第30話 遺跡兵の大剣
騎士の姿をした、巨大な
それは、暗闇の中でも他者を寄せつけぬ圧倒的な存在感を放っていた。
相手は馬上に座していた。
───座る高さは5フィート程度だろうな。ここまでの体格差だと、シュネル流は圧倒的に通りにくい。
オレがゼトロスの上に乗って……やっと同格の高さになるな。
アルウィンはゼトロスをちらりと見た。
けれども、彼は騎乗をしなかった。
シュネル流に必要なのは、足である。
身体全体で舞うようなステップを取り、相手に肉薄しなければならないのだ。
───その足の役割をゼトロスに任せようとも、それは不可能だろうな。シュネル流のステップは、そう簡単に獣の足で再現出来るものじゃない。
一応、シュネル流のステップに対応しきった馬というものは存在する。
けれども対応させるには途方もない年月を用いて訓練させねばならない。
そこまでする物好きな剣士はシュネル流序列第2位のジルヴェスタ・ゴットフリードやその配下達だけだ。
───途方もない訓練が必要だし……連携なんて全然ないオレとゼトロスには不可能だ。
いかにゼトロスが遥かな知性や圧倒的な身体能力を持っていたとしても、オレの剣に身体の動きを合わせることは困難だろうし。
そう、アルウィンは判断していたのだ。
───どうすればいいんだ、この
彼の頬に冷や汗が走る。
剣を持つ手は少しだけ傾いていた。
そんななかで。
ガチャガチャッと甲冑の摺れる音が響き、いつの間にか横薙ぎの大剣がゼトロスに迫っていたのだった。
「ゼトロス!そっちに行ったぞッ!」
「問題ないッ!アルウィン!」
斬撃の起動は大振りだった。
見事に見切り、優雅に飛び上がったゼトロス。
アルウィンが斜め横を見ると、体毛に覆われた身体が魔力を纏ったのか青白く輝いている。
───ゼトロスが動いた!上を取って魔法を放つ気なのか!?
───この隙を逃すのは惜しい。行かないと。
途端。
彼は縮地を最大層まで溜め、駆け抜けていた。
「アルウィン!行け!」
空中から三つの魔法陣と氷の障壁を展開させたゼトロスに、最上段からの大剣が迫っていった。
その大剣の間合いの内側を目指して駆け抜けていくアルウィンの影。
ゼトロスの両眼が空中で光った。
途端。
それぞれの魔法陣から幾多もの氷弾が形成されていき───それらは次々と
ゼトロスは氷属性大魔法の
けれども。
氷弾など構うことなく大剣は真っ直ぐにゼトロスへと振り抜かれていく。そして───ベキベキッという音と共に障壁を粉砕するのだった。
剣の勢いは止まらない。そのまま、本体を潰すように振り下ろされていく。
地面を叩き割る、強烈な破砕の調べ。
衝撃波が同心円状に広がり、部屋の壁が大きく震えていた。
砕かれた床の破片が、煙となって周囲に立ちこめる。
───ゼトロス……!!大丈夫か!?
その音を聞いても、アルウィンは振り向くことなく真っ直ぐに突き進んでいた。
この隙を最大限に利用するためだ。
煙が晴れた時、その剣にゼトロスの血液などは付着していなかった。
ゼトロスは張った障壁を目眩しにして、大剣の衝撃の範囲から見事逃れたのである。
───良かった。ゼトロスの魔力は未だ無事だ。
魔力感知で気が付いたアルウィンは、前方を見た。
───今……この隙ッ!十分だ!
アルウィンは勢いよく踏み切り、床を蹴り上げていた。
そしてそのまま、機械の馬の前脚にある関節を足場にして再度蹴り上げる。
ガクンと鳴った音が、微かに空気を揺らしていた。
その音は、彼らの蹴りで体勢を崩した
───いける。
「やってしまえ!アルウィン!」
脳に直接響くようなゼトロスの声に、アルウィンは力が湧き上がってきた感覚を覚え───そのまま。
空中でそっと身体を背面に逸らし、前方向に体を捻っていたのだった。
狙うは、
ひんやりと冷たい剣を左肩の後ろ側に回した彼は、声高々に叫んでいた。
「シュネル流!!〝辻風〟ッ!!!」
炸裂した火花が、バチバチと辺りを照らしていた。
胸部にあるコアを破壊すれば
彼の研ぎ澄まされた剣は、確りと狙った箇所へ吸い込まれていく。
しかし。
剣から放たれた音が、空気を一変させたのだ。
それは、快音ではなかった。
胸の装甲に完璧なまでに防がれた、耳鳴りに似た鈍い音だったのである。
「クソっ、上手く行かなかったか!」
アルウィンは身を翻して
───今までの
甲冑の下にある関節から狙うべきか。
アルウィンがこの時感じていたのは、
───どうやら、この隙にゼトロスが後方へと回り込んだんだな。
再度斬りつけるため足に魔力を纏わせながら、彼はふうと息を吐き、再度構えていた。
けれども。
目の前のアルウィンにしか気が付いていないのか。
はたまたゼトロスにも気が付いていても敢えてそうしているのか。
ゴォォォォッと空を斬る音は低く、圧倒的な破壊力を内包することを完璧なまでに示唆させてくれる。
「今度こそ!」
その大剣と同時に蹴り、跳び出していたアルウィン。
その身体は前傾姿勢となり、縮地を発動させながら機械馬の頭から大きく駆け上がっていた。
「〝
それは、前方へ回転飛びをしながら斬りつける技である。
アルウィンはその狙いを
───今狙ったのは、
「はああああああああッ!!」
アルウィンの激しい力み声。
この
甲冑というものの殆どは装備者に機敏な動きをさせるために、関節部分など動きの基軸になる箇所の内側は装甲で覆わないことが一般的である。
彼の狙い目は、その覆われていない部分だったのである。
アルウィンは
辺りに響いていた音は高い音。彼の手に残った感触は浅かったのだ。
アルウィンが振り返ると、やはり。
彼が斬りつけた箇所に浅い傷は入ったものの、その太刀筋は深くまでは入っていなかったのである。
「マジ……か」
彼の顔は、暗闇でもわかるほどに悔しさの色を放っていた。
「落ちつけ、アルウィン。我が相手をすればよいだろう?」
アルウィンを諌めるゼトロスの声。
ゆっくりと前に出たゼトロスの姿を見ると、彼は深く息を吸い込んでいた。
「ゼトロス、ありがとう。こいつ、オレの剣術と相性がかなり悪そうだ」
彼が剣を眺めると、幸いなことに刃は欠けていない。
それを見て、安心したように頬を緩ませる。
───オトゥリアだったら、あいつの奥義の〝
アルウィンは、未だ目を覚まさぬオトゥリアをちらと見る。
───けれど。
オレはシュネル流を棄てられない。いや、棄ててはならない。オレは……シュネル流だけでオトゥリアと同じ場所へ並び立つと決めたのだから。
「……だけど、ゼトロス。
オレにまだ時間をくれ。まだオレはやってみたい。だけど、勝ち筋が見つからないんだ。お前はどうだ?オレの動きを見ていただろ……?オレはどうすればいいんだ?教えて欲しい」
彼のその真っ直ぐな目は、暗闇の中でもゼトロスに届いていた。
───大陸全土にオレの剣を広めるためには、こんな
アルウィンは更に深く息を吸い込み、
「ふむ……そうだな。剣を狙ってみるのはどうだ?模擬戦闘の時に何度も相手の剣を奪っていたであろう?」
「剣?」
───非常に重い、
上手く技を合わせれば、確かに手から離すことも出来なくはない。けれど、そうした所でどう変わるんだ?あの防御力をどうにかしなきゃいけないのに。
「アルウィン、貴様の剣であれば可能なはずではないか」
「出来るけど、剣を奪ったら確かに攻撃は無力化できる。だけどあの防具も、内側の本体もオレの刃を弾いてくるんだ」
「簡単だぞ、アルウィン。貴様の剣の性質もある程度理解した上で、解決策は思い至っている。我に任せよ」
………………
…………
……
ゼトロスが伝えてくれた作戦。
それは確かに画期的なものであった。
───これならば問題なく、
そう、アルウィンは考える。
「やれるか?」
「当たり前だろ!オレはやるよ」
目に宿った信念が、彼を両足で立たせていた。
───さあ、これで終わらせる。
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