ついてくる
第14話 ついてくる
狭い歩道をえっちらおっちらノロノロと歩いている。
「付いて来てるよな?」
後ろを歩くトキに確認する。
トキも後ろを振り返り、確認する。
「付いて来てます」
チッと舌打ちをして、ため息交じりにぼやく。
「付いて来なきゃあいいのによ」
もちろん、トキに対して悪態をついているわけではない。
ほんの四時間前、午前十時ごろまで遡る。
「荷物を運んでほしいんです」
五十代くらいの、いかにも人の好さそうな中年夫婦が事務所を訪ねて来たと思ったら、こんな依頼を持ってきた。
「あの、俺、一応探偵なんですけど」
「何でも屋のような事もやっていると聞きました」
いや、それはそうかもしれんけども。
「…とりあえず、荷物って何ですか?」
「故人が大事にしていた壺なんです。
先日亡くなった祖父が住んでいた家を取り壊す事にしたんですが
この壺を運び出すのが大変だという話になりまして」
壊れ物……。
いや、やっぱり絶対俺じゃない方がいいだろ。
「もっと適任者がいるでしょ、流石に。
運送業者にお願いしましょうよ」
「テラさんがいいんです」
……なんで?
そりゃ足腰には自信あるよ。
高校時代は弱小柔道部で死ぬ程走らされたからな。
でも、こういうのは業者に集荷の手配をすればいい話ではないか。
「お願いします!とにかく一度、見に来てください!
実物を見てから決めて頂いて構わないので!!」
「見に来てって、いつが都合いいんですか……?」
「今から」
なかなか立派な平屋で、確かに古い事は古いがまだまだ住めそうだった。
取り壊すなんてもったいない。
ちょっと家全体が暗いのが気になるけど。
「トキ、何か感じるか?」
「思いっきり感じますけど、まだ視えてはいないです」
ほーら、やっぱり心霊の類だ。
こんな依頼、絶対に裏があるに決まっている。
だが、依頼人が提示した料金は日当五万。
これはおいしい。
二人で分けて日当二万五千だって十分おいしい。
内容によっては受けてもいいかな、と思っているのだが……。
残念ながら俺に霊感は無い。
その危険性については、トキの判断に任せたい。
仮に命の危険があるようなら、日当五万じゃ割に合わないしな。
用意されたスリッパに履き替え、奥へと案内される。
廊下は既に薄っすら埃を被っていた。
人が住まなくなるとあっという間に家が傷むっていうけど、こういう事か。
和室に入る。
取り壊しのためか随分と片付いていて、床の間には掛け軸が外された跡が残っていた。
唯一、“その壺”だけがぽつんと置かれている。
高さ三十センチ強くらいか?
“THE 焼き物”って感じの見た目で、俺には良さがわからない。
「……思ったより渋いな」
「唐津焼ですかね」
俺に聞かれても特徴なんかわからん。
ちらりと依頼人に目配せする。
「私は焼き物に詳しくないのですが……」
気の弱そうな依頼人は申し訳なさそうにへこへこ頭を下げる。
「佐賀にある有名な窯元の作品らしいです。
祖父が一目惚れして買ったとか……。
年代物は年代物みたいなんですがね」
依頼人も、この壺自体にはあまり興味がない様子だ。
「いらないなら買い取ってもらえばいいじゃないですか」
「もちろんもちろん、そのつもりなんですが。
その前に……ね」
その前に?
「ここに置きっぱなしには出来ないですから」
「そりゃそうだ」
「では早速」
依頼人の夫婦はその壺を、持ってきた古毛布で何重にも
「あの、まだ依頼を受けるとは言ってないんですけど…」
「ちょっと持ってみてもらえますか?」
毛布で包んで荷造り紐でぐるぐる巻きにした壺を、依頼人は強引に俺に押し付けた。
結構重い。
4、5キロはあるか?
いや、たかが5キロと軽んじることなかれ。
ダンベルのような持ちやすい形状とはわけが違う。
でかくて持ちにくい5キロは、体感10キロはある。
とはいえこれくらいなら全然苦も無く運べそうだ。
「これ、ここから四キロ先にあるうちの住所です。
こちらに届けてほしいんですけど」
両手がふさがった俺を尻目に、依頼人のおっさんはトキに地図を渡した。
だからまだ受けるって言ってねーっつんだよ。
「……トキ、どう思う?」
「姿が視えないからなんとも。
でも、本当にヤバいときはもっとキますからね。
大丈夫なんじゃないですか?」
最近感じる事だが、やっぱりトキも
もっとも、どの道この子の判断に頼るしかないのだが。
「じゃあいいっすよ。
あなたの家まで運べばいいんでしょ?」
「ありがとうございます!!」
中年夫婦は手を取り合って喜んだ。
その過剰な喜びようを見ると、こっちはかえって不安になる。
だがまぁ、どうせほんの二、三十分程度の我慢だ。
「トキ、右ポケットに車の鍵入ってるから、トランク開けてくれるか?」
「あ、車は使わないで下さい」
……は?
依頼人がトキの手を遮った。
「絶対に手で抱えたまま歩いてきてください」
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