最終話 素晴らしき終焉
———眼を覚ましたゴロウ、イチロウに背後から抱き締められて居たイツモの朝。口元が血で汚れて居る筈..全身が水でビショビショの筈..「クンクン」自身の体臭を嗅ぐゴロウ。だがゴロウの鼻腔に入って来る匂いは、後ろで寝て居るイチロウの牛乳みたいな体臭だけだ。如何やら体も濡れては居ない。だが一つだけ確信できる事が在る。身体も精神も異常に疲れてて眠い。今日は日曜日、今何時か分からないが家は静か、アカネも未だ寝てるに違い無い。後ろのイチロウは「スゥスゥ..」可愛い寝息を立てて居る。二度寝は正義、ゴロウは再び落ちた。
残り三食となった貴重な一食を光速で食べたゴロウ、今朝のドッグランでアキラとミスズに別れを告げる。獣達に女々しい最後の別れの流儀など無い。もしも在るとすれば、芝生の上で思いっ切り精一杯駆ける事。宇宙からの恵み、朝露の雫。ソレを全身に浴びては青々と光輝く緑色の地球。全身を朝露で派手に濡らして緑色の上を駆ける二人。二人の漢達は肩を並べては激しく打つかり合い、
「ウガアアッ!」牙を剥き出しにして本気に殴り合う。こんな漢達の此れ以上の描写は果たして必要か?お願いだ、如何か今だけは只喧嘩をさせてくれ、そっとしておいてくれないか?
ゴロウとアキラに比べ、ミスズ姐さんの四本足は致命的に短足。
「ブヒブヒ」言わせてはミスズ姐さん、若人の漢衆二人の背中を追う。コレが人間社会で在れば、ミスズ姐さんとの歩調を合わせる事は正義。否や。獣の世界には無い。人類が獣だった時代、本来持って居た弱肉強食の冷酷且つ儚い世界が獣世界には深く残る。
「ブヒブヒっ」二人を追って必死に駆けるミスズ姐さん。視界遠くに映る二人の逞しい勇姿
(アアンっ!漢ってえ、青春ってぇ良いわあッ!)
「ブヒブヒ」言わせながら駆けるフレンチブルドッグのミスズ姐さん年齢不詳、人生死ぬまで恋愛対象。
「ハぁハぁハあ..」
水飲み場で最後の盃を酌み交わし合う二人の漢
(この漢の世界に女の私何か入っちゃダメ..)
ミスズ姐さんはコノ盃には口を付ける事は無かった。
「ペロは気立てが良くてオットリしてる良い奴なんだ、明日から如何か宜しく頼む」
「おおっ、任せてとけって!..友よ、又会おう」
「ウぅぅ..寂しくなっちゃうけど、前向いて生きなくっちゃネ!ゴロウちゃん..達者でね」
ドッグランで始まった呆気無い出逢いはドッグランにて呆気なく幕を閉じる。人間社会みたく記念撮影をしたり、二度と連絡しないのが前提の連絡交換など一切しない。
獣達、今生の別れ
最終日の日曜、この日は朝から四本脚で踏む地球の地面の感触を改めて噛み締めて歩くゴロウ。
「アラっ、嫌だ、殺人事件ッ?!」
台所(兼食堂)には十四型のカラァテレヴィジョンが置いて在る。此れを点ける時は専らアカネが料理をして居る場合のみ。食堂でのテレヴィジョン鑑賞は御法度、料理を作った相手に失礼。なのでバックグラウンド音楽の代わりみたいな存在だ。今の時間は十一時五十三分時、イチロウ達は家の庭で遊んで居た。もしかして勘違いかも知れないがイチロウ、父親ゴロウの遊びに対する気合いがチト本気?何度もゴロウに甘噛みされた。
「駄目だっイチロウ!お父さんがこう動いたらオマエはコッチに動け!でなければお前は殺られるぞッ!」
気が付けば引っ掻き傷だらけのイチロウ、其れはその筈、ゴロウにとって今日が最後の日となる。人間時代に培った帝王学を愛息子に伝授中。四歳児と云え侮るべからず、イチロウも真剣な眼差しでゴロウに打つかる。
アカネは昼食の準備に取り掛かって居た最中、点けて居たテレヴィジョンの朝の情報番組が急遽変更となり、家の近所での殺人事件の実況放送が映し出された。
「直ぐ其処の家じゃない?..可哀想、未だ十二歳の男の子って..ミチヲ君、って云うんだあ..」
一瞬だけアカネは狼狽えたが、直ぐ平常心に戻った。
(人間死ぬ時は死ぬわ、運命よ..)
もう時期やって来るイチロウにはコノ事は伝えない、怯えるだけだ、用心したって死ぬ時は死ぬ。一瞬を一生懸命に生きてたら死など全く怖くない。
「イチロオォ?!ペロおぉ?!お昼ご飯出来たわよおッ!」
昼食の後、アカネは料理教室の仕事場に向かい、明日の授業内容の再確認。ゴロウとイチロウは、又再び表の庭で格闘を繰り広げる。生活の糧となる仕事場から、直に庭で楽しそうに遊ぶ息子達を眺めながら仕事が出来る幸せ。こんな事が当たり前だと人は云うのなら、だったら彼等の思う幸せって何だろう?私は今、息子達の姿を見て閃いた!明日の教室の具材は“豚カツ”に決めた。ペロとイチロウが、あんなにも一生懸命真剣に遊んで居る光景を見たら、何故だかゴロウの事を思い出してしまった。そう云えば最近作って無かった豚カツ、明日はチト趣向を凝らした豚カツを生徒の皆さんに御紹介しよお!その為には先ずは今晩、試作品を作らないと!
季節は夏に向かって居ると云う事で、午後十七時を過ぎても表は遊べるには充分に明るいし、暖かい。オヤオヤ..何時の間にか上半身裸のイチロウ、未だゴロウと庭で寝技の修練中。
「良しッそうだイチロウ!敵がこうやって来たらお前はソッチ側に構えるんだ!良いな?だけど良いか、もしも相手が“パンパンっ”ってイチロウをタップしたら、どんな相手でも攻撃を直ぐ止める事。其れが漢だ」
「うんッ!」
「クンクン..くんくんくん?(今日はトンカツだあッ!)」
「くんくん..クンクンクン?(今日は豚カツかあ..良いねえ)」
豚カツの日は二人にとって直ぐに分かる。芳ばしい油の匂いが家の表まで香って来る。表は未だ未だ明るいがソロソロお家に戻ろう、そして晩御飯の前に一緒に御風呂に入ろう。
「イチロウ、今日は久し振りに犬用シャンプウでお父さんの全身を洗ってくれるか?そしてお父さんと御風呂上がったら、イチロウのベッドを引っ繰り返してくれないか?お父さんにソレは出来ないからお前の手助けが必要何だ。」
「ウン!分かったぁ、大丈夫ぅッ!」
最後の晩餐の前の最後の父子の風呂場での濡れ場の描写は、ゴロウちゃんからの要望が在って今回は割愛。コレが最後の父子水入らずの大事貴重な場面なのだ、確かに理解は出来る。
風呂から上り、イチロウの自室に戻ったゴロウ達、イチロウがゴロウにお願いされて居たベッドを捲る。
「ア、お父さん、なんか箱が在るよぉ」
「在ったか?そうソレ、それだ。それでさ、其の細長い箱をお父さんの口に噛ませて欲しいんだ、落ちない様に..ほおほお、もおひょっろヒギのヒバひはまへへふれ、フワイ!(そうそう、もうチョット右の牙に咬ましてくれ、上手い!)」
イチロウの部屋でゴロウ達が格闘中、台所ではアカネが最後の豚カツを揚げ終えては箸で持ち、余分な油を鍋で振って居た。
(ヨシ、出来た!)
食卓には既に食器類、お櫃や他の料理が準備されて居て、後はコノ最後の豚カツの出番待ち。
「イチロオォ?!ペロおぉ?!晩御飯出来たわよおッ!」
「はあいッ、今行くうゥ!」
「ウウォォォォォン(アカネェェェェっ)..」
今日は合計軽く八時間は庭で出稽古をした二人、お腹がペッコペコ。
「ドタバタドタバタっ!」激しく床を叩きながら台所に走って来るイチロウと、
「ペタシャカペタシャカっ!」優しく肉球と爪を鳴らしながら駆けて来るゴロウ。
「お母さあんッ、これをペロがお家の何処からか見付けて来たよおっ!」
先に台所に入ったイチロウを追って、口に細長く薄い箱を咥えたゴロウもやって来た。床の間故に、犬のゴロウにはチト立ち止まるのが難しいみたく、勢い良く止まったアト九〇センチメェトル程床の上を滑って、台所水廻りの引き戸に顔面から激突!チト頭痛が残る。
「キャハッ!もおォォ..駄目じゃ無いペロおッ!?そんなに一生懸命走ったらあッ?!」
この勢い具合其のものがペロが咥える箱には込められて居るのだ。多少の打ち身などドンと来いのペロ。漢は叩かれて強くなる。
体勢を取り直したペロがヨロヨロとアカネの足元に寄り添い、其処から彼女を見上げた。ペロが口元に咥える、薄くて細長い箱を見たアカネは瞬時に思い出した出来事。
(まさか..)
一度だけゴロウは彼女には腑に落ちない出張の数日間の過去が。先ずゴロウの部署には出張自体が滅多に無い事、そして彼からの説明がチトあやふやで辿々しかった事、チト今回は怪しい(もしかして..浮気?)、
直感でそう思ったアカネは、何とソノ空白の数日間をゴロウにバレない様に付けた。未だ料理教室をする前の事。この尾行にはイチロウはハッキリ言って邪魔だ、なので両親に事情を伝えて預かって貰った。揃って両親は「お前の誤解だよ、アカネ」と言って居たが、その誤解を解くのは私。念の為、身元がバレない様、顔面に唐草模様の“泥棒巻き”をしてゴロウの後を追った私。女と一緒に居る現場を発見したら即離婚だ。覚悟は出来て居る、そして覚悟しておけ、ゴロウ..。
だが結果的に女の影すら無かった、在ったのは一軒の包丁店だけ。其処にゴロウは合計三日間、毎日足を運んでは門前払いされて居た。だけど最後の一日は直ぐに玄関から追い出される事無く、小一時間程店内に居たみたい。その最後の日、ようやっと安心出来た私はゴロウを解放してあげて、次いでに私の心も大解放、其の例の包丁店に入ってみた。中は何の変哲も無いお店で様々な包丁が並べられて居たわ。個人情報は絶対に教えてくれないって知ってたから、お店の人にはゴロウの件は聞かなかった、だから家に戻って来てから此処のお店事を調べてみたの..
“特注の包丁、私が気に入ったお客だけに作ります。”
偏屈な包丁職人の店主が営んでるお店。チトよりもチト頑固でそして偏屈者、だけど彼が作る包丁は芸術品との呼び名も高く、世界中から問い合わせが絶えないとか。如何やってアノゴロウが好かれたのかは分からないけど、三日間通いっ放しで向こうが折れたのかしら?其れとも台本通り?
非ロマンティック主義のゴロウらしく、包装されて居ない箱だけの姿。その箱だって全面が灰色で無地だけの殺風景な物だ。記憶と記録が繋がった瞬間。アカネの『意識』に蘇るアノ時の嫌な自分。
(これはキットあの時の包丁に違い無い)
ぶっきらぼうなゴロウならではの贈り物。ぶっきらぼうに出刃包丁を贈られて悦ぶ女性が居るだろうか?否や。居ない。多分。
同じく非ロマンティック主義のアカネだが、このペロの演出にはヤラレタ。丁度ペロが頭を激突されたシンクの引き戸の所で洗い物をして居たアカネ、取る前から知って居た、其の箱の中身を。手に取る前から知って居た、私は腰を抜かして床に崩れ落ちた後に号泣する事を。全ては台本通り。だけど今回は抗いたい想いで一杯のアカネ、だがソレは叶う事は無かった。目の前に息子とペロが居て、自分を凝視して居るのが分かるアカネ。ペロが掲げる箱を両手で受け取ったアカネ、何時も料理をして居るから分かる、この重量感は包丁。箱の片方が異常に重力が在る。開けるまでも無く「ドスンっ」
ペロの涎がタップリと付いた箱を胸に抱き抱えてて床に落ちたアカネ、彼女が号泣する前にイチロウは其処から足音を立てずに隣の居間に出て行った。四歳児、漢の優しさ。ペロ?ペロは其処から一歩も動く事は無く、穢れの無い獣が持つ澄んだ美しい二個の丸い眼球でアカネを優しく抱き締める。そこからだ、俺のアカネが泣き出したのは..。アカネと俺に気を使ったイチロウが居る居間にまでも聞こえてるで在ろう号泣、良かったよ俺が犬で。俺には泣く事が出来ない、もしも俺が此処で一緒に泣いてしまったら場が白ける。だからせめて主人のアカネの哀しみを分かち合う為に俺が出来る事..何も言わずソッと寄り合う事だけ。
「フウぅぅぅ..」
アカネはひとしきり泣いた後、一つだけ大きな溜息を付いた。そして右手に箱を抱えたまま、左手で床に掌を付いて身体を押し上げた。フラフラ..と何とか立ち上がったアカネ、其のまま自身の仕事場に消えて暫くの間、戻って来る事は無かった。仕事場で彼女が何をして居たからはゴロウもイチロウも知らない。敢えて二人とも彼女の後を追わなかった、只アカネと入れ替わり、イチロウが居間から戻って来た。食卓に座るイチロウと床の上にゴロウ、お互いに無言を通し、只彼女がやって来るのを待った。
「サァ皆んな!晩御飯食べましょう!」
スッカリ眼を腫らしたアカネが台所に戻って来て、勢い良く掛け声を掛けた。手には『サトウ酒店』で買った赤ワインの瓶。如何やら気持ちは吹っ切れた様で終始御機嫌、声のトォンは何時もよりもチト高め、何時もよりもモット饒舌、そして良く笑った。
(何とかアレが間に合って良かった..)のゴロウ。
アカネの奢りで、衣の部分を取って更に彼女が口に含んでは「チュウチュウ..」
脂身の無い部位を更に肺呼吸で脂身を吸い取り、その最終系の豚カツ(カツ抜き脂身抜き)を、何度も口薄しで食べさせて貰ったゴロウは咀嚼しながら思った。
(出来れば豚カツ其の儘ガッツキてえ..)とも思ったゴロウ。
幾ら描写とは云え其れは出来ない相談だよ、ゴロウ。犬には毒だ。
今晩の食卓はとても盛り上がった。気が触れたかの様に異常な迄に良く喋っては笑うアカネ、親子八時間の乱闘を経て、心地良い疲労感とソノ疲れを癒してくれる豚カツを旨そうに頬張るイチロウ、饒舌のアカネに釣られてツイ自身も饒舌になったイチロウ、これまで母親に隠して居た初恋の相手を告白したり。夕食が全て終わったのは七時過ぎ、完璧な食事は終わり際も綺麗なモノ、決してぶっつり分断されては終わらない。最後には珍しくヴァニラアイスクリィムも一緒に食べたあかとイチロウ、
「ふふっ、今日の御飯楽しかったね!?」「ウンっ!」
犬のゴロウもコレが最後の晩餐、悔いは全く残って居ない。今晩で全てが終わる、食卓から立ち上がって後片付けを始めた二人の足下を行ったり来たりするゴロウ、「アラ?如何したのペロ?もうお肉は無いのよ、お終い!」
夕食後は皆で居間に移動して、就寝前の数時間を各々で楽しむ開放の時間。ゴロウはソファアに座るイチロウの真横に座って、彼等の表情は勿論の事、部屋の隅々まで眼を凝らしては記憶に焼き付ける。これが最後だ。向かい側のソファアに座るアカネは、如何やら今晩の豚カツに閃きを見出したみたいで、両手を中に掲げて身振り手振り。料理を考える時に“身振り手振り”が必要か?ゴロウはフト思ったが人は其々だ、今回犬になって気付いた事も一杯在った。両眼を閉じ、眉間にしわを寄せて両手を空中で振るアカネの姿が、滑稽で且つ愛おしい。この一年間、アカネの手作り御飯を沢山食べて来たが、良かった、何一つ彼女は変わって居ない。料理は其の人を表す。特にアカネは本職の料理人だ、沢山の人が彼女の作る料理を気に入ってくれて居る..「ホラっイチロウ、もうそろそろ寝なさい?」
ここからモット愛妻のアカネの描写を綴ろうと思って居たゴロウの出鼻をアカネ本人が挫く。
「はあい、ペロ、行こ?」
ソファアに寝そべりウトウトとして居たイチロウは、ヨロヨロ立ち上がり脱衣所に向かった。勿論その後をペロが追う。
「お母さんオヤスミィ..」
脱衣所で歯を磨いたイチロウは、部屋で寝巻きに着替えて早速ベッドに入る。体勢は仰向けの状態で視界には天井の蛍光灯が目に入る。
「..お父さん、今日のお母さん凄かったね」
ポツリとイチロウが呟いた。
「嗚呼..お母さんは何も変わって居なくて安心したよ」
「お父さん?僕ぅ寝る前、久し振りにお父さんの話す昔話を聞きたい、ダメぇ良いでしょ?」
「あァ、良いけど如何した?急に昔話なんて」
「ウン、何となく..」
天井の〇い蛍光灯の電球を眺めるイチロウ、そしてその横でイチロウに向いて横たわるゴロウ、昔話を話し始める。
その昔話とは『ペロ』。
丁度、“天井の〇い蛍光灯の電球を眺めるイチロウ、そしてその横でイチロウに向いて横たわるゴロウ、昔話を話し始める。”の行になった辺りでイチロウは落ちた。
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