第23話
オランビエのアンテディールにある武器商人の店は木造りで、店というより小屋というような荒屋だった。正面の扉には南京錠がされてはいたが、思いっきりドアハンドルを引けば、扉が丸ごと取れてしまいそうに見える。そこには雨に濡れて皴になった紙が貼られていて、でかでかとエジュジャに行くので長く店を空ける旨が書いてあった。
商売をしている以上そうやって事情を説明した方がいいのかもしれないが、こんなに堂々と留守にすることを示していて空き巣に入られないのかとメニラは心配になった。しかしそういう悪意のある人間はいないらしく、店の中は荒らされていなかった。
武器商人は、換気のために窓を開けて回っている。
「今夜はこの裏に泊まって、明日馬車で出発じゃ」
その言葉に頷きかけて、ふと思った。オランビエの北東に位置するギプタを経由して、さらにその東にあるゼーリカの鍛冶屋を訪ねる予定だろうか。
「あの、お爺さん。言いにくいんだけど、俺ザサムから来たから、ギプタはちょっと危険かもしれない」
ギプタから逃げてきたのは、数か月前。そこまで熱心にメニラを追っているとは考えにくいが、顔がばっちり知られている以上、うっかり軍人やギルドの人物に会った時のことを考えると少し不安だ。
そういう経緯を離すと、武器商人はメニラを労わるように肩に手を置いた。
「なるほど、そりゃ大変じゃったな。それならこのままずっと東に移動して、それから北に移動するか」
「ありがとう、お爺さん。そうしてもらえると助かる」
武器商人が今言ったルートだと、ギプタの南の国を通ることになる。ちょうど、メニラが瘴気の森に迷い込む前にいた村なんかがある国だ。
「ちょっとここで待っとれ。好きに見てていいぞ」
武器商人は、エジュジャのゼヴァーリの街で仕入れた伝説付きではない剣たちを横に置くと、店の奥へと引っ込んでいった。
メニラは自分の周りをぐるりと見渡した。台に並べられている剣や壁に飾られている剣もあるが、どれもよく手入れされているようだった。ラナロロが持っているような一般的な剣もあれば、短剣や片刃の剣などもある。全く見たことのない武器もあった。メニラは、木の柄の先にちょうど斧のような形をした刃がついた武器をじっくりと眺めた。
「こんなでかいの、どうやって持ち運ぶんだろう」
ラナロロが指差したのは壁の一角に置かれた大剣だった。身長よりも長さがあり、横幅も太いところでは頭の幅くらいある。
「確かに移動に邪魔だし、途轍もなく目立っちゃうだろうね」
余計な争いごとに巻き込まれないよう、武器をマントで隠しているラナロロとしては信じられない代物だろう。
「それに、重すぎてこれで戦うなんて無理そうだ。一振りで腕が痛くなってしまう。一体どんな筋肉の持ち主が使うんだろう」
メニラは頭の中で、身長が二メートル以上ある大男を描いた。身体は幹のように太く、腕や胸の筋肉が服にはっきり浮かび上がっている。しかし、そんな男ならもはや武器なしに己の筋肉ですべてが解決できそうな気がしてきて、首を振る。
「実際に使う用じゃなくて、こうやって飾って楽しむためのものとか?」
「なるほど。それはあり得るかもしれない」
ラナロロは頷いた。
「メニラが元々持っていた剣はどんな感じだったんだ?あの時はあまりよく見えなかった」
「ええとね……」
メニラは瘴気の森でオオトカゲの方に落とした剣を思い浮かべながら、台に並べられた武器を眺めた。そのうちの一本を指差す。
「こんな感じだったかな」
その指の先にあるのは、柄の部分が年季の入って少し黒っぽくなった金色で、鞘の外側が革で覆われている剣だ。長さは他の剣よりやや短めに見える。勝手に触るわけにもいかないので剣身を確かめることができないが、それ以外の部分は比較的似ている。
「割とギプタで流通しているものとデザインが似ているんだな。ザサムの特徴があるのかと思った」
メニラは笑った。
「多分輸入物だと思うよ」
果たしてザサム特有の武器というのはあるんだろうか。島の中で武器が必要な生活をしていなかったので、メニラはあまり詳しくなかった。
その時、床の軋む音とともに武器商人が戻って来た。軽く掃除でもしてきたのか頭と口元にそれぞれ布が巻かれている。
「どれにするか決まったか?」
「どれにするか?」
メニラが尋ね返すと、武器商人はきょとんとした顔をした。
「ん?前に言っとったと思ったんじゃが。助けてもらった礼として、何でも好きな剣を取らせるとかなんとか」
メニラはラナロロと顔を見合わせた。
「そんなこと言ってた?」
「言ってない」
「お前さんたち、わしゃ心配じゃ。その歳で呆けてどうする」
本当に聞いていないと思うのだが。武器商人は首を振って、とにかくそういうことだから選べと言う。
「いろいろ払ってもらってるし、鍛冶屋まで案内もしてくれるんでしょ?それで十分だよ」
「いいから選ばんか。一人一本じゃぞ」
武器商人はまた子どもに言うみたいな言い方をすると、腕を組んで椅子に座った。
「実を言うとな、盗賊に捕まっとった時わしはちびりそうじゃった。これでも結構感謝しとるんじゃ」
メニラは驚いた。古城で最初に出会った時にはけろりとしていたから、心臓に毛が生えた老人だと思っていたが、それなりに怖い思いをしていたらしい。
「それともなんじゃ、わしの武器はいらんとな」
武器商人は目に片腕を当てて大きな声を出した。明らかに泣き真似とわかるが、嘘であっても老人においおいと泣かれると申し訳なくなってくる。
「どうする?」
「ここまで言ってくれてるし、厚意に甘えてもいいんじゃないかな?」
ラナロロは頷いたが、困ったような表情は変わらない。どうやら既に剣を二本持ち歩いているので、これ以上増えたらどうやって持ち運べばいいのか考えているようだった。
早くも噓泣きを止めた武器商人は、ラナロロの心配事がわかったらしく片方の手のひらにもう片方の手で作った拳をぽんと打ち付けた。
「おまえさんは確か剣を二本持っていたんじゃったな。それじゃったらその剣の手入れを請け負おう」
武器商人が言うには、ラナロロが持っているような金属製の鞘は、鞘自体の耐久性は高いが刃には負担がかかるため、きちんと研がないと切れ味が悪くなるらしい。逆に、元々メニラが使っていたような木でできた板を布で巻き、上を革で覆った作りの鞘は、鞘自体の耐久性は低いが刃には優しいのだと言う。
「それなら頼む」
ラナロロはマントの下から剣を鞘ごと取り出し、渡す前に少し眺めた。メニラに自分の剣を貸す時にはただの剣だと言っていたが、やはり思い入れはあるのだろう。
それがわかったのか、武器商人も大切そうにそれを預かった。
「おまえさんはどうするんじゃ?」
あまり腕に自信がないということを説明すると、武器商人は剣をいくつか選んでメニラの前に置いた。その中には、先程メニラが自分の元の剣と似ていると思った剣もある。
「わし個人の意見を言うなら、あまり剣身の長いものは初心者には向かん。それからあまり重くない方がいいじゃろな。あとは好みじゃ」
鞘から出して見てみろと言われ、メニラはそれらを一つ一つ観察した。装飾の凝ったものから、シンプルで実用性のみを考えているものもある。
「やっぱりこれがいいかな」
メニラが持ち上げたのは、元の剣に似たそれだった。刃の色味はやや黒っぽく、全体的に落ち着いた雰囲気がある。
「私もそれが好きだ」
ラナロロが目元を和らげて言うと、武器商人も頷いた。
「いい剣じゃ」
武器商人は満足そうな顔をして、それを鞘に納めた。
差し出されたそれを、メニラはしっかりと受け取る。メニラにとっては、ザルファールでも他のどんな伝説付きの剣でもなく、この剣が一番の財宝に思えた。
今度は失くさないようにしよう。そう心に決めた。
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