第15話 つかれた


「四キロの距離?」


「はい」


「車じゃダメなの?」


「ダメです」


「途中で下ろして休憩するのは?」


「それくらいはオッケーです」


……口約束で契約が成立したという事なのか、にこにこしたまま強気の姿勢を崩さない依頼人のおっさん。


「……理由を話してくれよ!

 何か隠し事をしているなら受けられないぜ!?」


「実は……。

 お化けがついているんです」


……いまさら?


「いや、そんなことは大体想像がついてるんすよ。

 そのお化けが何してくるっていうんですか」


「何もしません」


はあっ!?


「俺の聞きたい事、わかってます?

 この壺を運ぶと、どんな危険があるのか。

 なんで歩いて運ばないと駄目なのか。

 理由を教えてくれって言ってんすよ」


「歩いて運ぶ分には危険はありません!

 壺を運ぼうとすると、後ろから付きまとって来ます。

 でも、あいつは何もしないんです!

 振り返りでもしない限り、視界にも入りません!!」


「振り返るなって、オルフェウスの冥府下りかよ……」


「いえ、振り返って見てもいいんです。

 目が合っても何もして来ませんから。

 でも、車はまずいんですよ」


依頼人はまくしたてるようにべらべらと舌を回転させた。


「あいつは鏡とかガラスに映るんです。

 運転していると、どうしても目に入ってしまいます。

 そしたらほら……危ないじゃないですか。

 ビックリしちゃうでしょ?

 だから、安全を考慮して徒歩で運んでほしいんです。

 こんな事情、業者の方には説明出来ません。

 それがテラさんを頼った理由なんです!!」


「……トキ。

 釈然としない」


「わかります。

 でもいいじゃないですか、やれば」


投げやりな助手のアドバイスにも釈然としない。


「幽霊は絶対に何もして来ません、

 それは保証します!!」


「誰が保証してくれるんだ?」


「遺言にそう書かれてます」


死人が保証したって、誰が責任取ってくれんだよ。




そして出発。依頼人は先に家へ戻って待っているとのこと。


結論から言って、骨董品の壺に取り憑いた幽霊は、確かにいた。


しかしそれは決しておれの側には寄り付こうとしない。


少し後ろを付いてくるだけ。


振り返って目を合わせても、何もしてこない。


髪の長い、薄ら青い肌をした、多分体格的に女の霊。


十メートルくらい後方の電柱に体半分を隠してこちらを見張っている。


距離があるのでよくは見えないのだが、いるとわかっていれば別に怖くはない。


……いや、なんかしてくるんだとしたらやっぱり怖いかも。


何故壺に霊が取り憑いているのか、いったい何の霊なのか。


依頼人は詳しい事は何もわからないと言って譲らなかったのだが。


「事情は知らないってアレ、嘘だよな?」


トキに尋ねる。


「嘘ですよ。

 わかってて受けたんじゃないんですか?」


いや、わかってたけど。


「あー、なんか汗かいてきたわ。

 コレ結構辛いかも。腰やるわ。

 やっぱバスとかで運んじゃ駄目かな」


「依頼人に念を押されてますからね。

 手で運ぶのが嫌なら受けなきゃいいのでは?」


「……そんな冷たい事言わないで」


優秀な助手は泣き言を許さない。


荷造り紐に持ち手を付けるとか背負えるように結ぶとか、もっと工夫して来ればよかった。


胸の前に抱えて運ぶのが辛いのだ。今更後悔しても遅いのだが。


「ちょっと先行っててくれます?」


そういうとトキはスッと俺から遠ざかり、少し離れてこちらを観察し始める。


若干ペースを落としてちんたら歩いていると、小走りでトキが俺に追いついた。


「半分ですね」


「何が?」


「霊の顔。電柱のかげに隠れてる側が無いです」


「うええ……」


「見た目、ちょっとグロいですよ。

 あれがルームミラーに映ったら確かにビックリすると思います」


「やだなぁ……」


「あといちキロです。頑張りましょう」


そう言ってトキはハンカチで俺の額の汗を拭いてくれた。


このまま無事に辿り着ければいいけど……。




十五分後。


無事辿り着いた。


トキが玄関のチャイムを押すと、依頼人の夫婦が出迎える。


彼らの言う通り、何も起きずに到着。


結局、ただただくたびれただけだったな…。


二人は大喜びで俺たちを家の中に招き入れた。


「本当にご苦労様です。

 ああ、凄い汗ですね。

 やっぱり、大変でしたか?」


「あんまりね。普段やらないから。

 体力には自信あったんだけど」


「こんなに早く着くとは驚きました。

 ……大丈夫ですか?」


「いやいや、まあまあ」


ようやく壺の重さから解放され、大きく息を吐く。


「いやあ、ありがとうございます。

 本当に助かりました。

 しかしお若いとはいえ大変だったでしょう?」


「まぁね、流石につかれました」


俺がそう返事をした瞬間。



一瞬時間が止まったように空気が変わった。



依頼人夫婦の表情がぱあっと明るくなったように見えた。


反対にトキの表情が、やや曇ったように見えた。


「…あーあ」


子供がジュースの入ったコップを倒してしまう。


それくらいのトーンで彼女はぼやいた。




取り壊し予定の祖父の家へと車を取りに戻る道中。


「……付いて来てるか?」


「付いて来てますよ」


後ろを振り返る。電柱の陰に立つ、顔半分を隠した女の霊。


「……なんっで俺の方に付いてくるんだよ!!

 壺に取り憑いた幽霊って話じゃねえのかよ!?」


やり場のない怒りに憤る俺を見て、トキはやれやれと言わんばかりにため息をついた。


「憑かれてないのに

 つかれたなんて言うから、

 あっちもその気になって付いてきちゃったんじゃないですか」


俺のせいなのか……!?


「そんな冗談みたいな話あんのかよ……」


「あちらさんの誘導に引っかかっちゃいましたね」


……やっぱり依頼人あのふたり、全部分かった上で徒歩で運ばせたのか。


「お前も、気付いてたんなら教えてくれよ!!」


「気付けるわけないでしょ。

 あちらさんの表情を見てはじめて、

 『やられた』って思ったんですから」


流石のトキもこんな馬鹿馬鹿しい企みは看破出来なかったらしい。


そりゃそうだ。


霊が取り憑く法則なんて俺たちは知らされてないんだから。


「第一俺が言ったのは『tired疲れた』だぜ。

 『possession憑かれた』なんて言ってねえのに……」


「英語で話せばよかったですね」


英語は話せない。


全然納得いかないが、俺がここでどんなに愚痴ってももう取返しがつかない。


「大丈夫です。

 付いてくるだけですよ。

 これからもずっと」


優秀な助手が、励ますようにポンと肩を叩く。


「ずっとはやだなぁ……」


ふと横を見ると、ブティックのショーウインドウに霊の姿が映っている。


霊と目が合う。


口元がにやりと歪んだように見えた。

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