愛を知らないお姫さまが愛を知るまで~月光る姫の物語

西しまこ

一章「第七階層へ落とします!」

第一話[魅了]使い過ぎ!

凛月りる。[魅了チャーム]を使い過ぎた罰として、お前を第七階層へ落とすことが決定した」


 その月白つきしろの宣告に、凛月りるは大きな目を見開いて、信じられないというように言った。

「え? ちょ、ちょっと待って! 嘘でしょう? 第二でも第三でもなく、いきなり、第七? ひどいわ!」

「お前の罪の方は重い。……全く、異能力を無駄に使いおって」

 月白つきしろは、はあとため息をつき、こめかみに指をあてた。


「だって、いいじゃない。せっかくの能力だもの」

「お陰で、トラブルだらけだ」

 月白つきしろはそう言うと、人差し指で空中を操作するような仕草を見せた。 すると、空中に画面が出て、何かのリストのようなものが映し出された。

「見るがいい、凛月りるよ。お前が起こしたトラブルのリストだよ」

「何よ。全部は覚えていないわよ」

「……まったく」


 月白つきしろはもう一度ため息をつくと、目の前にちょこんと座る凛月りるをそっと見た。

 長い黒髪は艶やかに真っすぐで、その瞳は長い睫毛に包まれて黒曜石の輝きを持ち、唇は柔らかそうな桜色をしていて――要するに凛月りるは大変な美少女だった。美少女のうえに、[魅了チャーム]という、人の心を自分に向かせる異能力を持っており、凛月りるは無意識的にも意識的にも人を惹きつけてやまなかった。


 その結果、凛月りるの周りは凛月りるに心酔してしまった人間と、そして凛月りるにパートナーを盗られてしまったと怒っている人間で溢れかえっていた。しかも、凛月りるに対して怒りをあらわにした人間にも凛月りるは[魅了チャーム]を使い、事態は凛月りるを中心に複雑に絡みあって、どうにもこうにも解決の糸口を見出すことが出来なくなっていた。


 そこで、評議会で話し合いがもたれ、凛月りるはこの第一階層から第七階層へ落とされることが決まったのである。凛月りるの直属の上司である月白つきしろが、それを凛月りるに告げたところだった。


「ねえ、冗談でしょ?」

 凛月りるの瞳が怪しく揺れた。

「私に[魅了チャーム]は効かないよ、凛月りる。私はお前よりも上位個体だから」

「ああん! ひどい!」

 凛月りるは涙を滲ませて、だだをこねた。

 だだをこねていても、大変な美少女だ、と月白つきしろは思い、困ったもんだとまたため息をついた。


 ともかく、凛月りるの[魅了チャーム]濫用による混乱は甚だしく、[魅了チャーム]の効果を断ち切る意味でも、凛月りるをこの第一階層から引き離すことは急務とされた。

 月白つきしろは思う。

 第一階層に住まうものが、下の階層、それも第七まで落ちるというのは、ひどい屈辱であろう。しかし、本来静寂で変化のない第一階層の混乱を正すためには仕方あるまい。

 そして、月白つきしろ凛月りるに向かって言った。


「ひどくはない。ともかく、第七階層へ行け」

「絶対に行かなきゃいけないの?」

「そうだ」

「……帰って来られないの?」


 上目遣いで言う凛月りるの姿に思わず心を動かされそうになりながら、月白つきしろは上司としての威厳を保って、冷静な顔で答えた。


「罰としての任務を果たせば戻って来られる。期間はおよそ、第七階層の時間軸で三年だ」

「三年も! ねえ、任務って、何よ?」

 凛月りるは悲鳴を上げるように言う。

「それは、第七階層に行く途中で知らせるとしよう。その他詳細もいっしょに、脳内に直接届くようにする」

 月白つきしろ凛月りるに向かって右手の手のひらを向けた。

 指先から、光はぱちぱちと出る。


「えっ! も、もう? 急過ぎない?」

「第一階層の平安のためなのだよ、凛月りる。我々はもっと静かに緩やかに暮らしたいのだ。世界の魂の管理者として」

「あたしだって、仕事はしてたもん! 魂に歌をうたって。魂は歓びとともに生まれる準備が出来たはずよ!」

「それ以上に混乱をもたらしたのだよ」


 月白つきしろの手のひらから光がほとばしって、凛月つきしろを包み込んだ。その光は月光のような、金色に白銀が散りばめられた美しい光だった。


「やめて! あん、待ってよ!」

 凛月りるは手で顔を覆うようにした。

 しかし、月白つきしろは無情に言う。

凛月りる、もう評議会で決まったことなんだよ。任務を果たし、罪を贖え」

月白つきしろさま!」


 凛月りる月白つきしろが放った光の球体に包まれた。光の球はくるくると回ると、一旦高く上昇し、それから勢いよく下降していった。凛月りるは何事かを叫んでいた。しかし、光の球体が床にぶつかるかと思ったそのとき、光の球体は音もなくふっと姿を消した。



 月白つきしろ凛月りるのいなくなった空間を眺めた。

 ……凛月りるはまだ若い魂だった。

 この第一階層に出現して、まだ十八年に満たない。

 老成したものばかりいるこの第一階層で、非常に珍しい存在だった。生まれも他のものとは少々異なっていた。そのことも、この混乱に影響していたであろう。


 少し、かわいそうだったかもしれない。

 月白つきしろの心にそんな思いが芽生えた。

 月白つきしろは、凛月りるが消えていった方に手のひらを向け、再び光を放つ。

 凛月りるに任務の内容やその他詳細を告げるために。

 ――そして、情けとしてのギフトを授けるために。


 ……[魅了チャーム]は、私には効いていないはずだけどな。

 月白つきしろは自嘲気味に嗤った。

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