過去の愛と今の恋-4
バッキンガム宮殿からリージェントストリートまでは2階建てバスで行く。地味に実は初めて乗る私はバス停で待っているだけでも気分が高揚してくる。
「実は乗るのは初めてなんです。2階でいいですか?」
2階建てバスの2階部分には屋根がないので夏の陽光に着くまで晒されるわけだが、大した時間ではない。バスが来て、後部にいる車掌さんに運賃を払い、2階への階段を上る。座る席もあるが、立っている人の方が多い。
「うわーこうなってるんだあ」
「僕も2階は初めてだな」
私はオープンエアの雰囲気を楽しみ、普段は見ることができない高さからロンドンの街を眺める。バスが進み、人や自転車を追い抜いていくのを鳥瞰するのはとても面白い。2階建てバスはすぐにリージェントストリートに着き、リバティデパート前に至る。注意して階段を降りるが、ルーカス先生がきちんとエスコートしてくれる。手すりがあるからエスコートなしで大丈夫なのだが、私はもちろん甘える。
リバティデパートはバス停の目の前にあった。下調べしたところ、リバティデパートは英国で最も有名なテューダー様式の建物だということだった。イギリスで15世紀から17世紀初めごろに流行した様式で、柱や梁、筋交いなどの木造骨組みの間を漆喰などで埋めて壁にするので、なんとも独特な雰囲気がある。柱や梁は黒く塗られており漆喰の白と合わさってコントラストを描いている。建物の完成は1924年。英国海軍の古い戦艦の木材が使われているというのもストーリーとして面白い。
デパートの中に入るとお花屋さんがあり、高い吹き抜けがあり、その吹き抜けには縦に長いシャンデリアが輝いている。店内は小さなお店が並んでいるように配置されていて、思ったよりも落ち着いている。特別な空間な気がするが息は詰まらない。とても不思議な感じだ。吹き抜けの周囲にある螺旋階段も木製で、きれいに彫刻が施されている。何も買い物しなくても楽しい場所だと思う。
まずは2階のカフェで昼食にしようとしたが、時間が時間なので混雑しており、後回しにする。なので先にお買い物だ。
「先生、私にどんな服を着て欲しいですか?」
「昨日も言ったけど、長く着られそうな白系のワンピースがいいかな」
「白のワンピースを堂々と着られる歳もあと少しですよ?」
私も22歳だ。少女といえる歳ではない。もうアルコールだって飲めるのだ。
「ならその間に着られるものを」
ふふ。こんな会話が自分でもおかしい。笑ってしまう。
私はレディースものを扱っているブースで何着か試着し、ルーカス先生の反応が良かったものを選ぶ。ルーカス先生は特に何も言わず、何を着て見せても似合うとしか言わなかったが、実際のところは表情でわかった。試着したまま白いワンピースを購入し、私たちはそのブースを後にする。タータンチェックのワンピースから白のワンピースに着替えると私の雰囲気は激変した、と思う。次に靴を選ぼうという話になり、普段使っている靴ではなく、ちょっとだけオシャレな、でも普段使いもできる靴を買って貰う。帽子も白のワンピースに合わせて買って貰う。
全部合計すると結構なお値段になってしまったが、ルーカス先生が喜んでいるので私は甘んじることにする。そしてだいたいの買い物を終えたので、私はルーカス先生にこうお願いした。
「先生もスーツを新しくしませんか?」
「いや……やめておく。もうカフェが空いているころだから」
もう午後2時になろうとしていた。着替えた服と靴は宅配を依頼し、その後2階に行く。そしてカフェでキッシュロレーヌのセットを食べた。ベーコン、チーズ、ほうれん草で、紅茶とケーキが付いたがちょっと軽めの量だった。でも美味しい。
「あー 幸せー」
「そうだね。いい1日になりそうだ」
ルーカス先生は私よりずっと早くお皿を空にしていた。足りなさそうだ。
「次はベーカー街だったかな」
「ええ。何があるというわけではありませんが」
ベーカー街221Bが架空の住所であることは子どもでも知っている。しかしシャーロック・ホームズに慣れ親しんだ私としては是非とも訪れなければならない聖地だ。
白いワンピースを身にまとい、幅広の帽子を被り、リバティデパートから出て、再びルーカス先生と腕を組む。身長差がかなりある。男に若い女がすがりついているように見えるかもしれないし、年齢差があるのでそもそもカップルには見えないかもしれない。それでもこの時間は私にとっては宝石のような時間だ。
ずっと好きだった人と腕を組んで街を歩く。
これほど幸せなこともないだろう。
再び2階建てバスに乗って、ベーカー街へ。高級住宅街から商業地区に変わりつつあるエリアにあるベーカー街は、どうということのない普通のロンドンの街だった。が、それはそうだ。単にシャーロック・ホームズが住んでいるという設定があっただけなのだ。しかしそれでも、ここを実際にコナン・ドイルが歩いてきて、きっと取材していたに違いないと思うと、ある種の感慨を覚える。
ベーカー街を一通り歩いても、時刻はまだ午後4時過ぎだ。
今日という日を終えるにはまだ早すぎる。
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