が整いました」

『......うん』


グレーのスーツで身なりを整えた、高身長でウェーブのかかった茶髪の若い男が少女に微笑みかける。


今来た男を一瞥し、少し考えたあとにもう一度血を流している男に向き合う。


男はすでに全身青白く声を上げることもできなくなっていた。全てが流れ出たような血溜まりに、生きているのか死んでいるのかも分からない。




『Auf nimmer Wiedersehen,Vater.

永遠にさようなら、父さま』




ニヒルな笑みを浮かべ男の首を削ぎ落とす。


9歳の少女とは思えないほどの残忍さに、隣に立つ男もまた敬愛の眼差しで笑みを浮かべていた。


『行くよ』

「かしこまりました。」


血溜まりを超え、いくつもの死体が転がる廊下を歩きながら、枷や鎖を外していく。


邸宅のメインとも言える大階段を降りたところで、小さい子どもと子どもを庇うように倒れる女がいた。


『よかった。ちゃんとシエルのとこに行けたんだね』


死体を見ておだやかに笑う。





「歩けるくらいには生かしておいたんですか?」

『ううん。両足を切ったから這っていったんだと思う』

「......」


二人の姿を見て一瞬哀れに思ったが、男はそれ以上何も考えることなく少女と一緒に外に出る。


雪がシンシンと降るこの日。

各国の街は盛大に装飾され、行き交う人は皆寄り添い、笑い合いながら聖なる夜を楽しんでいた。


丘の上からその明かりをただ見下ろしている少女は、隣に立つ男に命令する。





『ライアー、いいよ』

「はい」  


同時に邸宅が爆発し、またたくまに業火に包まれる。


『また、戻ってくるから。待っててね』


ぽつりと呟いた少女は全てを終わらせ、そして何かを始めようとしていた。



その眼は酷く冷酷だった。








しばらくして、遠くの方でサイレンが鳴り始める。



「そろそろ連邦警察も来る頃かと」

『あぁ。』



先ほどまで貴族のドレスを着ていた幼い口調の少女はもうどこにもいない。


そこには両脇に刀を差し、カトラスを太ももに。真っ黒の服に身を纏い、厚底のブーツを履いて背丈を高くしている女がいた。


「まずはどちらへ?」

『ベルリン、フランス。そのあと日本へ行く』

「ようやく始められますね」

『そうだな』


男と少女は炎に包まれた邸宅を背に、暗闇に消えて行った。







のちに高級貴族の邸宅が噂でしか存在しない殺し屋、


"零狼(れいろう)"と"赤狼(せきろう)"


によって一夜にして滅ぼされたとし、裏社会では【零赤のクリスマス】という名で情報が広まった。

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