第12話 賊軍の騎士
ジルヴェスタの率いる騎馬隊50名が横から盗賊軍を大きく喰い破るも、その時。
ゴゴゴゴゴッという地響きに似た音が、彼らの右手側、つまりは盗賊団の拠点から轟いたのだった。
その音を聞き、ジルヴェスタはフンと鼻を鳴らす。
その音の正体とは、盗賊軍の城の扉が突如として開かれた音だった。
「「「!!!!」」」
そこから現れたのは100騎程の騎馬隊。
次々に門を抜け、数的には半分であるゴットフリード軍の騎馬隊の後部を目指して突き進んでくる。
恐らく、中央の部隊と騎馬隊100騎でゴットフリード軍を挟撃しようとしているのだ。
後方から俯瞰的に見ているアルウィンの頬に、冷や汗が滴る。
けれども。
ジルヴェスタが賊軍の中央軍に突入する瞬間を見たテオドールは、遅れるアルウィンの位置を振り返って視認。無事を確認すると、命令通り本体から離脱した。
アルウィンを除く5人は目立たぬように縦1列になり、冒険者の背を借りて要塞の裏口へと駆けていく。
最後尾に就いたのはレリウスだった。
そして、再び半身で振り返り、「合流地点で待ってるぞ」とアルウィンに目線を送るテオドール。
───その前に、オレが追いついてみせるさ。
アルウィンは更に馬を駆けさせた。
中央へ向かう冒険者の背中を見送りながら、力一杯手網を引き寄せる。
馬は応急処置をしてくれたアルウィンに感謝の意を示したいのか、どんどん加速する。
風を切る感覚が、頬に当って前髪を揺らす空気が心地いい。
レリウスの背中に迫るアルウィンの馬。
が、しかし。
レリウスを追いかけるアルウィンだったが、敵騎馬はジルヴェスタの騎馬隊の背後を突こうと動いていたために不幸が起こったのだった。
「ん!?
一騎、逃げ出す臆病者が居るなァ!」
ゴットフリード軍の背後に迫ろうとしていた賊軍の騎馬隊。そこにいた前から3列目の騎馬が、アルウィンの存在を発見してしまったのだ。そして、先頭にそれを仄めかしている。
どうやら、アルウィンを脱走兵だと勘違いしているらしい。
すると、先頭の騎兵から声が発せられた。
「俺が出る。ゲン担ぎに殺しておこう。
お前らの突破力は高い。直ぐ合流してゴットフリードを討つから花道を開けて待っていればいい」
「それは必要ないなァ。ゴットフリードを討つのはテメェじゃねェ。俺だ」
賊軍の騎馬隊の下品な笑い声。
中央へ向かう冒険者を隠れ蓑にしていたものの、アルウィンはその隙間から敵騎馬隊に発見されてしまったのである。
最後尾を走るレリウスとの間に遅れがあったことが裏目に出たのだ。
途端、アルウィンの顔面は青一色に染まる。
───やってしまった。オレが遅れたせいで、奇襲部隊の存在がバレたんだ!まずい、オレが注意を逸らしてあの5人を行かせなきゃ!
すぐさま、アルウィンは馬を右に90度旋回させ、いかにも戦場に臆した脱走兵の如く森へと急ぐ。
そのアルウィンのあたふたしている所を視界に捉え。
彼をゲン担ぎに殺そうと、敵騎士はこちらへ迫って来ていた。
迫るのは1人の騎兵のみ。後続は若干勢いを緩めたものの、そのままゴットフリード軍の背後を取ろうと駆け抜けている。
アルウィンは、どうにか注意を逸らし、テオドールらの存在を敵騎士の視界に入れまいと必死だった。
が、アルウィンのその行動が吉と出た。
敵騎馬がゴットフリード軍の背後を突く前に、50の騎馬隊は皆中央の賊兵の中を蹴散らし、見事に突き破っていたのである。
それは、アルウィンの発見によって生じた敵側の僅かな遅れが理由だった。
冒険者らを正面とすると、その奥で戦っているのが賊兵らだった。
そしてその右側から左側に突き破りながら抜けたゴットフリード軍の騎馬隊に向かって、右からゴットフリード軍の作った屍体の道を突き進む敵騎馬隊。
その状況を作り出せたのは、アルウィンが敵の先頭の騎馬の意識を逸らして後続を遅らせたためであった。
けれども。
抜けた一騎が、未だにアルウィンの背を追っている。
「おい!ガキ!もしや俺を見て臆したのか!!小便ぶちまけながら帰るってんなら命は助けてやるよ!ゲハハハハッ!!」
───相手は1人だけど、先頭にいた人ってことは突破力がある人だ。ジルヴェスタおじさんみたいに。
だけど。
ここでオレが倒しても……いいんだよな?
アルウィンは大きく息を吸い込み、馬を反転させ、追ってきた敵騎士に向き直る。
敵騎士の手には長柄の
鎧すら断ち切る、破壊力の高い武器だ。
本来は両手で持つ武器であるが、敵騎士は片手で悠々と持っている。
とてつもない筋力がなせる技だ。
「おい、逃げた癖に正面から受けるのか。
とすると……目的は陽動か。
しかし……こんなチビに時間を潰されようと俺が合流してゴットフリードを討つことは変わらねェ」
戦斧を肩に担いた敵騎士。
その姿に対し、心臓の鼓動が早鐘を打つアルウィン。
───早く合流するためにも、この人を討ち取らないと……!
震える手で、アルウィンはじゃらりと剣を抜いた。
人を殺せる、白銀の光。
この剣が命を奪い取るかもしれない初めての人間、それが目の前にいるのだ。
人を殺すという経験など、12歳の彼には一度たりともない。
しかし、ここで直ぐに倒さなければ作戦は破綻するし、オトゥリアと会う場所は墓場になってしまう。
そして、大前提としてシュネル流は人を殺すための剣だ。的確に相手の弱点を突くという流儀は、的確に相手を殺す一撃を放つということと同義である。
───オレが、この人を倒さないと。
その目に、微かに光が差した。
途端、湧き上がる勇気。そして、取り戻していた草原に吹き抜く風のような平静さ。
基本的に、馬上ではシュネル流は不向きである。有利に働くのは戦斧の方なのだ。
この馬も、ある程度はシュネル流に対応出来る馬だと言われているが、貸し出された理由は早く裏口へ回るための手段としてであり、戦闘用ではない。
ならば、出来れば敵を馬から落としてこちらと同じ土俵で戦いたいところ。馬から降りていれば、こちらに勝機は大きく傾く。
───なら、初撃で狙うのは馬だ。
アルウィンは馬の腹を強く蹴っていた。
そして。
「シュネル流ッ!!!〝
「死ねェェェェ!!」
横一文字に大きく振り抜かれた戦斧。
互いの武器が激しい勢いで交錯……しなかった。
「ヌァァァァァァァ!!」
敵騎士の激しい力み声。
アルウィンは戦斧の軌道を瞬時に察知し、体を大きく反らして薙ぎ払いを回避していた。
次いで。
相手の大きく出来た隙に乗じ、戦斧のリーチの内側に身体を潜り込ませていたのである。
そして、その潜り込んだ瞬間に馬へ一太刀。
首を斬り裂けたものの、まだ浅い。
「なぁっ!?」
相手の騎士の驚き声がまだ終わらぬうちに。
アルウィンはそのまま、右手に握った剣で起き上がりざまに斜めの剣閃を放っていた。
彼の目は、エメラルドグリーンの輝きを放っていた。
迸る鮮血。
アルウィンの本来の狙いは、馬の頸動脈であった。
2撃めの太刀筋が走った箇所は狙い通り。馬の首元を深々と抉っていた。
「テ……メェ……!」
狙いが馬だと解った途端、声を荒らげてよろけた敵騎士。
手網を引き寄せようとするも、血を噴き出して絶命した馬は踏ん張ってくれるはずもない。
そのまま、前から崩れ落ちた馬に投げ出された敵騎士は地面を転がった。
ガシャガシャと音をたてながら。
回転の影響か、敵騎士の被った兜は投げ出されて顔面が顕になる。
ボサボサの茶髪の間から光る血走った目。
爛れた皮膚を覆うようなタトゥーの痕。
そして、人を食い殺すことも出来そうな、獣のような鋭い牙。
子供が見たらトラウマとなり、数日間は悪夢に出てきそうな形相の男であった。
───早めに馬から落として正解だったな。こんな男が戦斧を振り回しながら突撃してくるなんて考えたらタマが縮こまっちゃいそうだ。
「ッの野郎……馬を狙いやがって」
怒りで顔を歪めたその形相は、絵本で読んだ龍種のような嚇怒だった。
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