第9話 判断
駅前の屋外喫煙所に一人。
「キーン」、「キーン」とライターの音を繰り返し響かせる。
死んだ先輩の形見分けで頂いたデュポンのガスライター。
その開閉音が気に入り、考え事をするときに弄ぶのが癖になっていた。
煙草を一本吸い終わると喫煙所を出て、近くのベンチで待つトキの元へ。
「悪い、お待たせ」
「いえ。
先生、イラついてますね」
「いや、別に…なんで?」
「煙草を吸いきるまでの時間がいつもより早かったし、
ライターの音が大きくて頻度が多かったから」
滅茶苦茶細かくチェックされてる……。
別に俺とトキが特別親しい間柄なんて事では無い。この子はこういう事に敏感なのだ。誰に対しても。
うーん……。
苛立っているつもりは無いが、確かに焦りはあるかもしれない。
二週間。何の進展も無いと、流石にストレスを感じてくる。
ドッペルゲンガーなんてどこに潜んでいるのか。
いや、どこから来てどこへ帰るのかもわからないのだ。
アテなんてありゃしない。
毎日商店街、学校、塾付近をウロウロ情報収集しているが、ここまで何の進展も無いんじゃ流石にげんなりしてくる。
「おじいちゃんに何とかしてもらいますか?」
トキが打開策を提案してくる。が、それもイマイチ気が乗らない。
「いいよ。あいつに頼るとなんか歪みそうだし」
彼女の祖父はその神通力で人助けもしているが、かなり面倒な性質を持っているので出来るだけ頼らないようにしている。
だが、そうなってくると別の手段が必要だ。
このままでは同じ日々を繰り返して日数だけがかさんでいくのが目に見えていた。
人員を増やそうかとも考えたのだが、依頼人に拒否されている。
というか、
じゃあーどうすりゃいいんだよ!!と嘆きたくもなる。
「先生、大丈夫ですよ」
考え込んで沈黙している俺に、トキはいつもと変わらぬ平坦なトーンで励ましてくれる。
「先生、一生懸命だから。
先生の回りには力を貸してくれる人、たくさんいますから。
顔が広いのも、周りが手を貸してくれるのも、
探偵としての能力の一つだと思います」
……多分、この子なりに気を遣ってくれているんだろうな。
俺は普通の人間だ。
トキや、トキの祖父のような特別な力は持ってない。
だが、この町には彼らのような不思議な力を持った人間が数多く存在する。
彼らの力を借りよう。
その日の夜。
俺は駅前にあるマンションの一室に住む、知人のもとを訪ねた。
「あらテラちゃん、いらっしゃい。
お仕事?」
「まぁな」
「どうぞ」
玄関で出迎えてくれたのは妖艶なドレスを身に纏い、紫のベールで顔を隠した……
一見女性と見まがう程美しい男性である。
「ビッグママ」こと
本人は「男のお姉さん」を自称している。
「お疲れね。顔に出てる。
どうしてもっと早く来ないの?」
「
「ほおら。
やっぱり私って、頼りになるでしょ?」
彼の職業は占い師。
未来を占えば百発百中。……と謳っているが、実際には外れる事もある。
何故なら、彼の助言によって未来を変える事が出来るから。
……まさしく詐欺師の常套句だが、彼の占いはよく当たる。
それに、親身になって相談に乗ってくれる。
彼の占い方法は、ただ向き合って話をするだけ。
顔つき、会話の内容、声のトーン、反応、表情の変化、客が今どんな状態でいるかを注意深く観察する。
そうする事で、そいつがこの先引き寄せる運命が視えるのだそうだ。
俺は依頼人の事情などをぼかしながら、調査に行き詰ってにっちもさっちもいかない現状を愚痴った。
「……凶相が出てるね」
…まぁ、そう言うだろうとは思っていたけど。
「大事な判断を間違えるってさ」
ビッグママはそう言って優しく微笑んだ。
「……やっぱりか」
「ふふ、心当たりあった?」
「いや。
でもなんか嫌な予感がしてたんだよな」
「じゃあよかったじゃない」
「凶相が出てて何がよかったんだよ」
「私のとこに来といてさ。
運命は変えられるんだから」
確かに、聞いておいてよかった……。
いや、待て。
「俺はどうしたらいい?」
「誰にだって嫌な事は起きるよ。
割り切って、忘れる事だね。
それがこの町じゃ一番大切さ」
それがアドバイスかよ!?
運命を受け入れてるじゃねえか。変えられるんだろ。
「さ、今日は
またおいで」
突き放してさっさと切り上げようとする男のお姉さんに、なんとか追いすがる。
「そうじゃなくて、判断を間違えないようにするにはどうしたら…」
「気をつけな。
それが私からのアドバイスだよ」
ビッグママはそう言ってウインクすると、半ば強引に俺を部屋から締め出した。
……前言撤回。全然親身になってくれなかった。
次の日は土砂降りだった。
予報に無い突然の豪雨は、ここがホ
「ドッペルゲンガーに会うにはおあつらえ向きですよね!」
珍しく妙子が調査の催促をしたが、この日は記録的大雨という事で事務所は休み、俺も外出を控えた。
だからこの日も特筆すべき事は無い。
昼頃、一件の無言電話がかかってきたことを除けば。
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