第2話 突然の連絡
「はあっ……はあ」
相手の男は3ヤードほど後方に転がっていた。
相対するアルウィンは、右手を相手に差し出して起き上がらせる。
「はぁぁっ……アルウィンさん、やっぱりすごいな……!僕の奥義を基礎技だけで完封したんだから……!」
相手はレオン・ルーベンスという王国騎士団の男。若干18歳にして遊撃隊の隊長という肩書きを持つ、ヴィーゼル流という剣派の若手であった。
ヴィーゼル流はいかに相手よりも先に攻撃するかに重きを置いた流派である。
ヴィーゼル流の門下生は100万人もいると言われており、大陸南部最大規模を誇る剣派。
その剣派の最大の特徴であるのは、予備動作を限りなく減らすことを突き詰めた無駄のないシンプルなスタイルの剣技だ。
いかに素早く相手を斬り裂けるか。
ただただ単純な勝利のために、全神経を注ぐ流派である。
極めれば一撃で相手を斬って倒せるため、被弾することがない無敵の殺戮兵器と成り得る剣技なのだ。
そして、レオンが先程やってのけたように、まるで雷のような直線的な動作が特徴的な流派でもある。
レオンのヴィーゼル流での現在の序列は10位という、将来の剣聖候補と呼ばれている程に期待値が高い剣士である。
そして彼は子爵家出身でもあり、王国からも教養と武術の高さから信頼を置かれているという大物なのだ。
シュネル流は使用者が300人程度と、他の流派と比べてみても圧倒的に少ない。
ヴィーゼル流剣士3000人につき、シュネル流がようやく1人というところだ。
しかし、オルブルや先代の剣士たちに他派との交流があったために、今でも定期的に他派と交流戦で研鑽をしているのだ。
一方で、現在のアルウィンの序列は5位。オルブルを首位として、次席にこの地の領主であるゴットフリード辺境伯のジルヴェスタ、隣国のアレジーナ共和国の豪商アリックス、ゴブリン族の老人ベルラント=ゲクラン、そしてアルウィンだ。
ジルヴェスタ・ゴットフリードは、近年、王国と教会からの圧力のせいでなかなかオルブルの下へ顔を出せていないが、序列2位として確固たる実力を持つ男だ。
「オレもかかり危ないところが沢山あったし、レオンさんに誘導されることも多かったからなんとも言えないよ……
オレが勝てたのは……レオンさんの魔力の流れが解ったからだし」
アルウィンが勝てた主な理由は、彼の言う通りレオンの魔力の流れを把握出来たということが大きかった。
シュネル流の基本は、相手をよく見ること。
相手の魔力の流れを見て動きを把握することで、受け流しや、相手の攻撃を掻い潜っての狙いが研ぎ澄まされた一撃などを放つことが出来るのだ。
要するに、魔力が漏れているレオンの剣技はシュネル流を極めたアルウィンの格好の的なのだ。
「いや……そうだよね。魔力の制御は課題だなぁ……
あそこでどうにか出来ていれば勝てたのに惜しいや…!
また今度誘われたら行くから、今度こそ君に奥義を使わせたい!
その上でアルウィンさん、君に勝利させてもらうよ」
レオンはそう言ってアルウィンに手を突き出した。
「待ってる。でも次もオレが勝つから」
アルウィンもその手に応じ、固い握手を交わす。
周りで見ていた剣士たちも2人に熱い声援を送った。
「君の騎士団入りを首を長くして待っているよ」
「そこについては…奥義も全部習得したし、金も溜まっているから今年の夏には剣舞祭に出られそうなんだ」
「おお!ちなみになんだけど、なんて言うか…僕って王国騎士団内で結構地位が高いんだよね」
少し照れくさそうに告げるレオン。
それを知らなかったのか、アルウィンは口をあんぐりと開けていた。
「えっ、そうだったのか?貴族生まれなのは知ってたけど…
もしかして、政治の中枢にいる家柄の出身だったり……?」
「いや、そこまでじゃないし、騎士団に生まれは関係ないから」
聞いたアルウィンは目が点になっていた。
「そう…なんだ」
「僕、一応遊撃隊の隊長をさせてもらってるんだ」
「えっと…うん?」
「騎士団にはいくつかチームがあるんだけど、隊長格の人たちは新兵を自由に指名できるんだよ」
「えっ……レオンさんってそんなに偉かったんだ……あっ、ですか」
「ねぇ急に改まらないでよ……今まで通りタメ口でいてくれよ」
「う……うん」
「話を元に戻すけど、僕は君を自分のチームに引き入れられるんだ。僕としては、君には僕のもとで剣を振るって欲しいな」
「オレは…その…」
レオンはアルウィンの口調と表情から、彼が誘われたことへの嬉しさとまた別の感情がせめぎ合っていることを察知した。
しかしそれについて言及するのは野暮だろうと思い、言及を控える。
「オレさ、幼馴染が王国騎士団にいるんだ」
「えっ……?」
驚きの表情を浮かべるレオン。
「オトゥリアって名前なんだけど…知らない?
オトゥリアは凄く強くって、オレは一度も勝てなかったんだ」
「オトゥリア……?そんな人…知ら…
あっ、待って。〝鈴蘭騎士〟のことかな?
僕は直接会ったことは無いんだけど、たしかその人は5,6年前に騎士団にやって来て、今は王女殿下の護衛をしているはずだよ」
「多分その人だ!2つ名を持ってんのか!
凄いなオトゥリアは!」
アルウィンは餌を待つ犬のように目を輝かせた。
先程の鬼神の如き形相で剣を振るっていた者と思えぬほどの豹変ぶりである。
「まだ本当に鈴蘭騎士かどうかは解らないけど、田舎出身で大出世した女の子って聞いたことあるからたぶん確定かな」
「マジかよ…!オレ、オトゥリアに会いたいんだ。
だから昔、騎士団に入って背中を追いかけるって約束したんだ」
レオンは「男らしくてカッコいいじゃん」と一言。
「オトゥリアに会いたい気持ちは強いから、もしも王女サマの護衛になれるなら…そっちに行っちゃうと思う……ごめん」
「それは残念だなあ…でも、君ほどの力があれば近接戦闘だったら最強の護衛になれると思うよ」
「王女サマを狙う暗殺者は魔法使いもいるよね…」
「だから、
「うーん、これは褒められてるのか?」
「若干からかってるけど、褒めてるよ。それに魔法とかを防げる防御魔法なら、左手を使わないシュネル流剣士でも習得できるかもしれないし」
「防御の魔法…教えてくれるそうな人、いないな…」
そう、アルウィンはぼそっと呟いていた。
………………
…………
……
アルウィンとレオンの2人の談笑はカラスが眠りに帰る刻まで続いていた。
ぱちぱちと爆ぜる篝火の炎の音が、2人の会話に独特なリズムをもたらしてくれる。
レオンは「剣舞祭を見に行くから楽しみにしてるよ」と告げて、帰り支度のために宿舎へと戻って行った。
夕刻の赤い光が鋭く差し込む庭に、空を斬る音が響く。
オルブルは素振りをする影を見つけ、声をかけた。
「アルウィン…話がある」
低い音がピタリと止み、アルウィンは振り返ってオルブルを見た。
「どうしたんですか?」
オルブルは少し目を細め、しばらく沈黙を続けたあとに声を発した。
アルウィンは何を言われるのだろうかと身構える。
「さっき……お前宛に連絡が届いてな」
「はい……?」
困惑したアルウィンに、オルブルは続ける。
「アルウィン。
ある人物からお前にホッファート公爵領のダイザールという街にある迷宮を攻略するよう要請されている」
「えっ、迷宮?」
アルウィンは予想外の単語に、拍子抜けして口をぽかんと開けた。
「依頼人との面会日は明日。面会場所はダイザールのとある宿舎だ。
誰からの手紙かは……まだ伝えられないが、お前は迷宮に行かないと一生後悔することになる…かもしれんぞ」
「えっ、なんで優しそうな言い方なのに脅してるんですか?
隠し事をしてるのは師範らしくないですよ」
「うるさい……
とりあえず、ダイザールの迷宮は王都への道の途中にあるから、支度をして王都へ戻るレオンくんと相乗りでもしておけ。事情は伝えてあるから」
「えっ、急すぎますって」
「さっさと支度して来い!
文句があるなら後でレオンくんにでも愚痴っておけ!」
師範オルブルは重要なことをはぐらかしたため、アルウィンはあまり理解出来なかった。
けれども、師範からやれと言われたことは全てやってきたアルウィンである。
急がなければならないが、迷宮攻略には興味があった。
国境を成す山に陽が沈みかける頃、旅支度をしに向かう影が風のように駆け抜けていた。
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