ホ苑町カイ奇譚
パイオ2
私を殺して
第1話 殺人依頼
「人を殺してほしいんです」
少女の依頼を聞いて、俺は頭を抱えた。
「……君は何か勘違いしているようだが」
接客用のテーブル越しに向き合った少女に、彼女のいる場所がどこかを教えてやる。
「ここは探偵事務所だ。
俺は殺し屋じゃない」
「でも、何でも屋のような事をしていると聞きました」
どのみち殺しは何でも屋の範疇じゃないだろう。
「言い方が悪かったかもしれません。
人を殺してほしいと言っても、そいつは人間ではありません。
要は化け物を退治してほしいんです」
依頼人、高校二年生の少女
「ドッペルゲンガーってご存じですか?」
「自分にそっくりなもう一人の自分、
みたいな妖怪だろ?」
「妖怪というより現象ですね」
横から補足説明を挟んでくれた少女はこの事務所で探偵助手を務めてくれている
まだ十七歳だが、学校に通わず俺の仕事を手伝っている。
記憶力のいいお嬢さんで、頭の悪い俺にとっては非常に頼りになる存在だ。
「自分と同じ姿をした人間が視える…という、
幻覚の一種だとは言われています。
いるはずの無い場所で自分を見かけたという目撃証言が出たり、
本人と出会うと死んでしまうとか…そんな都市伝説もあります」
俺は都市伝説の方しか知らない。が、有名な話だと思う。
「それが出たんです」
「ドッペルゲンガーが?」
「向こうがそう名乗ったわけじゃないんですけど、
あれは絶対ドッペルゲンガーです!」
断言されても、こっちは別に見たわけじゃないしなんとも…。
曰く、彼女の日常におかしな事が起きているらしい。
行った覚えのない場所で自分を目撃したと言われたり、初対面の人間から親しげに話しかけられたり。
「そして遂に一昨日。
見ちゃったんです。
あたし自身を」
妙子はこちらの反応を伺うと、テーブルに手を付いて身を乗り出してきた。
「その目、信じてませんね?」
俺のリアクションが気に喰わなかったのか、ギロリとこちらを睨みつける。
「いや、そんな事はないけど…」
彼女の言う事を妄想だと切り捨てる気はない。
思うに、超常現象を信じられないのは自分が当事者になってそういったモノに触れた経験が無いからだ。
実際この町に来る前までの俺だったら、子供の戯言だと笑い飛ばしていただろう。
だがここ、ホ
怪奇現象に対して俺くらい経験豊富な人間はそうそう多くないと思う。
だから彼女の言う事を信じる事は出来るのだが。
「……でも生きてるじゃん。
ドッペルゲンガーに会ったら死ぬんだろ?」
「向こうがこっちに気付いてなかったからなのか、
距離が遠かったからなのかはわかりませんが、
なんか大丈夫でした!」
彼女は別段気を病んでる様子も無く、明るく言い放った。
「でも次こそは死んじゃうかもしれません。
だから、その前に殺してほしいんです!
ドッペルゲンガーを!!」
殺られる前に殺る。
いっそ清々しいくらい前向きな殺意だ。
しかし可哀相だが彼女の希望をかなえる事は俺には出来ない。
「あのなお嬢さん。
人を殺すだけなら、言ってしまえば簡単なんだよ。
でもな、お嬢さんも習っただろ?
殺人ってのは犯罪なんだよ。バレたら捕まるんだ。
難しいのは、誰にもバレないように人を殺す事なんだよ」
俺は世の中を知らない少女に「出来ない理由」を丁寧に説明してあげる。
「人が一人消えるとなると、色んなところに影響が出るよな。
子供なら特にだ。家族、学校、塾。
そういったところが警察に相談して、捜索が始まる。
人を殺せば死体が残る。生き物の死体ってのは簡単には消えない。
殺人の証拠隠滅っていうのは素人に簡単にできる事じゃないんだよ」
「だからその道のプロを頼れ」と言いたいわけではない。
殺し以外の解決策を考えてみませんか?と提案したかったのだが。
「それって人間を殺す場合ですよね?」
妙子は即座に反論してきた。
「ドッペルゲンガーはどうなんですか?
あいつには戸籍なんてないし、いなくなっても
あたしが普通に生活してれば家族も友達も気付かないですよ。
もともと一人だったものがイレギュラーに増えただけなんですから。
さっき、殺すのは簡単って言いましたよね?」
「……身元不明の死体が残るじゃねえか」
「残りますか?化け物ですよ?
殺しても案外死体は残らないかもしれないですよ。
ゲームみたいに消えちゃうかも」
「彼女の言う事も一理あります。
実際怪異を
フワッと霧散しちゃった事例はありますよね」
意外にもトキが妙子の意見に乗ってきた。
まさかこの依頼に乗り気なんじゃないだろうな。
そりゃあ希望的観測で言えばそうかもしれないけど、殺してみなけりゃわからないんじゃどうしようもない。
「試しに殺してみたけど死体は残りました」じゃ困るのだ。
「お願いします!
こんなお願い、妖怪探偵のテラさんにしか出来ないんです!!」
誤解されたくないので訂正しておくが、妖怪探偵なんて呼ばれた事はない。
この子が今、勝手に呼び始めただけだ。
「もう一人のあたしをぶっ殺してください!
納得してもらえるだけの報酬も用意して来ました!!」
どうしても殺したいご様子……。
説得を試みた俺も、正直彼女の気持ちがわからんワケではない。
「本気で自分を殺そうとしている人間がいる」とわかっていたら、そいつが「心を入れ替えます、やっぱり殺しません」と言って自分の前から消えたって安心なんか出来ない。
一生
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